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002 眠れる城と天空人の脱出

 魔女がいなくなって急に静かになった。誰も動いていないのだから当たり前だが。

 ランプの明かりの中、石造りの広間に、一人ぽつんと立つ俺。


 ……マジか。異世界に来たと思ったら、いきなり放置されてしまった。

 しかもこのまま見つかったら――俺、確実に勇者と聖女殺人の容疑者だよな!?

 逃げるにしても、城から出るところを誰かに見られるだけで容疑者になりかねない。

 どうする? 一時間しかない。悩んでいる暇はない。思いつくままに試して、いい方法を見つけるしかない。


 まずは……異世界と言えば――『ステータス』。



 アレス 天空人(転生者) 十七歳

 無職 《エンドリング》


 所持スキル:

  空間魔法[8]

  合成(空間)

  分解(空間)

  修復(空間)

  鑑定[8]

  身体強化[10]

  無詠唱

  スキル・称号付替

  全言語理解



 ……おお、よかった、表示された。名前は「アレス」。この体の元々の名前らしい。

 レベルやHP、MPの表示は無い。代わりにスキルに数字――多分スキルレベルかな。あと何かよくわからないものがあるけど、今は後回しだ。


 異世界転生三点セットのうち、〈鑑定〉と〈全言語理解〉はあるね。

 〈空間魔法〉が収納とかできそう。〈鑑定〉で〈空間魔法〉を鑑定してみると――



 空間魔法 [プリセット]

  第一階梯〈亜空間収納(ストレージ)

  第二階梯〈亜空間分割(パーティショニング)

  第三階梯〈空間規制スペースレギュレイション

  第四階梯〈空間把握(スペースサーチ)

  第五階梯〈空間拡縮(スペースサイジング)

  第六階梯〈部分収納(パーシャルストレージ)

  第七階梯〈空架障壁(スペースシールド)

  第八階梯〈空間転移(テレポート)



 “プリセット”ってなんだろう? あらかじめ設定された魔法ってことなのかな? よくわからん。

 目的のものが第一階梯にあるのがわかったから、よしとしよう。


 あと残りのスキルだが、思ってもみない効果があるスキルがあった。



 〈合成(空間)〉

 亜空間に収納したものを合成する。


 〈分解(空間)〉

 亜空間に収納したものを分解する。

  1.対象が死体の場合は、肉、骨、血、皮など各部位に分解できる。

  2.最大限細かく分解すると、元素に還元できる。

  3.死体から称号とスキルを分離してストックできる。


 〈修復(空間)〉

 亜空間に収納したものを修復する。

  1.足りない部分を修復する場合は素材が必要。


 〈身体強化[10]〉

 魔力を使用して体の機能を大幅にアップすることができる。

 ※スキルレベルの最大は10


 〈無詠唱〉

 魔法を無詠唱で使用できる。

  1.無詠唱時は想像力により魔法の威力が変わる。

  2.魔法名だけ唱える簡易詠唱でも魔法を使用することができる

  3.想像力により、関連する独自魔法を作ることができる。


 〈スキル・称号付替〉

 ストックしているスキル・称号と自分の物を付け替えできる。


 〈全言語理解〉

 すべての言語が理解でき、会話、読み書きが可能。



 〈身体強化〉がレベルMAX! 逃げ足だけなら負けなさそう。

 〈無詠唱〉で独自魔法が作れるってのは驚きだが、それよりも!


  3.死体から称号とスキルを分離してストックできる。


 〈分解(空間)〉がすごい!

 これで分離して〈スキル・称号付替〉で自分に付けるわけか。


 そして、今まさに目の前に死体が二つ。


 よし――第一階梯空間魔法〈亜空間収納(ストレージ)〉、死体を収納!


 心でそう念じた瞬間、勇者と聖女の死体も血もまとめて消えた。

 収納先を確認すると、ちゃんと死体二つと血が亜空間に収まっていた。しかし、初めて収納したのが死体ってどうなんだ俺。


 そして〈分解(空間)〉で称号とスキルを分離、ストックへ。

 ストックした称号とスキル検証は後にして、さて、この死体どうしよう。〈修復(空間)〉で直ったりしないかな。


 勇者と聖女の死体へと意識を集中させ、〈修復(空間)〉スキルを発動する。

 すると、切断面が淡く光り、肉と血管と骨が縫い合わされていく。血は逆流するように体内へと吸い込まれ、やがて「無傷の死体」が横たわった。


「やっぱり、生き返るわけじゃないのか」


 できあがった「無傷の死体」は呼吸をしておらず、心臓も動いていない。

 これをどうするかちょっとだけ迷ったが、このまま持って帰ると「勇者と聖女はどこにいった!?」って騒ぎになるかもだし、仕方がないので元の魔法陣の上に戻す。意図したわけではないが、もはや死因がわからなくなった二つの死体。城の人たちがなんとかしてくれるだろう。


