036 アレスとルビナ
――契約二日目。
地下十六階に着くと、ルビナさんのストーンゴーレムフィーバーがようやく終わり、彼女は採掘へ。俺は魔力を全開放してカッパーゴーレムを狩った。銅インゴットが特に欲しいわけではないが、暇つぶしにはちょうどいい。
その日の採掘を終え、地下二十階のボス部屋へ向かって試しにアイアンゴーレムをルビナさんに相手させてみた。すると、彼女の鉄のバトルハンマーが壊れてしまった。慌てて俺がアイアンゴーレムを倒し、壊れたハンマーは〈修復(空間)〉で新品同様に直してやった。ルビナさんは「それ、便利ね」と感心していた。
この日もスキルレベルアップ。〈生活魔法〉と〈革加工〉をレベル8にした。最初は三十分かけて普通にするつもりだったが、いつもの癖で2倍にしてしまった。始めてからしばらくして気づいたが、もうそのまま進めた。
ちなみに、終わってルビナさんが気絶するように眠ったあと、リディアから〈念話〉が届いた。なんだかやけに刺々しい。なんだろう、気に障ることでもしてしまっただろうか。
――契約三日目。
前日と同じく地下十六階でルビナさんは採掘、俺は魔力を全開放してカッパーゴーレムを狩った。
ダンジョンの帰り道、気づいたことがあったので訊いてみた。
「ルビナさんって、ドワーフの中ではかなり背が高いほうじゃないですか?」
「お? 気づいた? 実は平均より二十五センチくらい高いのよ。すごいでしょ?」
二十五センチ!? たしか王都の鍛冶師ドルガンさんが百二十センチちょっとだから、ルビナさんは百四十五センチ前後でかなり高い。しかも彼女は純血のドワーフで、他種族の血は混じっていないらしい。ヒューマンの女性に換算すれば余裕で百八十センチを超えるだろうし、ヒューマンの男性に換算すれば二メートル近い高さになる。
この日が最後のスキルレベルアップ。〈木工〉と〈料理〉をレベル8にした。最初は三十分かけて普通にするつもりだったが、前回2倍でやってしまったので今回も2倍で進めることにした。最後に〈絶倫〉は〈スキル・称号奪取(性)〉で没収しておいた。
終わってルビナさんがぐっすり眠ったあと、リディアからの〈念話〉は来なかったが、代わりにイレーヌから〈念話〉が届いた。話によればダンジョンは順調で、特にリディアのタンクが〈挑発〉で全ての敵を引きつけてくれるため楽らしい。リディアが以前の俺の代わりをしているようだと言う。ただ、その運用だと〈迷宮の薔薇〉が育ちにくく、たまに〈挑発〉を使わずにタンクさせると急に不安定になるらしい。どうも今のミノタウロス階層は〈迷宮の薔薇〉の三人には合っていないのでは、という話だった。
『それとね、今日ダンジョンが休みだったから、以前アタシが所属してた組織のアジトを見て回ったの』
とイレーヌ。
彼女が言うにはアジトはもぬけの殻で、居合わせた人に尋ねたところ、三ヶ月ほど前に王国騎士団が来て関係者を全員捕らえ、組織は壊滅したらしい。ああ、あの王様のところに置いていった書類が効いたのか――期待していなかった分、少し驚いた。
『それとアンタ、火遊びはほどほどにしなさいよ。リディアが不機嫌で困ってるんだから』
『いやいや、火遊びってなんのことだか……』
『隣に女がいるでしょ? リディアが「ご主人様が浮気した!」って大騒ぎしてたんだから。今度、その女を連れて来なさい』
『いや、この子はこの街の子だから――』
『やっぱり隣に女がいるじゃない!』
しまった。〈念話〉だと咄嗟に止められない。帰ったらリディアをたっぷり慰めると約束させられ、イレーヌにも慰めろと命じられた。主人と奴隷の関係で“浮気”とは……?
