038 新居と罰
ルビナさんがテーブルに腰を下ろすと、その対面にイレーヌが座った。リディアは二人に紅茶を出した後、ルビナさんの斜め後ろに立っていた。
――これ、尋問じゃね? と思ったが、誰も口を開かず、しばらく無言の時間が続いた。
息苦しさが募ったころ、イレーヌが口を開く。
「それで? ルビナはどこに住むつもりなの?」
「あの……王都に着いたばかりで、まだ何も決まっていません……」
「あ、そう」
質問しておいてその反応は冷たいぞ、イレーヌ。これって俺のせいなんだろうか。
「ご主人様、少しお話がございます」
リディアはルビナさんの斜め後ろに立ったまま、距離を置いたソファにいる俺に話しかけた。
「あ、ああ。いいよ。何かな?」
思わず構えるように返事をする。何を言われるのだろう。
「〈迷宮の薔薇〉の三人が、〈百花繚乱〉に合流したいと申しておりまして」
ん? そんな話、初耳だ。しかも、今その話をするのか。
よく聞くと、〈迷宮の薔薇〉の三人は今回のダンジョンで自分たちの限界を痛感したらしい。現状のままではこれ以上、Aランクに届かないと考え、〈百花繚乱〉への吸収合併を打診してきたというのだ。だが、俺たちに寄生してAランクになるだけでは意味がないと思うのだが。
「そこで、ご主人様のお返事次第ですぐ動けるように、全員で暮らせる屋敷を見つけておきました。〈迷宮の薔薇〉を吸収合併するかは別として、その屋敷ならルビナさんも一緒に住めます」
確かに今借りている家は3LDKで、単純に部屋を割り当てたらルビナさんの部屋がない。
リディアが商業ギルドで聞いたところ、パーティで屋敷を借りることはよくあることらしい。一パーティの最大人数は八名で、それに対応する十人前後が住める冒険者向けの屋敷が居住区に多く存在するという。
「わかった。じゃあ、早速見に行こうか。いいかな?」
「承知しました、ご主人様」
その気まずい空気から逃げ出すように、俺は答えた。
◇
「え!? これって貴族屋敷じゃないの?」
「いえ、こちらは冒険者の方々が住まわれる屋敷でございます」
商業ギルドの職員に案内された屋敷は、少なくとも俺から見ると貴族の屋敷と見紛うほど立派だった。だが他の面々の反応は冷静だ。
「アンタ、見れば分かるでしょ。貴族の屋敷はもっと絢爛豪華よ」
「ご主人様、さすがにこのような屋敷に貴族は住みません……」
「あたしでも分かるわよ、アレス……」
上層居住区にある屋敷と比べればかなり劣るらしいが、それでも庭は広く、剣術の素振りや立ち合い稽古が十分できる。馬車が横付けでき、馬用の厩舎まである。
中に入ると二階建てで部屋数は十一。主寝室は広く、あの十人は寝れそうなベッドすら置けそうだ。一階には応接室らしい一間もある。家具は亜空間に入っているはずだが、なければ買えばいい。
リビングは広く、キッチンとさらに風呂まである。魔石をセットすればお湯が出る、異世界あるあるの便利な風呂だ。これはかなり良い。
「気に入りました。ここを購入します」
即決で買ってしまった。ちなみに屋敷は借家ではなく中古物件の購入になる。不要になれば商業ギルドに買い取ってもらうことになるだろう。
諸手続きを済ませ、職員が帰ったら早速屋敷を空間魔法で囲った。
「〈修復(空間)〉!」
スキル名をわざわざ口に出す必要はないが、そんな気分だった。『石喰いの巣』で採った石材や木材は山ほどある。屋敷の素材が違うなら、元素まで還元してから利用すればいい。素材に困ることはないだろう。
「ご、ご主人様! 屋敷が新築になりました!」
ふっふっふ。驚いたか、俺の本気。
「アンタ、たまにはやるじゃない」
イレーヌはもう少し俺を褒めてもいいと思うぞ。ちなみにお前は俺の奴隷な。
そこからは前の家からの引っ越し。家の中にあるものを全部亜空間に収納して持ってくるだけだ。
「じゃあ、好きな部屋選んでいいぞ。俺は二階のいちばん広い部屋な」
二階奥の広い部屋は手前が執務室、奥が寝室になっていた。とりあえず奥の寝室に、王城からもらってきた十人は寝られそうなベッドを置く。
「でかっ! アンタ、そんなベッド持ってたの?」
「ご主人様、これはかなりいいベッドです」
「あんた、これかなり高級よ?」
「家具は良いものを持ってるから、部屋選んでくれたら家具一式置くよ」
執務室には三人掛けソファを二つ、ローテーブル、本棚、執務机を置くと、屋敷の主人みたいだ。主人なんだけど。しかし、執務らしきことをする予定は今のところない。
二階の一番奥を俺が使い、その部屋に近い順にイレーヌ、リディア、ルビナさんの部屋となった。各部屋にシングルベッド、タンス、机と椅子を置く。リディアの鎧や盾、武器を置くところが必要かなと思ったが、「アイテムボックスがあるので大丈夫です」と言われた。そういやそうだな。
イレーヌやリディアは服やドレスなど自分の荷物は自分のアイテムボックスにしまっているので、後の荷物整理はお任せ。ルビナさんはグラナフェルムからの荷物を俺が預かっているので、必要なものだけ出してあげる。荷物が多くて片付けは大変だろう。ルビナさんの部屋に整理棚を追加したら、イレーヌもリディアも欲しがった。二人はアイテムボックスがあるからあまり必要なさそうだが、言われたとおりに出しておいた。