 改めて周囲を観察する。

 部屋中にランプはあるが窓がなく、昼か夜かもわからない。

 死体を置いた魔法陣の周囲に、倒れた魔術師たち。勇者召喚を試みたのはこの人たちか。

 騎士たちは王様の周囲に倒れているが、誰も剣を抜いていない。

 つまり、《悲しみの魔女》は勇者が召喚された直後に誰にも気づかれずに城にいる全員を眠らせ、勇者と聖女の首だけ斬った……のかな。

 まあ、今となってはどうでもいいことなのかもしれないが。


 さっき見た〈空間魔法〉で透明化ができそうな気がするんだが、鏡で確認したい。どこかにないか。

 空間魔法で魔力空間を城全体に広げ、空間内を把握してみる。

 ――第四階梯空間魔法〈空間把握(スペースサーチ)〉。

 おお、見える見える。

 たしかに城の中にいる全員が眠らされているようだ。あちこちに倒れている人がいるのがわかる。


 近くに大きなベッドと鏡のある部屋があるようだ。行ってみよう。


 魔法陣の部屋を出ると、入口のところで寝ている兵士が二人いた。踏まないように気を付けて、赤いカーペットが敷かれた廊下を進む。


 やはり静かだ。石造りの壁や天井は、建ってからかなりの年月が経っているように見える。

 古城の中、自分の足音しかしないのはホラー映画の一シーンのようで、そう思うと背筋がぞっとする感じがした。こういうのは考えないようにしよう。


 大きな扉を開けると、そこは豪奢な部屋だった。ふかふかのカーペットが感じたことのない沈み方をする。

 少しお香の匂いがするその部屋は、場所から考えると王族の誰か、もしかしたら王様の部屋なのかと推測する。

 窓の光の差し込み具合から、今がお昼頃だとわかった。


「ベッドでかっ!」


 十人は余裕で寝られるサイズのベッドがあった。

 魔法である程度大きさがわかってたが、実際に見るとでかいな。必要あるのかこれ? 複数人前提……?


 そして鏡。

 鏡に映ったのは黒髪黒目の美形だった。……俺の感覚が正しければ、アレスはかなりのイケメンだ。《悲しみの魔女》様、ありがとう! この世界、美醜の基準が逆じゃありませんように。

 身長は百七十センチくらいか。もうちょっと身長欲しいな。十七歳だったから、ワンチャン伸びるかも。筋肉質ではあるが少し細身かな、細マッチョって今でも言うんだっけ?

 そういや“天空人”とか言ってたっけ。見た感じ普通の人間と変わらないように見える。何が違うのかな?


 少し自分観察に嵌ってしまった。

 あまり時間はないし、さっそく透明化を試してみよう。光の屈折をいじってできるとは思うんだが。

 自分を魔力空間で囲んで――第三階梯空間魔法〈空間規制スペースレギュレイション〉。

 よし、成功! 光を後ろにそのまま通し、後ろの反射光をそのまま返すことで、俺は透明になった。これ、かなり使えるかもしれない。


 さらに探索。〈空間把握(スペースサーチ)〉で、この部屋に繋がる隠し部屋を発見。

 入り口が巧妙に隠されていたが、中は……春画の山。ようするにエロ本倉庫だった。いらねえ。

 だが奥に金貨の袋を発見。五袋! これはこの世界の貨幣だろう。こんな部屋にあるくらいだから、へそくりに違いない。現地通貨がないと困るし、ありがたくもらっていこう。


 でかいベッドの部屋を出て、さっきの探索で見つけていた倉庫らしき部屋にも立ち寄る。

 新品の家具がぎっしりあった。さっき見たでかいベッド、ダブルベッドにシングルベッド……宿屋のベッドが硬いなんて話もあるし、後々役立つかもね。

 他にもソファ、テーブルなどいろいろあるが、〈亜空間収納(ストレージ)〉は無限に入りそうだし、ここにあるもの全部収納しておこう。


 武器庫からはロングソード、ショートソード、ランス、プレートメイルを三つずつ。三つなのはなんとなくだ。予備の予備みたいな。

 書庫からは「初級魔術師教本」「スキル習得入門」「アストラニア王国の歴史」「勇者トージローと魔王ヴァルモス」というなんとなく気になったタイトルの本をピックアップ。


 そして、書庫につながる隠し部屋も発見。

 この隠し部屋にも本があるんだが、入り口が完全に本棚で塞がれていて、ここ何年誰も入ってないのか隠し部屋の中は埃が積もっていた。

 隠し部屋の存在を、今は誰も知らないのでは? 書庫に繋がる隠し部屋って禁書庫っぽいが。

 とりあえずここもまるごと収納しておこう。


 ……よし、準備完了。金もある、武器もある、家具まである。

 なんだか、完全に泥棒が入った形跡だらけになってしまっているが、今更気にしない。

 あとは逃げるだけ。


「あ。もしかしてこの世界、足跡とか追跡できたりするんじゃ?……」


 魔法がある世界だ。いろいろできる可能性がある。このまま歩いて出るのは危険かもしれない。


 空中に足場を――第七階梯空間魔法〈空架障壁(スペースシールド)〉。

 よし、これで足跡は残らない。透明化したまま進もう。これなら窓から逃げられる。


 四階の窓から外へ出ると、急に陽の光を浴びたせいで一瞬視界が白くなる。

 眩しくてつい瞑ってしまった目を開けると、眼下に異世界の街が広がっていた。


「間違いなく異世界だ……もう少し上まで行ってみよう」


 〈空架障壁(スペースシールド)〉を階段状に設置し、何もない空中を登る。

 尖塔より高い場所に出ると、少し冷たい風が頬に当たり、見慣れない街並みが一望できた。


「おお。壮観だなあ」


 どうやら城はこの街の中心にあるようで、石畳の大通りが城から四方へ伸び、それぞれ城門に繋がっていた。

 石と木材を組み合わせた見慣れない建物がぎっしりと並び、大通りで区切られた四つの区画は、それぞれ雰囲気が異なるようだ。

 その中でも活気ある露店の並ぶエリア――まずは、あそこにしよう。


 俺は透明のまま、空中を歩きだした。

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