044 Aランクと打ち上げ
「Aランク昇格、おめでとうございます!」
ギルドの受付嬢のサフィラさんにそう告げられると、冒険者を含め、ギルドにいた全員が拍手してくれた。これまでギルドでは冷たい視線ばかり浴びてきたから、正直意外だった。こういう祝い事は、ちゃんとやってくれるんだな。
《万紫千紅》の七人は、金色に輝くAランクカードを受け取った。俺が異世界に来てから百六十八日。半年弱でAランクに到達したと思うと、感慨深い。
「じゃあ、私たちはギルド長と一緒に王城へ申請に行ってくるわ。後で落ち合いましょう」
セレナたち〈迷宮の薔薇〉の三人は、騎士爵叙爵のための手続きに向かうらしい。爵位を得るには家名や家紋を定め、さらに希望する土地を申請して、その領主である大貴族との面談も必要だという。領地持ち貴族になるには、早くても三ヶ月はかかるそうだ。骨が折れる話だ。
一方俺たちは――
「打ち上げ、どこがいいかしら? サフィラ、いい店知ってる?」
イレーヌが尋ねる。
「あれ? 打ち上げするの?」
「あら、アレスには言ってなかったっけ? ごめんごめん。他のみんなとの〈念話〉で決まってたのよ」
また〈念話〉か。最近は俺抜きで〈念話〉会議が開かれて、決まったことだけ知らされることが増えてきた。全員に〈念話〉を与えたのは失敗だったかもしれない。今さら取り上げるわけにもいかないが。
王都でも評判の高い、少し値の張る居酒屋『星降る竈』の個室を予約した。だが宴までには時間がある。〈迷宮の薔薇〉も手続きに時間がかかるだろうから、一度屋敷へ戻ることにした。
◇
「ふぅ。やっぱり屋敷に帰ると落ち着くな」
全員に〈洗浄〉をかけ、俺はソファにどかっと腰を下ろす。
「アレス。あと三時間くらいあるけど、どうするの?」
「え? ごろごろしてればいいんじゃない?」
「暇よ」
イレーヌは相変わらずわがままだ。とはいえ、宴の前に食事や酒というわけにもいかない。
「あ、思い出した! 風呂に入ろう!」
異世界に来て百六十八日。いまだに風呂には入れていない。いい加減、湯に浸かりたい。
「ご主人様。では、私がお背中を流します」
え? 一緒に入るの?
「あら、それいいわね。じゃあアタシも入るわ」
イレーヌまで?
「あ、あたしも入ってみたりなんかしてみたり……」
ルビナまでか。結局、四人で入ることになった。
この世界にも石鹸やシャンプー、リンスはある。ただ、品質はもっと改良できそうだ。〈分解〉と〈合成〉、それに〈鑑定〉を組み合わせれば、より良いものを作れるだろう。〈美容〉もレベル9だし、意外といけるかもしれない。
屋敷の風呂は広いので、四人でも余裕だ。しかし、一緒に風呂に入るのにタオルで隠したり、水着を着たりしてくるわけもなく。
「ねぇ、アレス。なんでイレーヌとリディアは“毛”がないのよ?」
「ああ、それはムダ毛処理が面倒そうだったから、俺のスキルで永久脱毛を――」
「あたしにもやりなさいよ」
ルビナ、いいけどな……あれは痛みを快楽に変えて行うから、実質発情させるようなもんなんだが――。
案の定、三人を相手する羽目になった。これがバレたら、イレーヌとリディアはローテーションを二回飛ばされるんじゃないか?
