031 王城の宴と孤独な令嬢
三人でしばらく雑談していると、外で待機していたメイドが「これから表彰式がございます」と告げに来た。どうやら大会議とやらが終わったらしい。
表彰式は謁見の間で行われるという。私は以前、王城に忍び込んだことはあるが、謁見の間までは知らない。素直にメイドの案内に従うことにした。
「アリス、その歩き方維持して」
後ろからイレーヌに監視されながら歩くと、余計なところに力が入って妙に疲れる。
やがて王城の最奥らしき場所に着き、目の前には重厚な扉がそびえていた。
「お名前を呼ばれましたら中へお入りください」
メイドはそう告げ、自分の持ち場へ戻っていった。残された私たちは、扉の前で待つ。
「Bランク冒険者アリス! イレーヌ! リディア! 入れ!」
近衛兵が扉を押し開けると、白大理石の床に真紅の絨毯が玉座までまっすぐ敷かれ、左右には鎧を纏った近衛兵が整列していた。金属の光が冷たく反射し、威圧感を放っている。さらに奥には、きらびやかな衣装をまとう貴族らしき人々が並ぶ。
玉座の背後には王家の巨大な紋章旗が掲げられ、その中央に王が座していた。
私を先頭に、イレーヌとリディアが後ろに続く。
冒険者ギルドで注目を浴びるのには慣れているつもりだったが――。
「めっちゃ胸見られてる」
ここまで露骨に胸だけを見られるのは初めてだ。貴族って、冒険者の胸は見放題だと思ってるんじゃないの? 不快すぎる。パーティーでは絶対透明化してやる。
ドレス姿だからカーテシーかなと思っていたが、冒険者はドレスでも跪くのが正式らしい。スリットはそのために入っていると聞いていたが……跪くとやたらセクシーに見える。くっ、足にまで視線が。
「冒険者アリス、イレーヌ、リディア、面を上げよ」
顔を上げると、王と目が合った。――あ、この人、でっかいベッドで寝てた人じゃん! 転生したときに倒れていたのも見ているから、妙に親近感がある。
「ほう。なかなか美しい女性たちではないか。今回の魔物討伐で活躍した冒険者が、これほど見目麗しいとはな」
いやらしい視線は感じない。本心から褒めているだけのようだ。ただ、まわりの貴族たちがざわめき始めているのが気になる。
「さて、軍務卿、褒美を取らせよ」
「はっ! かしこまりました!」
軍務卿と呼ばれたカイゼル髭のナイスミドルが力強く声を張った。
「ブルームヴェイルにおける魔物討伐の功績により、国王より褒美を授ける! 冒険者アリス、この者には金一封を下賜する!」
おお、金一封。中身はいくらだろう?
「次に冒険者イレーヌ、そしてリディア! この者たちは奴隷であるゆえ、主人である冒険者アレスに金一封を下賜する!」
なるほど。奴隷の褒美は主人に渡るのか。結局、三人分の金一封が私のところに来るわけだ。
すると王が続けた。
「こたびのイレーヌとリディアの働きも聞き及んでおる。奴隷とはいえ本人に褒美がないのは不自然であろう。望むなら、今回は特例として奴隷契約期間を免除し、即刻解放とすることもできる。どうだ? その場合、主人のアレスには代わりの奴隷を下賜するゆえ、問題はあるまい」
おお、奴隷解放の提案か。私はもう、解放してもいいと思っている。万が一裏切られても後悔はないし、ここまで支えてくれた二人には感謝しかない。
そこでイレーヌが深く頭を下げた。
「王様。発言をお許しください」
「許す。申せ」
「期間免除のみ賜りたく存じます。解放につきましては、主人と相談のうえで決めさせてください」
「ふむ。リディアも同じ考えか?」
「はい。私もイレーヌと同じです」
二人は即答で解放を望まなかった。その件はあとで相談すればいい。
国側では契約期間の免除手続きを進め、解放に必要な書類も用意してくれるらしい。
「今後の活躍にも期待しておる。よき働きであった。下がってよい」
こうして表彰式は、あっという間に終わった。謁見の間を出るときも、貴族たちの獲物を見るような視線を感じる。……逃げねば。
一度控室へ戻る。パーティーの準備に少し時間があるらしい。
「そういや、奴隷解放どうする? 私としては解放でも問題ないけど」
「アタシはもう少し奴隷のままでいいわ。今のほうがいろいろ楽だし」
