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033 別れの口づけと一人旅

 翌朝。俺はグラナフェルムへ向かう支度を整え、借家の玄関に立っていた。


「ご主人様……」


 リディアが服の端をぎゅっと掴み、離そうとしない。


「リディア。そう長くは離れないよ。大体、一ヶ月くらいで戻る予定だ」


「一ヶ月も、じゃないですか! 私は……私は、ご主人様が心配で……」


 もう十分近く、このやり取りを繰り返している。リディアは涙目だし、イレーヌは横で呆れ顔だ。


「大丈夫だって。俺のスキルやレベルは知ってるだろ? そうそう危険な目には遭わない」


「ですが……」


 仕方なく、強引に口づける。――あれ、俺、少し背が高くなったかもしれない。リディアと並ぶとよくわかる。


「ご、ご主人様。毎晩〈念話〉しますから……返事してくださいね」


「うん、わかった」


 すると、なぜかイレーヌまで近づいてきて、珍しくもじもじしている。なので、こちらも同じように強引に口づける。


「な、なによ! キスしてほしくて来たわけじゃないんだから!」


 顔を真っ赤にしているので、つい抱きしめてから解放した。


「じゃあ、行ってくる」


「気を付けるのよ」

「ご主人様……行ってらっしゃいませ」


 俺たちが借りている家は、王都北東の居住区にある。

 目的地のグラナフェルムは王都の東方、馬車で十時間の距離だ。早朝出発の便ならその日のうちに着くが、今はすでに午前九時を過ぎている。途中で野営を挟み、二日かけて向かうことになる。


 こうして俺は王都の東門へ向かい、乗合馬車に揺られて旅立った。


 ◇


 一人で行動するのは久しぶりだ。ここ最近はずっと三人一緒だったから、妙に静かに感じる。特にリディアはいつも近くにいたので、今日は余計に違和感が強い。


 東門を抜けると、以前ゾンビ討伐で南門から出たときと同じように、石畳の街道がまっすぐ続いていた。両脇には森が広がり、景色もほとんど同じだ。ただ一つ違うのは、街道の彼方に『グラント山脈』の稜線が見えることだろう。五月だというのに山上にはまだ雪が残り、白く輝いている。あれは四、五千メートル級の山々ではないだろうか。あの山脈がゼフィランテス帝国との国境だというが、越えて侵攻するのは到底無理そうだ。


 それにしても馬車の旅は暇だ。二、三時間おきに休憩があるが、それ以外はやることがない。仕方なく、王城から“借りてきた”本を開いた。


 ――『勇者トージローと魔王ヴァルモス』。


 冒頭はこうだ。可憐なエルフの少女が突然『魔女化』の病にかかり、家族にも村人にも見捨てられて森に捨てられる。絶望の中で死を待つ少女の前に現れたのは、《魔王》ヴェルミナ・ヴァルモスだった。「この仮面をつければ病は癒える」と渡された、悲しげな顔が簡単に描かれた白い仮面。少女は死にたくない一心でそれをかぶるが――その仮面は呪われており、彼女は《悲しみの魔女》となり、人々を永遠に悲しませる存在へと変わってしまう。


 読んだ本は、まさかの童話だった。この《悲しみの魔女》……俺を作った魔女と関係あるのか? いや、さすがに違うか。何しろ一万年前の話らしい。


 それにしても、“勇者トージロー”。まだ登場していないが、名前からして日本人だ。藤次郎? だとすれば鎌倉時代以降の人物なのでは? けれど日本で一万年前といえば縄文時代のはず。時間の流れがこちらの世界と違うのかもしれない。


 それに他の本で歴代の勇者の記録を見たときにも思ったんだが、なぜこの世界に呼ばれる勇者は全員“日本人”なのだろうか。〈全言語理解〉のスキルがあるなら、アメリカ人でもフランス人でもよさそうなものなのに。あの城にあった転生魔法陣に何か秘密でもあるのだろうか。


「それより……魔王が呪いの仮面を配ったのか?」


 その真意は続きを読めばわかるのか。ただ、このことが事実であれば、仮面の魔女たちは自分の意思で動いていないことになる。《嫌悪の魔女》は“呪い”で人々を嫌悪させるために動いているのか。しかし、《悲しみの魔女》は自分の意思で動いていたような? 疑問は尽きないが、とにかくページをめくり続けた。


