043 迷宮の主と得られた力
朝食は、ダンジョンに入る前に用意してアイテムボックスへしまっておいたパンとスープ、それにサラダ。食後にコーヒーで一息つき、野営道具を片付けると、俺たちは地下五十階を目指して歩き出した。
地下四十七階から地下四十九階までは昨日と同じ道程だ。ただ、万能薬もそこそこ溜まったので、最悪の場合はアリスになればどうにかなる。そう判断して、魔物を倒した直後、ドロップに変わる前に収納していくことにした。
「やっぱり魔物専用のスキルってあるんだな」
今回新しく手に入ったスキルは――〈超再生(魔)[5]〉、〈石化(嘴)[5]〉、〈石化(眼)[5]〉、〈爪[5]〉、〈牙[5]〉、〈飛翔(羽)[5]〉、〈毒(牙)[5]〉、〈炎のブレス[5]〉。
爪以外はグレーアウトしていて使用不可。とはいえ爪で攻撃することもない。人族で使えるとすれば獣人族くらいだろう。獣人族は大陸東部の『スヴァルシア王国』に暮らしているので、この国で出会うことはほぼないらしい。
地下四十八階の宝箱からは「叡智の腕輪」がもう一つ出た。ティアに渡す。
そして四十九階では――
「お、こんなのあるんだ」
「誘引無効の指輪」。オークキング対策に女性が装備するための指輪だ。俺が「これあればギルドも助かるのにな」とつぶやくと、セレナが肩を竦める。
「そもそもこの階層を主戦場にするパーティはいないのよ。ダンジョン完全制覇を目指す連中が一度通るだけ。だから『誘引無効の指輪』の入手数も限りなく少ないの」
なるほど、Aランクを目指す一握りのパーティしか来ないというわけか。AランクになればSランクを狙って別のダンジョンに挑むだろうし、『王城の地下迷宮』のこの階層を踏むのは年に数組程度らしい。
――そして、ついに地下五十階。ボス部屋の前に到着する。
ジーナのテンションが跳ね上がった。
「とうとう来たね! ダンジョン制覇も目前だ!」
よく見れば、皆少なからず緊張している。俺も胸が高鳴り、武者震いがした。
「ここのボスはグリフォンだったな」
上半身が鷲、下半身が獅子の魔物。知能が高く、ダンジョン外では会話できる個体もいるという。巨大な翼での飛行、獅子の後肢による蹴撃、鉤爪での裂断。さらに羽ばたきで突風や真空刃を繰り出す厄介な相手だ。
ここが最後だ。円陣でも組むか。
「よし。このグリフォンを倒せばダンジョン完全制覇。そして俺たちはAランクだ。気合い入れていくぞ!」
「任せなさい!」
「承知しました!」
「やってやるわ!」
「がんばるそー!」
「やってやるわ!」
『お任せください!』
……セリフがバラバラだ。円陣の習慣はないのかもしれない。セレナとルビナだけが偶然被った。ティアなんか〈念話〉だ。まあいい、気合は入った。
扉を押し開ける。
コカトリス四体、バジリスク四体、ワイバーン四体、キマイラ四体。
そして奥にいたのは、このダンジョンの主――グリフォン。
その姿はまさに迷宮の支配者であり、同時に自然界の頂点に立つ捕食者でもあった。
低く響く唸り声には長い時を生きてきた知恵と誇りが感じられ、鋭い爪と嘴は、相手が冒険者であっても容赦しないと告げている。
光を映す瞳の奥には、挑戦者を見極めるような静かな意志と、この場所を守ろうとする強い決意が宿っていた。
「さすがにダンジョンのラスボスは別格だな……。作戦通りいくぞ、全員戦闘配置!」
これまで通り、イレーヌとセレナは空中のワイバーンとキマイラを。
リディア、ジーナ、ルビナ、ティアは地上のコカトリス、バジリスクを。
俺は、バジリスクを拘束しつつ、キマイラの炎を防ぎながら、グリフォンをけん制する。狙いは、まず取り巻きを殲滅することだ。
「いくぞ! 戦闘開始!」
号令と同時に、前衛は地上の魔物へ突撃し、空中組は火力を惜しまず叩き込む。敵の数は多いが、この面子なら問題はない。――ただし、グリフォンだけは別だった。
「くそっ! あいつ速すぎる!」
俺は〈石弾〉で攻撃しているが、全く当たらない。攻撃範囲が広い〈氷爆〉すら避けられてしまった。〈空架障壁〉で壁を作り進路を塞ごうとしても、突き破ってくる。
グリフォンは俺を厄介と見たのか、標的をルビナへ――背中を晒していた彼女に狙いを定める。
「まずい! 〈挑発〉!」
レベル9の〈挑発〉だ。当然グリフォンにも効く。ルビナに向かっていたグリフォンが急角度でこちらに進路を変え、体当たりしてきた。俺はロングソードでそれを受け流す――はずだったが避けられず、剣ごと体当たりを受け、部屋の壁に叩きつけられた。
「ぐっ……この世界にきて、初めてダメージ食らったかもな」
口の端から血が滲む。
「アレス!」
「ご主人様!」
『大丈夫だ。それぞれの持ち場を頼む』