◇
やがて時間になり、俺たちは『星降る竈』へ。〈迷宮の薔薇〉はすでに到着しているらしい。こういうときは〈念話〉が便利だ。携帯電話のように使える。
個室に入ると、三人はすでに席についていた。
「あれ? お風呂入ってきた?」
ジーナがすぐに気づいた。
「ちょっと待って。全員入ってるわよね、これ」
さらにセレナがその先に気づいた。
「これは……帰ったら裁判です」
ティアがいつになく厳しい顔をしていた。
イレーヌとリディアは涼しい顔をしているが、ルビナは冷や汗まみれだ。風呂上がりなのに。あれは絶対にバレるだろう。
「じゃあ、『王城の地下迷宮』完全攻略を祝して!」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
いやあ、こういう乾杯は久しぶりだ。そういえば俺、元の世界で死んだのかどうかも思い出せないんだった。名前も年齢も仕事も曖昧で、日本人だったことだけ覚えている。不思議な話だ。
「そういえばアレス。アンタだけ称号もらえなかったのよね。なんで?」
イレーヌが何気なく尋ねてきた。だが答えるには、俺の秘密を明かさなければならない。どうするか……。
「そうよそうよ。なんでアレスだけ称号がないの?」
セレナまで参戦してきた。仕方ない、いずれ話すつもりではあった。
「ああ……実は、みんなに黙っていたことがある。俺、もともと称号を持ってるんだ」
「えっ!? アレスが称号持ってたの!? なんで言わなかったの?」
ジーナは純粋に首を傾げている。
「俺の称号は……《勇者》だ」
その瞬間、場が凍りついた。全員が黙り込む。
《勇者》の称号は、この世界で生まれた者には絶対に得られない。持っているなら――異世界から来た者、すなわち“転生者”である証拠だ。
「ちょ、ちょっと待って。《勇者》ってことは……勇者召喚魔法陣で呼ばれた“転生者”ってこと!?」
いつも冷静なセレナが、驚いたように訊ねる。
「……そうだ。俺は転生者だ。ただ、勇者として召喚されたわけじゃない」
俺がこの世界に来たときに、同時に勇者と聖女が召喚されたが、俺が目覚めたときには城の全員が眠らされており、すでに勇者と聖女は殺されていたこと。このままだと殺人犯にされそうなので、勇者と聖女のスキルをもらって城を脱出したことを教えた。《悲しみの魔女》や《天空人》の件は、まだ伏せておく。
「なるほど……王城で勇者召喚をやるって噂は確かにあったわ。でも、話自体急になくなったと思ったら、実際はやっていたのね」
セレナは納得したようだ。
「ふふん。アレスが世間知らずなのは、そのせいだったのね」
イレーヌは妙な方向で理解している。解せぬ。
「ご主人様の特殊なスキルは、“転生者”だからこそだったんですね」
リディアが頷く。
「でも、やけにエッチなスキルが多いような……」
ルビナ! それは言うな!
「エッチなのは全部“元勇者”のスキルだ! 俺もそんなものだとは思わなかったんだよ! 急いでたし!」
必死に弁解する俺に、ジーナが畳みかける。
「〈技巧(性)〉も?」
「……それはゴブリンからだ」
ティアも参戦してくる。
「〈絶倫〉は?」
「……それはオークからだ」
視線が冷たい。刺さる。
「このダンジョン攻略してたら自然にそうなるじゃないか……」
「でも、レベル9まで上げる必要あったのかしら?」
セレナの一言に、俺はぐうの音も出なかった。そうです。期待して上げました。
こうして俺は、なぜか“いじられキャラ”のポジションを確立してしまった。
宴も終盤に差しかかったころ、イレーヌが口を開いた。
「そういや、“アリス”はどうするの?」
きたか……。ちょうどいいものを手に入れたんだよな。
「“誘引無効の指輪”があるから、一人で行こうかと思ってる」
「ダメ。絶対アタシもついていく。オークキングの前でその指輪を窃盗してあげる」
「それやったら、お前は“朝までコース”な」
そのやりとりに、〈迷宮の薔薇〉とルビナが反応した。
「“アリス”って、例の“聖女”のことよね?」
セレナはさすが情報通だ。ここはもうこれも打ち明けるか。
「あー……ちょっと変身するから、大声出さないでね」
そう言って“アリス”へと姿を変える。
「えっ!? えええ!? アレスがアリス!?」
ジーナの声がでかい。注意したのに。
「いろいろ事情があって魔法で女性化したんだけど、この姿なら《聖女》と〈聖魔法〉が使えるってメリットもあるの。まあ、ティアが同じもの手に入れたから、この姿になる必要は薄れてきているけど、この姿でも冒険者登録してるからね。せっかくだからAランクに上げようかと思って」
「アレス……いや、アリス。あなた、本当に何でもできるのね……」
セレナは呆れ半分で見ている。俺は“アレス”に戻った。
「オークキングは“誘引無効の指輪”があるから問題ない。でも、ちょっと試したいことがあるんだ。リディア、協力してくれる?」
「はい、ご主人様。ですが、何を試すのですか?」
実は俺、《勇者》の称号効果である『全状態異常無効』のおかげで、〈誘引(性)〉が効かないんじゃないかと思っている。ただ、この世界における“状態異常”の範囲が曖昧で、確信が持てない。実際、性魔法の〈感度調整〉は俺にも効いた。エロ系は“状態異常”扱いじゃないのかもしれない。
「リディアに〈誘引(性)〉を渡す。俺に向かって使ってみてほしい。女のときと……男のとき、それぞれで」
「男のとき、ですか?」
「ああ。〈性別変更〉でリディアには一時的に男性になってもらう」
一瞬、場が静まりかえる。やがてイレーヌが身を乗り出した。
「なにそれ! めっちゃ面白そうじゃない! アタシも混ぜなさいよ!」
「絶対ダメだ。お前は信用ならん」
小声で「絶対忍び込んでやるんだから」とつぶやいているが、全力で防ぐつもりだ。魔法で雁字搦めにでもしてやろう。
ただ、イレーヌ以外も妙に興味津々な顔をしている。狙いは〈誘引(性)〉のほうか、それとも〈性別変更〉のほうか……。リディアは平静を装っているが、内心わくわくしているのが見て取れる。
……いや、ほんとに試すだけだからな。女と男、それぞれ一回ずつ。すぐ終わる。たぶん。




