039 弟子入りと薔薇の決意
朝。おそらく一時間ほどしか眠っていないが――若さってすごい。普通に動ける。
昨晩はイレーヌがダウンしたあと、リディアとの一騎打ちに突入したものの、結局決着はつかなかった。……これ、毎晩続くのか?
今日の予定は午前中にドルガンさんへ弟子入りのお願い。午後からは〈迷宮の薔薇〉との会談。つまり、ダンジョン探索はお休みだ。
「じゃ、行ってくる」
「い、いってきます」
「アレス、なんとかしてあげるのよ」
「ご主人様、いってらっしゃいませ」
妙に艶のある表情のイレーヌとリディアに見送られ、緊張で顔がこわばっているルビナさんと並んで、『ブラスアーム鍛冶工房』へ向かった。
◇
「おはようございます、ドルガンさん」
「おお、坊主か。朝っぱらから珍しいな。最近顔を見なかったが、どこへ行ってた?」
「『石喰いの巣』で鉄を取ってきました」
「ほう! あそこへ行ったのか! アイアンゴーレムも、あのハンマーなら楽勝じゃったろう?」
しばし雑談で場を温め――よし、切り出すなら今だ。
「ドルガンさん。突然ですが……弟子を取る気はありませんか?」
隣のルビナさんがびくっと震え、「ほんとに突然すぎるよぉ……」と小声でつぶやいたが、聞こえないふりをしてドルガンさんをまっすぐ見る。
「弟子か。昔は何人もおったが、今は気ままに一人で剣を打つのが性に合っとる。取るつもりはないぞ」
「まあまあ、結論は急がずに。弟子入りしたいのは俺じゃなくて、この子です」
そう言ってルビナさんを前に出す。
「る、ルビナです。グラナフェルムから来ました。父の工房で鞘を中心に作ってきました。どうか……鍛冶を教えてください!」
ドルガンさんがじっと彼女を見据え、眉をひくりと動かす。
「……嬢ちゃん、まさかドワーフか?」
「は、はい……そうです」
「その背丈でドワーフとは……でかい嬢ちゃんだな!」
なぜか豪快に笑い出すドルガンさん。笑いのツボがわからない。
「ただな。ドワーフの世界じゃ、鍛冶は男の仕事。ドワーフの女の鍛冶師など過去に一人もおらん。それは知っておるじゃろう?」
「……はい、知っています」
「そうか。だが……嬢ちゃん、才はあるようじゃな」
――よし、今だ。切り札投入。
「ドルガンさん! このインゴットを見てください」
俺は一つのインゴットを差し出す。
「ふむ? 鋼か……いや、少し違うな。坊主、叩いてみてもいいか?」
「どうぞ」
ハンマーが振り下ろされ、火花と共に甲高い音が響く。ドルガンさんの目が見開かれた。
「ほう……大した鋼じゃ。だが例の“高炭素鋼”とはどう違う?」
「高炭素鋼は硬くて“斬る”ことには向いているのですが、粘りが低いため、それ以外の用途だと折れやすいという欠点があるんです。これは高炭素鋼ほど硬くはないのですが、粘りがあります。こちらのほうが武器・防具向けの素材なんです。さらに錆びにくいという特徴もあります」
「なんと……そんな鋼があるのか」
俺は畳みかける。
「もしルビナさんを弟子にしてくれるなら、この“クロムマンガン鋼”を定期的に納品します。どうです?」
ドルガンさんが腕を組み、うなり声を上げる。
「しかしじゃな……ドワーフの世界では鍛冶は男の仕事なんじゃ。女にやらせるのは――」
「女にやらせたらダメな理由は何ですか?」
「いや、そりゃあ、これまでそうしてきたからじゃ」
「じゃあ、ドルガンさんは今後、今まで通り何も変えず、新しいことには挑戦しないんですね?」
ドルガンさんが黙って考え始めた。やがて短く問うた。
「……月いくつだ?」
「百」
「のった! 古い伝統なんざ吹き飛ばしてやるわ! 文句が言ってくる奴は、ワシがぶっ飛ばす!」
力強い握手が交わされる。
「よし! 嬢ちゃん……じゃねぇな。ルビナ! 今日から俺の弟子になれ! 今から働けるか?」
「は、はい! 問題ありません! よろしくお願いします!!」
涙をこらえるルビナさんを見て、俺も胸を撫で下ろした。
「あ、それとですね、このクロムマンガン鋼で――」
「ああ、坊主。その“クロムマンガン鋼”なんじゃが、ちと名前が長いのう。短くならんか」
え。元々そういう名前の鋼なんだけど……元の世界では、か。この世界では違う名前でも構わないのか。
「じゃあ……『ルビナ鋼』で」
その途端、ルビナさんが大きな声を出す。
「はああ!? なんであたしの名前なのよ!? まだ一人前の鍛冶師でもないのに、恥ずかしいじゃないの! そんな名前つけないでよ!」
「なら、その名に恥じない鍛冶師になればいいんですよ。ルビナさん」
どうだ。もう上達する以外の逃げ場はないぞ。
「う……わ、わかったわよ! やってやるわよ!」
――よし。これで気合も入った。俺たちの武器・防具をルビナ鋼で作り直してもらうことにする。完成は二週間後。
自分たちのオーダー分と初回分も合わせて、ルビナ鋼インゴットを二百個渡す。また、ドルガンさんは鍋も作るそうなので銅インゴットも百個、あとルビナさんが鞘を作るときに使うオークの皮百個、楢の木材百個もドルガンさんに渡しておいた。