確かにイレーヌは立場こそ奴隷だが、家事は一切しないし、主人に命令もするし、責任は全部主人に押しつけられる。ある意味一番おいしい立場だ。男も寄ってこないしな。
「私も奴隷のままでお願いします。主人に仕える者としては、この立場のほうが動きやすいです」
リディアは奴隷というより騎士のような感覚らしい。解放すると同じ立場になって逆にやりにくいのかも。
「わかった。ただ、いつでも解放できるから、そのときは言ってね」
「了解」
「承知しました」
その後、パーティー準備が整ったと知らせが来た。場所を聞いたが、先導はやんわり断る。
「じゃ、私は透明化するから、あとはよろしく」
「え? もう透明化するの? パーティー会場ついてからでもいいじゃない」
「ダメ。貴族の目に少しでも触れたら後が怖いから」
イベント回避のため、私は徹底的に逃げると決めている。
「アリス様、少し離れますが、ぜひお楽しみになってください」
「うん。二人も楽しんできてね」
透明化して二人と別れ、会場へ向かう。王城の庭園が会場だった。外とはいえ五月だから寒くはない。きらびやかな貴族が集まり、特に令嬢たちは私たちのドレスよりもさらに高価そうな衣装を身にまとっていた。……なるほど、その辺りも考慮して私たちのドレスを決めていたのか。
美味しそうな料理を三人分ずつ、皿やカップごとアイテムボックスに放り込んでいく。三人分食べるわけじゃなく、後で取りに来るのが面倒なだけだ。グラス入りの飲み物もいくつか収納。
周囲から「あれ? 料理減ってない?」「ここにグラスなかった?」と声が上がっていたが、もちろん無視。
一通り確保した私は、西のほうにあるという休憩室へ向かった。庭木の生け垣で目隠しされた一角に、小さな平屋が建っている。テラス席もある。人目を避けて透明化を解き、中へ入る。
疲れた人や大勢の前に出たくない人がひきこもる休憩所だと聞いていたので、まだ始まったばかりだし、誰もいないだろうと思ったが……テラス席に一人、白いドレスの少女が座っていた。紺の瞳に、肩までの紺色の髪。私と同じくらいの年に見える。どこかの令嬢だろうが、少し悲しげに大人しく座っていた。
テーブルには何もなく、本を読んでいるわけでもない。退屈そうだなと思いつつ、私は戦利品をアイテムボックスから取り出して並べていく。
「なかなか壮観かもしれない」
ひとりでは食べきれない量だが、まずは見た目で満足するのだ。
そして豪快に食べる。マナー? そんなものは習っていない。
突然現れて料理を並べ、がつがつ食べ始めたので、令嬢は目を丸くしていたが、やがてくすりと笑った。
「冒険者の方ですか? ずいぶんたくさん召し上がるんですね」
あ、話しかけられた。まあ、この食べ方、貴族じゃ絶対やらないだろうし。
「よかったら食べます? まだまだあるし」
「……じゃあ、少しだけいただこうかしら」
上品な笑みを見せたその令嬢は、リュシエル・ノワゼリアと名乗った。
最近はパーティーに参加すると必ず伝染病にかかってしまうため、こうして人目を避けているのだという。
そういえば冒険者ギルドで「貴族の間で流行っている伝染病がある」と聞いたことがあった。
最近はどのパーティーでも、必ず令嬢が一人感染する。すぐに隔離すれば問題なく、毎回のことなので対応も慣れてきており、貴族もいつものことだとあまり気にもしなくなってきているらしい。
しかし、感染すると急速に顔を含む皮膚が爛れ、水泡が破裂して強烈な臭気を放ち、その破裂して飛び散った液体に触れた者にも感染する。周りの貴族たちから嫌悪の視線を浴びるのは、令嬢にとって耐えがたいものだろう。
どのパーティーでも最初に感染するのは必ず令嬢であり、その会場で一番美人と言われている人が感染しやすいらしい。
もしアリスが会場にいたら、今回感染するのはアリスだったかもしれない――そう彼女は言った。
「一番美人がかかる病気って、なんか変ですよね」
「そうなの。だから陰謀説もあるのよ。教会の僧侶が治療のため常駐するようになったから、裏で何か仕組んでいるんじゃないかって……」
そのとき――。
パーティー会場のほうから、女性の甲高い悲鳴が響いた。




