048 勇者の戦い方
私の頭上にいた“何か”が、液体のようなものを浴びせかけてきた。だが、それは即座に亜空間へと収納した。――薬品か何かか? 二時間だけ効果が続く薬品などあるのだろうか。疑問に思いながら収納した液体を〈鑑定〉する。
「……細菌!?」
液体ではなく、無数の細菌の集合体だった。――こんなものを操れるなら、細菌兵器を作ることすら可能じゃないか。
「第六階梯空間魔法〈部分収納〉!」
私は容赦なく“何か”を拘束しようとする。だが――
「……弾かれた!?」
ガラスが砕けるような音とともに、〈部分収納〉は拒絶され、相手は逃走する。魔力の差があれば、こんなことまで可能なのか。
「くっ、逃げられた! イレーヌ、追うよ!」
「了解! アタシに任せときな!」
私とイレーヌは瞬時に冒険者装備へと姿を変え、不審者の後を追った。
『リディア、ジーナ、セレナ、ティアは他にも不審者がいる可能性があるから、護衛を続けて。この不審者は私とイレーヌが追う!』
『承知しました。アリス様、ご武運を』
ノワゼリア侯爵家を飛び出す。不審者はいまだ透明化しているが、地上を駆け抜けている。速い――だが、私なら追いつける。イレーヌが差を詰められないところを見るに、相手の〈身体強化〉はレベル8だろう。
『イレーヌ、後から来て。先に捕まえる!』
『……仕方ないわね、任せたわ』
少しずつ距離は縮まるが、相手は止まらず全速力で逃げ続ける。やがて不審者は王都の東門を突破した。
「仕方ない、ここで立ち止まるわけにもいかない」
私も透明化し、そのまま門を抜けた。平原へ出た不審者――障害物がなければ、こちらに分がある。
「第八階梯空間魔法〈空間転移〉!」
〈気配察知〉で位置を把握し、相手の進路先に先回りする。
「第七階梯空間魔法〈空架障壁〉!」
透明な障壁が相手を囲む。しかし、またもガラスの破砕音とともに打ち破られる。だが――動きは止まった。
「ようやく止まってくれたね。間違っていたら謝るけど……《嫌悪の魔女》、だよね?」
不審者は観念したのか、それとも私を倒す自信があるのか、姿を現した。
それは私がこの世界に来て最初に目にした、《悲しみの魔女》と同じ装束。ただ、仮面だけが“嫌悪”を象徴していた。
「ほう。私を知りながら立ちはだかるか。愚かなる娘よ」
メディア エルフ 四百八十歳
魔女 《嫌悪の魔女》
所持スキル:
投擲[10]
身体強化[8]
薬調合[10]
細菌使い[10]
遺伝子操作
アイテムボックスS
やはり細菌関連のスキルを持っている。……だが、あれだけ魔力があるのに魔法がひとつもない?
「くらえ、小娘!」
《嫌悪の魔女》が瓶を投げつけてきた。薬品か細菌かはわからない。だが〈投擲〉が最大値だけあり、速度も精度も桁違いだ。だが、私に当たるとわかっていれば――
目の前に魔力空間を展開し、飛来する瓶をすべて亜空間へ収納すればいい。
え? こいつの攻撃手段、もしかしてこれだけ?
爆発物かもしれないし、致死性の細菌かもしれない。だが、発動する前に収納してしまえば無意味だ。少し余裕があるので、装備を〈鑑定〉する。
【嫌悪の魔女の仮面】
女性専用/称号《嫌悪の魔女》付与/全状態異常無効
【魔女のローブ】
女性専用/物理・魔法防御(大)/全身透明化可能
【空歩のブーツ】
空中歩行可能
……なるほど。透明化はローブによるものか。空を歩けるのはブーツのおかげだな。だが、ローブのせいで、〈聖魔法〉はほとんど効きそうにないので“アレス”に戻った。こちらのほうが剣も使えるし、体も動かしやすい。
《嫌悪の魔女》は投げ方を変えてくるが、すべて対応可能だ。瓶の数は……無尽蔵? いや、薬品や細菌を作りながら投げているのか?