壁に叩きつけられた影響で、肺の空気が全部出てしまったのか、呼吸が苦しい。〈高治癒〉で応急処置。だがグリフォンは待ってはくれない。
「〈空間転移〉!」
まさか魔物を避けるためにこの魔法を使うとは思わなかった。
自らを囮にして〈挑発〉と〈空間転移〉を繰り返し、俺はグリフォンを引きつけ続ける。その間に他の魔物は十分ほどで殲滅された。
「さて、この怪物をどう仕留めるか……」
速すぎて魔法もボルトも当たらない。剣で攻撃する前にその場から逃げられる。だが一瞬でも止められれば。
「ご主人様、私にお任せを!」
リディアがそういうと、盾を前面に出して身構えた。
「〈挑発〉!」
リディアがそう叫ぶと、グリフォンは一直線にリディアの元へ。そのまま嘴で刺すかのごとく突っ込んでいった。
「必ず止めて見せる! アイスフォールの名にかけて!」
まるで元の世界で交通事故でも起きたかのような衝突音がした。リディアは二メートル以上後退したが、完全にグリフォンの勢いを止めてみせた。
「その首、あたしがもらったー!!」
構えていたジーナの斧が閃き、グリフォンの首を断ち切った。
「よし! 『王城の地下迷宮』、完全制覇だ!!」
歓喜するジーナ。涙ぐむセレナとティア。イレーヌは静かに息を吐く。リディアはさきほどの衝突で少し無理をしたのか、その場に座り込んだ。俺はリディアに〈高治癒〉を施し、手を差し伸べる。
「お疲れ、リディア。おかげで助かった」
リディアは俺の手を取ると立ち上がり、そのまま抱き着いてきた。
「ご主人様! やりました! 受け止めてみせました!」
自分でも嬉しかったのだろう。ただ、フルプレートアーマーで力いっぱい抱き着かれると、かなり痛い。顔には出さないようにしよう。頭を撫でて「よくやった」と労った。
「さて。宝箱を見てみようか」
このボス部屋は宝箱が出るので、グリフォンは収納せずにドロップに変えたのだ。
「罠は無いみたいよ」
イレーヌがそう言うと、
「はい! はい! あたしが開けたい!」
とやはりジーナが主張する。任せてみると――
「おおー! マジックバッグだー!」
宝箱の中身は、マジックバッグ(中)、グリフォンの羽毛、グリフォンの肉、グリフォンの爪。
うーん。いまさらマジックバッグって感じだなあ。どうする? 売る? あ、いるの? じゃ、あげる。ということで、マジックバッグはジーナにあげた。しかしグリフォンからも何かスキルが取れたはずなので、宝箱の中身を考えると、ちょっと失敗したかもしれない。
「さて、この先がダンジョンコアかな」
「そうね。私も初めて見るから、ちょっと楽しみだわ」
さっきまで涙ぐんでたセレナも、今は少し興奮気味だった。なにせ、ダンジョンコアの部屋まで辿り着けば、称号やスキルを貰えることがあるからだ。
――最下層。ダンジョンコアルーム。
無機質なその部屋の中央に、二メートル四方の黒い立方体が、角を地面に突き立てるようにして斜めにそびえていた。
「あれが……ダンジョンコア? 近づけばいいのか?」
全員でダンジョンコアの前に立つと、
『スキル〈魔法陣生成(バッチ)〉を得ました』
おお! 機械的な声が頭の中に響いた。どうやら皆も同じようで、それぞれ何かを入手できたようだ。
【貰った称号・スキル】
アレス
称号 :なし
スキル:〈魔法陣生成(バッチ)〉 バッチ処理の内容を魔法陣にできる。
イレーヌ
称号 :《弩王》 命中率、攻撃力、飛距離上昇。
スキル:〈分裂弾〉 撃った矢やボルトを魔力で分身させ、一度に複数の矢やボルトで攻撃できる。
リディア
称号 :《城塞の化身》 防御力大幅上昇。自分の背後にいる仲間の被ダメージを三割軽減。
スキル:〈完全耐性(短)〉 すべての攻撃を十秒間だけノーダメージにできる。
ジーナ
称号 :《戦乙女》 全ステータス上昇。
スキル:〈戦場鼓舞〉 戦闘中まわりにいる味方全員の全ステータスを上昇させる。
セレナ
称号 :《大魔導士》 所持魔力二倍。魔法威力一・五倍。
スキル:〈複合魔法〉 二つ以上の魔法を組み合わせて一つの魔法として発動できる。
ティア
称号 :《聖女》 回復魔法使用時の魔力使用量半分・効果二倍。
スキル:〈聖魔法[1]〉
ルビナ
称号 :《轟鉄》 ハンマーの攻撃力上昇。鍛冶技術上昇。
スキル:〈鉄心鍛造〉 鍛造した装備品の耐久力や強度が大幅に向上する。
それぞれ、有用な称号やスキルを得られたようだ。ティアが《聖女》を入手したのは驚いたが、これで石化の懸念もなくなる。早いうちにレベル8にしてあげよう。しかし、俺だけ称号貰えなかったのか。すでに二つ持っているからだろうか。
興奮冷めやらぬまま、俺たちはダンジョンを脱出したのだった。