――契約四日目。
朝、起きたばかりのルビナさんに訊いた。
「地下二十一階以降は何が採掘できるんですか?」
「あー、えーと、あれ、なんだったっけ……ああ! マンガン鉱石とクロム鉱石よ」
「え!? マジで!?」
「でも誰もわざわざそれを採掘しに行かないわよ」
アイアンゴーレムが出る階層は危険なので、採掘に来る人はいない。むしろ冒険者がアイアンゴーレムを狩って鉄インゴットを狙う階層だという。しかもこの世界ではマンガン鉱石やクロム鉱石はあまり使われないらしく、もったいない話だ。
「よし、ルビナさん! 今日は地下二十一階に行きましょう!」
「え!? だってあそこは鉄は取れないでしょ?」
「アイアンゴーレムを倒せばいいんです! 昨日より絶対に鉄が採れます! 採掘するより稼げます!」
説得して半信半疑のルビナさんを地下二十一階へ連れて行くことにした。
◇
「あの、アレス。昨日見てたと思うけど、私の鉄のハンマーだとアイアンゴーレムは倒せないのよ?」
「これを使ってください」
俺は高炭素鋼のバトルハンマーをルビナさんに貸した。
「え!? あんたはどうするのよ?」
「俺は戦いません。ルビナさんに任せます」
俺はいつもの〈バッチ処理〉で採掘エリアの鉱石を根こそぎ亜空間へ収納する。あとはルビナさんの後ろをついて回り、彼女が倒したアイアンゴーレムも〈バッチ処理〉で収納・分解・インゴット化していく。なお、ルビナさんが危険になるので、俺の溢れる魔力は抑えている。
最初は緊張していたルビナさんだが、アイアンゴーレムは素材が違うだけで動きはストーンゴーレムと大差ないと分かると、喜々として倒し始め、アイアンゴーレムフィーバーが始まった。今日は一か所に留まる必要もなく、どんどん下の階層へ進んでいく。
地下二十六階からはスチールゴーレムが相手になる。ルビナさんでも問題なく倒せたが、鋼製のせいか高炭素鋼バトルハンマーの一部が欠けることが増えた。その都度亜空間で修理する。どうやら高炭素鋼は斬る武器には向いているが、バトルハンマーのような打撃武器にはやや不向きらしい。
結局その日のうちに地下三十階のボス部屋まで辿り着いた。念のためボス戦だけは俺が担当したが、シルバーゴーレムは動きが速いもののスチールより柔らかく、ルビナさんでも問題なさそうだった。
なお、スチールゴーレムから取れた鋼のインゴットは成分が気に入らなかったため、一度元素に還元して鉄インゴットにし、他の成分は元素として格納しておいた。
その帰り道。
「ルビナさん、鉄がかなり採れましたよ。インゴット六千個分あります」
「な!?……そんなにあるの!? 昨日までの十倍以上じゃない! こんなに採れるなんて……」
「契約は明日までですけど、もう十分ではないですか?」
「……いや、明日もお願いするわ」
十分すぎるほど集まっていると思ったが、ルビナさんは翌日も続けるつもりらしい。まあ、俺は構わない。
そしてその夜――
「ルビナさんのスキル上げはもう終わったから、今日からは別々に寝ませんか?」
「……ダメ。契約は契約よ。今日は普通に」
俺としては目的が終わったので不要だと思っていたが、彼女は契約通りにしたいと言う。〈強制終了〉は使わず、これまで通り2倍で進めることにした。ルビナさんの〈絶倫〉は既に外してあるので、彼女が満足した四回で終わった。
――契約五日目。
前日と同じく地下二十一階から。道中はルビナさんに高炭素鋼バトルハンマーで敵を倒してもらい、俺はクロムとマンガンを回収する。ルビナさんが倒したゴーレムは〈バッチ処理〉で回収。ボス戦はルビナさんでも問題なかったが、彼女は銀を必要としていないというので俺が倒した。
契約最終日でインゴットを渡して帰ろうとしたところ、工房に置けるスペースが足りず、鉄と鋼をそれぞれ一万個ずつ預かることになった。
「アレス、本当にありがとう。助かったわ。明日から鍛冶をやってみる」
「お役に立てて光栄です。では、これで契約も終了――」
その言葉の途中でルビナさんが俺の腕をがしっと掴む。
「今日まで泊まっていきなさい。契約よ」
そうなのか。仕方ないかと考えていると、いつもより早く〈念話〉が届いた。
『ご主人様、リディアです。今、大丈夫でしょうか?』
『ああ、大丈夫だよ。問題ない』
イレーヌはリディアが機嫌を損ねていると言っていたが、こちらでは特に変わった様子はない。
『本日、〈迷宮の薔薇〉の三人と地下四十階のボスをクリアしました』
『おお! おめでとう!』
『ただ、その先の地下四十一階は今の〈迷宮の薔薇〉の三人では無理そうです。ご主人様が戻られるまでは地下三十一階~四十階を周回することになりそうです』
やはりそうか。〈迷宮の薔薇〉の三人は平均的なBランクのスキルレベルで、地下三十一階以降はAランク相当の強さが必要だ。リディアとイレーヌが抜けてしまったら、三人では先に進めないだろう。
『それと……ご主人様。今、隣に女がいますね?』
うっ、ここで訊いてくるのか。
『ご主人様、“浮気”はほどほどにしてください。あと帰ってきたら私の相手をしてください』
『わかった。約束する』
帰ったら大変そうだが、未来の俺に任せよう。
その夜もルビナさんが満足した四回で終わった。