その時、イレーヌが追いついた。
「あれ? アレスになったのね。で、状況は?」
「《嫌悪の魔女》は魔法が何も使えない。攻撃手段は薬品か細菌が入った瓶の投擲だけだ。すべて亜空間に収納してる」
「魔女なのに魔法が使えない!? どういうこと?」
「俺にもわからん」
本来《嫌悪の魔女》は“最弱の魔女”と呼ばれていたが……このままでは史上最弱になってしまう。ただ、俺のように亜空間に収納できなければ、大量殺戮も可能な魔女だろう。要するに、俺が天敵というわけだ。
「で、アレス。どうやって倒すのよ?」
「うーん。できれば生け捕りにしたいんだよな」
「じゃ、アタシに任せなさい!」
「あ、待っ――」
止める間もなく、イレーヌが二刀のナイフで突撃する。だが――
「あ、アレス! なにこいつのローブ! ナイフが通らないわ!」
物理防御(大)、だからな。その辺の鎧より刃が通らないだろう。
「〈熟睡〉も〈麻痺〉も〈猛毒〉も効かないんだけど!?」
そりゃ、全状態異常無効ついてるからね。
「知ってたなら教えなさいよ!」
「イレーヌが聞く前に突っ込んでいったんだろうが」
結局、攻め手を失ったイレーヌが戻ってきた。
「で、どうするのよ、アレス。このまま相手の消耗待ちなの?」
たぶん倒すだけなら、ロングソードを仮面とローブの隙間に突き立てるだけで終わる。ただ、以前読んだ童話の話が気になる。――「その仮面は呪われている」。その話が本当であれば《嫌悪の魔女》である“メディア”は呪いに操られていて、自分の意思で動いていないはずなんだ。そんな人を殺したくはない。それに、このまま殺すと他の場所で新しい《嫌悪の魔女》が発生してしまうはずだ。
「本来の勇者の戦い方で、弱らせて捕らえる」
「……勇者の、戦い方?」
俺はこの世界に来て、最初に勇者のスキルを入手したとき、「この勇者はどうやって戦う気だったんだ」と思った。エロいスキルばかりで、攻撃スキルをひとつも持っていなかったからだ。でも自分のスキルとして使ううちに、実はあのとき、勇者は《悲しみの魔女》さえ倒せたかもしれないポテンシャルを持っていたことに気づいた。まあ、召喚された直前に首飛ばされたら自分のスキルを確認する暇もなかったとは思うが。
“全状態異常無効”を持っていても、効く魔法がある。なぜならその魔法は“全状態異常無効”を持つ俺にも効くからだ。
「第四階梯性魔法〈感度調整〉――1440倍!」
レベル7相当。殺す気はない。だが、魔女は動けなくなる。わずかな動きがローブや下着と触れている皮膚に刺激を与える。その刺激でさらに動けば刺激は増幅する。――無限ループだ。
「じゃあ《嫌悪の魔女》、とりあえず動けなくなってもらうよ。――第八階梯性魔法〈強制終了〉! 〈強制終了〉! 〈強制終了〉! 〈強制終了〉! 〈強制終了〉! 〈強制終了〉!」
〈強制終了〉六連。
息が整う前に次々と襲いかかる1440倍の快楽に耐えられるはずがない。やがて《嫌悪の魔女》は地に伏し、痙攣しながら動かなくなった。
「『魔封じの腕輪』装着、〈部分収納〉で拘束……よし、生け捕り完了!」
「ねぇアレス……エロ魔法で倒すって、どうなのよ」
エロ魔法って言うな!
「イレーヌ、俺はこのまま《嫌悪の魔女》と一緒に透明化して俺たちの屋敷に帰るから、ノワゼリア侯爵家には『取り逃がした』と報告してくれ」
「はぁ!? 捕まえたのに?」
「俺はこの人を治療してみる。その場合、《嫌悪の魔女》ではなくなるはずだ。この人を助けるなら、逃げられたことにしたほうがいい。“アリス”はちょっと怪我したから屋敷に帰って治療しているとでも言ってくれ」
「……わかったわ。言われた通り報告しておくわ」
イレーヌを見送り、俺は魔女を連れて俺たちの屋敷へ帰還した。




