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023 肩車と爆走

 冒険者千名、領主貴族の領兵と王国騎士団の騎士・兵士五百名、さらに教会の僧侶二十名。

 私たちは、かつて倉庫群が立ち並んでいたという石畳だけが残る広大な跡地に布陣していた。場所は街の東に広がる大平原のど真ん中だ。


 まだ夕方には早い時刻だが、討伐軍はそこで日暮れを待っていた。

 ゾンビは動きも遅く、単純に真っ直ぐ突っ込んでくるので、そんなに脅威になる魔物ではないらしい。

 相手がゾンビだとわかっているからか、身をひそめる者はおらず、むしろ肩の力を抜いて雑談したりくつろいだりしている者も多い。


 やがて空が赤く染まり始め、冷たい風が吹き抜けてくる。ほんの少し肌寒い。三月に入ったばかりの大平原はまだ緑が少なく、跡地の周囲はたんぽぽなどの野草がまばらにある程度。見渡す限りそれが地平線まで広がり、あまりの広さに、まるで世界で私たちだけが取り残されたかのような錯覚すら覚える場所だった。


「アリス様、いよいよですね」


「そうだね。でもどの方向から来るんだろ? 日が沈んでしまうと、方角すらわからなくなりそう」


「朝方、東のほうに消えたって言ってたから、来るならあっちの方かしら」


 周囲を見れば、誰もが東の方角を注視していた。私も同じように視線を向け、夕日が西の山脈に沈むのを待つ。


 そして太陽が完全に姿を隠した瞬間――


「ゾンビ来ました! 全方向からです!」


 斥候の兵士が叫んだ。

 どうやら日中は土に潜んでいたらしい。まさか土の中にいるとは思わず、誰も気づけなかった。

 地中から現れた一万を超えるゾンビが四方八方から雪崩れ込んできて、討伐軍はたちまち大混乱に陥った。もはや指揮の声も聞こえない。


「リディア、肩車して! 周りに味方が多すぎて魔法が撃てない!」


 冒険者たちが右往左往して視界を遮り、魔法の発動が難しい。私はスカートを履いていたが、もともと“男”だったせいか、下着を見られてもあまり気にならなかった。もちろん最低限は隠すけれど。


 リディアに肩車してもらい、〈気配察知〉で位置を確認しながら魔法を放つ。


「――第五階梯聖魔法〈不浄消滅(バニッシュ)〉! 〈不浄消滅(バニッシュ)〉! 〈不浄消滅(バニッシュ)〉! 〈不浄消滅(バニッシュ)〉!」


 リディアにゆっくり回ってもらい、全方向へ魔法を撃ち込む。

 一発で二十体ほどは消し飛ばせるが、数があまりにも多い。やがてゾンビが迫ると、近くの冒険者や兵士が剣を振りかざし、群れへ飛び込んでいった。


「くっ、接敵されると魔法が撃てない!」


 〈不浄消滅(バニッシュ)〉は“不浄な心”を持つ者にもダメージを与えてしまう。完全に清らかな人間などほとんどいない。だから混戦では使えないのだ。


「イレーヌ! リディア! ゾンビが突っ込んでくるよ! 戦闘態勢!」


 私はリディアの肩から降り、剣を――握ろうとして、やめた。ここでバランス崩したら、フレンドリーファイアする可能性が高い。しかし、味方が乱戦しているこの場所で〈不浄消滅(バニッシュ)〉も撃てない。


「仕方ない! 嫌だけど……凄く嫌だけど!」


 私は両手両足に〈不浄消滅(バニッシュ)〉を〈魔法付与〉し、素手でゾンビを倒す決断をした。


「うわー! にゅるっとした! うわー! べちゃってなるー!」


 一人大騒ぎしながら殴り倒す。ゾンビは触れた途端に消えるし、〈洗浄(クリーン)〉で体もきれいにできる。それでも感触の気持ち悪さは拭えなかった。もうここは無我の境地だ。心頭滅却! 心頭滅却!


「アリス! やっぱりアンタにゾンビが集中してるわ!」


 ゾンビもなのか! くそっ!