部屋のカーテンやカーペットも〈修復(空間)〉で新品同様にしてある。替えたいなら自由にしていいと伝えた。
「あとはリビングと応接室か」
三人に自室の整理を任せ、俺は一階のリビングへ向かった。十人が住む前提のリビングは広く、キッチン近くに十人掛けのテーブルと椅子を置き、少し離してソファとローテーブルを配置してもまだ余裕がある。応接室にもローテーブルとソファを置いたが、やはり少し殺風景だ。
キッチンに調理道具を出していると、イレーヌとリディアが一階へ下りてきた。
「やっぱり殺風景ね。屋敷を見回って足りないものを買いに行っていいかしら?」
「そうだね。イレーヌとリディアに任せるよ」
「お任せください、ご主人様」
イレーヌはデザインセンスがある。リディアは元貴族の娘だ。二人が屋敷を見て回っている間、俺は外の厩舎や庭、道路に面した石壁の修復をして回った。屋敷の裏手には小さな畑や薬草園まであり、今のところ使わないが綺麗に整えておく。
屋敷に戻ると、リビングではイレーヌとリディア、それにルビナさんが紅茶を飲みながら談笑していた。あれ、いつの間にそんなに仲良くなったのか。ぎくしゃくしているよりずっといいが。
「あ、アレス。地下室もあったわよ。倉庫みたいな場所。そこも修復しておいて」
なんで奴隷のイレーヌが命令口調なのか分からないが、もはやそれが日常になっていて、今さら突っ込む気にもならない。
「ご主人様。これから私とイレーヌとルビナさんの三人で、足りないものを買いに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。気を付けて行ってきて」
ふとルビナさんを見ると、自然な笑顔でイレーヌと話している。ああ、仲良くなれたのかな。
三人を見送った後、俺は地下室を含め屋敷の基礎部分を完全に修復した。建物の地下まで修復が必要だったことに気付けたのは収穫だった。
時間が余ったので、三人が帰るまでに夕飯とアイテムボックスに入れておく料理の作り置きを作って待つことにした。
しばらくして三人が戻ってきた。
「ただいま、アレス。いろいろ買ってきたわよ」
イレーヌがリビングに置いていた十人掛けのテーブルと椅子をどかせと言うので亜空間にしまうと、
「でかっ! なんだこのテーブル! 二十人用くらいじゃないの?」
「こういうのは大きい方が便利よ。大人数で会議する時にも使えるでしょ」
いや、まだ〈迷宮の薔薇〉の件は保留中で、〈百花繚乱〉は三名パーティなんだけど……。
「あと椅子と、魔道具ランプも買ってきたわ。部屋用と廊下用と卓上用と」
確かにランプがなければ夜は真っ暗だ。全部屋分買ってきたのか。後で設置しよう。
他にもローテーブルと、それを囲む三人掛けソファを四つ。今は四人しかいないのに、増員前提で家具を買ってきているな。
「ご主人様。私は大陸地図を買ってきました」
リディアが取り出したのは壁に貼る大きな大陸地図。これを一枚貼るだけで冒険者の屋敷らしくなる。
他にも壁飾りをいくつか買ってきたようだ。
「ルビナさんは何か買ってきたの?」
「あたしはこれを」
取り出したのは壁掛け式の武器ラックだった。おお、これも冒険者屋敷らしい雰囲気になる。
「まだ飾る武器がないんだけどね。飾れるような武器を作れるよう頑張るよ。ダンジョンで拾った戦利品を飾ってもいいしね」
いいね、わくわくしてきた。
三人は買ってきた物をこれから設置して回るらしい。だがその前に、イレーヌが言った。
「あ、それとねアレス。後日、リビングにバーカウンターを作る工事が入るからよろしくね」
「はあ!? 誰が使うんだよそれ!」
「みんなでカクテルとか飲んだら楽しいでしょ」
「へ? 誰かカクテル作れるの?」
当然、イレーヌを見るが作れる気配はない。リディアとルビナさんを見ると、二人とも目線を逸らす。え、もしかして三人の間で何か話が済んでるのか。
「そう言うと思って買ってきたわよ。はい、これ」
渡されたのは『おいしいカクテルの作り方』という本だった。
「カクテル用のお酒も何本か買ってきたから、練習するのよ」
マジか。俺が作るのか。そういや〈氷魔法〉で氷作れるの俺だけだな。
カクテル作りは〈料理〉に入りますか? 入るならスキルレベル9が効くんだが――いや、そうじゃなくて! なんで命令……でもカクテル作りは興味あったりする。わかったよ。俺が作るよ。
三人が買ってきたものを設置し、一息ついたところで夕飯を振る舞う。
その後、「何かカクテル作れ」というので、本を見ながらカクテルをいくつか作って振る舞うと、なかなか好評だった。ほどよく酔った三人は風呂はいいと言うので、〈洗浄〉で全員綺麗にしてやった。
そして――夜。
イレーヌとリディアが揃って俺のベッドにやってきて、
「ご主人様。“浮気”の罰として、これから一週間、私たち二人に〈絶倫[8]〉を与えてください」
全然許されていなかった俺。その夜のリディアはそれはそれは激しく、イレーヌが少しひいていた。