 ◇


 最初の休憩に入るまでに読み終えたが、なかなかの大作だった。元の世界でアンデルセンの『雪の女王』を一時間ほどで読んだ記憶があるが、それより長い。子ども向けの童話にしては少し長い気がする。


 結局、勇者は魔王と四人の魔女を倒し、めでたしめでたし……なのだが、気になる点も多い。《悲しみの魔女》は序盤以降まったく登場しないし、残りの魔女も放置だ。


 ただし、これは“最初の”魔王討伐の物語らしい。魔王ヴェルミナ・ヴァルモスは二千年後に復活し、再び勇者が召喚されて討伐した。その後も千年から二千年周期で復活を繰り返し、記録に残るだけで六度討伐されている。単純な数でいえば、《嫌悪の魔女》よりもよく倒されている存在だ。


 さらに、勇者召喚に使われる『転生魔法陣』は、アストラニア王国だけでなく七つの国の王城に存在するという。かつてはそれぞれの国が勝手に召喚していたため、同時代に複数の勇者が存在したこともあったらしい。勇者同士が協力すれば討伐も容易だったろうに、各国のプライドが邪魔して競い合っていたとか。結果的に討伐できたからよかったのかもしれないが。


 ◇


 いくつか休憩を重ね、ようやく本日の野営地に到着した。乗客は各自でテントを張る決まりらしいので、俺も用意してきたテントを広げる。食事は作り置きの料理をアイテムボックスから取り出して済ませた。


 少し早いがそろそろ寝ようとしたとき、リディアから〈念話〉が届いた。内容は、今日〈迷宮の薔薇〉と一緒に地下三十四階まで到達したこと、連携がもう少し慣れれば四十階層のボスまで行けそうだが、一日では無理そうだという報告。そして最後に「ご主人様がいなくて寂しい」と。リディアがこんなことを言うのは珍しい。おそらく〈念話〉では感情が抑えられず、そのまま伝わってしまうのだろう。ティアさんのときのように。だからこそ、これは彼女の本音に違いない。俺は明日も〈念話〉することを約束し、その夜は会話を終えた。


 一人で寝るのは、いったいいつ以来だろう。最近は両脇にイレーヌとリディアがいるのが当たり前だったから、どうにも寝付きが悪い。寝返りを打っているうちに、いつしか眠りに落ちていた。


 ◇


 翌朝も簡単に朝食を済ませ、出発する。森に近いせいか少し肌寒いが、天気は良好だ。


 五時間後、ようやく《鉱石のダンジョン》のある街――グラナフェルムに到着した。同乗していた商人にすすめられた宿屋『白銀の炉端』に十日分で宿泊を契約する。五十代の夫婦が営む宿で、一泊二食付き五千G。少なくともヘレナさんの宿のような騒動にはならないだろう。


 すでに午後二時を過ぎていたため、ダンジョン攻略は明日からにする。今日は街を散策することにした。


 グラナフェルムは鉱山と《鉱石のダンジョン》に支えられた街で、鍛冶や精錬、装飾細工が盛んだ。建物は石造りや金属の骨組みで、王都に比べて無骨な印象を受ける。住民も職人気質が多く、礼儀より技術や実力を重んじる風土らしい。王国の中でもドワーフの割合が多い街でもある。


「なるほど、確かに工房ばかりだな」


 歩けばドワーフの姿も多く見かける。有名な鍛冶屋をいくつか訪ねてみたが、腕は悪くないにせよ、王都のドルガンには及ばない。何しろ彼は《名匠(鍛冶)》の称号持ちだ。おそらく、彼以上の職人はそう多くはいないのだろう。


 街を回るうちに、一ヶ月前に鉱山で落盤事故があったことを耳にした。そのため現在は採掘が中断され、鉱夫たちはダンジョンに集中しているらしい。鉱山の再開は二ヶ月後とのこと。となれば、俺が挑む『石喰いの巣』は相当混み合っているに違いない。


 ――どうして俺は、ドロップ運だけはやたらいいのに、こういうタイミングだけは悪いんだろうな。

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