 イレーヌは混戦でクロスボウが使えず、ナイフで消している。リディアは盾やランスを振るだけでゾンビを次々と消滅させ、大活躍だ。


 ゾンビたちは真っ直ぐ私に向かってくる。しかし、その直線上に邪魔なものがいると攻撃するらしい。

 すべてのゾンビが私に向かってくるため、私の近くにいた冒険者は大量のゾンビに囲まれることになった。


「ここに私がいたらマズい! リディア、もう一度肩車して! ここから移動する!」


「承知しました、アリス様」


 リディアの肩の上に登り、周囲を見渡して人を巻き込まない場所を探す。


「イレーヌ! 場所を変える! ついてきて! リディア! このままあっち向かって走って! 私が止まってって言うまで!」


「承知しました、アリス様」


 リディアは返事と同時に、私を肩車したまま凄まじい加速で走り出した。……後ろに落ちるかと思った。

 フルプレートでタワーシールドとランス持って、こんな速さで走れるの? 元の世界の車並みに速い。〈身体強化[8]〉の影響だろう。


 リディアは一直線にゾンビを弾き飛ばしながら消失させていった。なんだかマンガの一シーンのようだ。一直線にドリブルして全員吹き飛ばすキャラみたい。


「リディア! ここでいい! 止まって!」


 リディアが急ブレーキで止まる。……次は前に吹き飛びそうになった。

 リディアの肩の上で、〈空架障壁(スペースシールド)〉で空中に足場を作り、そこに乗る。ここから魔法を連発してやる!


「アリス! アタシもそこに乗せなさいよ! そこからならアタシもクロスボウが撃てるわ!」


「ボルト拾ってる暇ないから却下。そこでナイフで討伐しといて」


「嫌よ! ナイフだと、ゾンビに物凄く接近しないと倒せないのよ!」


 うるさいなあ。イレーヌがナイフを主武器(メイン)にしてるからだろうに。


「ああ、じゃあ、これ使って。同じ短剣扱いだから、なんとかなるでしょ」


 そう言って私は〈魔法付与〉済の高炭素鋼ショートソードをイレーヌに渡した。


「リディアは適当に周りのゾンビ消滅させて! なんならその辺り走り回ってもいいよ!」


「本当ですか! 承知しました!」


 あれ? リディア楽しそう。さっきの爆走で味をしめちゃったかな。


 そこからは一方的な殲滅戦だった。

 私は全方位に〈不浄消滅(バニッシュ)〉を連発し、リディアは疾走しながらゾンビを次々と弾き飛ばしていく。イレーヌは私の足元で、取りこぼしたゾンビをショートソードで斬り払うだけでよかった。


 ゾンビたちが全員私を狙うおかげで、他の冒険者や兵士はゾンビたちの背後から楽に攻撃できた。


 そして二時間後――


「我らの勝利だ! 勝鬨(かちどき)を上げよ!」


 領主の貴族が声を張り上げ、兵士たちが歓声を上げる。お前何もしてないだろ、と心の中でだけ突っ込んだ。


 すぐに後片付けが始まる。〈不浄消滅(バニッシュ)〉で消したゾンビは跡形もないが、光魔法や聖水で倒したものは死体が残る。集めた死体を大穴に投げ込み、風魔法で臭いを遮断してから火魔法で焼くのだという。それは大変だね、とゾンビを運んでいる冒険者や兵士を眺めていて――ふと気づいた。


「すみません! そこのゾンビ、私が運びます! アイテムボックスあるので!」


 慌てて駆け寄り手伝うが、残っていたゾンビの死体は二十体ほどだけだった。


「あー! やっぱりー!」


 ゾンビもスキルを持っていた。しかもこれは人間だったときのスキルだろう。おそらくこのゾンビたちは元兵士だ。スキルが〈剣術〉だったり〈弓術〉だったり、ゾンビのときに一切使っていないスキルを持っている。これが一万体以上……なんともったいない。


 運んだ二十体のゾンビから私が新たに入手したスキルは〈裁縫[5]〉と〈薬調合[5]〉。きっと、もっと他にもスキルが入手できたはずなんだ……一万体……。


「アリス様、どうかなさいましたか?」


「いや……うん、大丈夫。なんでもないよ」


 結局、今は〈不浄消滅(バニッシュ)〉しか攻撃手段がなかったのだから、この結果は仕方がないと思うことにした。


 空が明るくなる頃には、すべてのゾンビは燃え尽きたようだった。穴を埋めて、街に戻る。今回の原因調査は、引き続き王国騎士団が行うそうだ。


 街に戻ると、冒険者たちは王都に帰還してよいと告げられた。すでに帰りの荷馬車も用意されている。


 私たちも乗ろうとしたところで――


「お嬢ちゃんたち! すごい活躍だったな! 見てたぞ!」


 兵士が声をかけてきた。隣の冒険者も頷き、


「たしかに、ありゃすごかった。王城で表彰されるんじゃねえか? ランクも上がると思うぞ」


「え? 表彰……? ランクも?」


 周囲の兵士や冒険者も口々に同意する。もしやBランク昇格!? そんな道もあるのか。

 聞けば、すでに早馬で王都に報告が送られ、冒険者ギルドにも伝わるという。


 ただの気分転換のつもりだったのに――。


 私たちは馬車に乗り込み、王都までの二時間、私はリディアの肩にもたれながら仮眠を取った。


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