一応ドルガンさんのほうでも鉄鉱石の他にクロム鉱石とマンガン鉱石が手に入るようにしておいてもらう。そうすればそれをインゴットにもできるからね。
どうやら、いきなり弟子ができたことで、ドルガンさんもやることが増えたようだ。
ヒヒイロカネやアダマンタイトのことも聞きたかったが、ここはルビナさんの弟子入り初日だ。邪魔しちゃ悪いので、お暇することにした。
「じゃ、ルビナさん、頑張ってね」
「ありがとうアレス! この恩は一生忘れないから! ほんとに……ありがとう!」
ガシッと抱きつかれてしまった。ポンポンと背中を叩いてあげる。泣いているようだ。
ドルガンさんも気づいているようで、なにも言わない。ルビナさんが泣き止むまで、誰も声を出さず、動かなかった。
◇
午後は〈百花繚乱〉の屋敷で〈迷宮の薔薇〉との会談。屋敷に着いたのは昼頃だったが、留守番していたイレーヌもリディアも当然のようにまったりしており、昼食の準備などまるでしていない。やっぱり俺の役目らしい。
イレーヌが作らないのはわかる。彼女はこれまでに料理した経験がないからだ。
しかし、リディアは元々〈料理[3]〉を持っていたから料理はしていたはずなんだけどな。今なんて〈料理〉はレベル8にまでなっているのに。
「リディア、料理はしないの?」
「い、いえ……できないわけではありません。ただ、ご主人様より美味しく作れる自信がなくて……」
ああ、そういうことだったのか。
「じゃあ、一緒に作ろう」
今日のお昼はコカトリスの親子丼だ。コカトリスは『王城の地下迷宮』の地下四十二階以降にしか出ないので、なかなか高級なお肉。作り方を教えながら手伝ってもらうと、リディアは料理が好きなようで、終始笑顔だった。
少し離れたところから、ちらちらと羨ましそうにこちらを見ていたイレーヌは――まあ、自分から言い出すまで放っておこう。
食後しばらくして、〈迷宮の薔薇〉の三人が屋敷を訪れた。
「久しぶり! またすごい屋敷を買ったね!」
「これ……新築じゃないの?」
「あ、アレス君……元気?」
元気いっぱいのジーナさん、冷静に観察するセレナさん、緊張気味のティアさん。三人を応接室に案内し、両パーティ六人が向かい合ってソファに腰を下ろす。
「えーと、一応〈百花繚乱〉に吸収合併という形でこちらに合流したいという話は聞いていますが、理由を聞いてもいいですか?」
〈迷宮の薔薇〉を代表してセレナさんが答える。
「今の私たちの力では、『王城の地下迷宮』の地下三十一階以降は厳しいわ。だから、あなたたちと合流して強くなりたいの」
うーん。たしかに俺たちと一緒に潜れば、地下三十一階以降は楽勝だろうが……それは単に俺たちに依存するだけでは? 顔をしかめる俺に、ジーナさんが慌てて言った。
「違うの! アレスたちに魔物を倒してもらいたいわけじゃないの!」
意味が分からず首を傾げると、セレナが続けた。
「どうやったのかまでは知らないのだけど……イレーヌさんが急に強くなったのはギルドでも有名なのよ。だからイレーヌさんとリディアさんを問い詰めてみたんだけど、何も教えてくれないのよ。ただ、秘密の方法があることを肯定も否定もしないの。アレスは知っているのよね?」
……さて、どう答えるか。イレーヌとリディアを見ても〈念話〉で「任せる」としか返ってこない。
「その前に。なぜそこまで強さを求めるんです? Bランク昇格も急ぎすぎたように見えました」
セレナが眼鏡を押し上げ、静かに語る。
「私とジーナの故郷は、一年前にオークの集団に襲われて壊滅したのよ」
セレナさんとジーナさんの故郷であるエヴァルシア村は、一年前、突如現れたオークの集団に襲われ壊滅、生き残ったのは数名だったという。その後、そのオークの集団は冒険者と王国騎士団によって殲滅されたが、村はそのまま廃棄されたそうだ。
「それで……Aランク冒険者が騎士爵を得られるのは知っているかしら?」
Aランク冒険者になれば、好きなタイミングで騎士爵を叙爵できる。通常は冒険者を引退してから叙爵するらしいが、冒険者のまま叙爵することも可能だ。
「それと村と何か関係があるんですか?」
「騎士爵になると土地を貰うこともできるのよ」
騎士爵になると、国の役職に就いたり、希望の土地を申請して治めることができる。希望通りの土地が貰えるかは、その土地を所有する大貴族次第になる。セレナさんたちの故郷はずっと放置されているので、復興すると言えば高確率で貰えるそうだ。
「なるほど。復興が目的なんですね。領主はセレナさん? 他の二人は?」
「あたしは守衛隊隊長!」
「私は……教会を建てて司祭になります」
三人で故郷を再建する――その決意が伝わってくる。
……だが強くなる方法は、例のアレだ。
「わかりました。俺は少しの間席を外します。その間にイレーヌとリディアから話を聞いて、それでも望むなら……強くしてあげます」
二人に〈念話〉で『細かく説明してやって』と伝え、俺は応接室を後にした。




