015 戦争奴隷と独自回復魔法
「ひどい……」
それまで黙っていたイレーヌも、思わず声を漏らした。
四肢を欠損した奴隷は、髪の毛も無理やり引き抜かれた痕があり、わずかにまばらに生えている程度。歯もすべて失われていた。
「奴隷にここまでの仕打ちをすれば、罰則があるはずでは?」
なぜこんな状態になるのか理解できない。折檻にしても度を越している。
「こちらの奴隷は、隣国『ゼフィランテス帝国』からの輸入品でございます。向こうでは戦争奴隷であったこと以外は、詳細は判明しておりません。ゼフィランテスの奴隷商人が持ち帰ることを拒み、やむなく当店に置かれた次第でございます」
ゼフィランテス帝国――常に戦争を続けている国だ。武力で領土を広げた結果、各地で反乱や独立運動が絶えず、その都度力で押さえ込む。敗戦国の民はすべて奴隷とされ、今も国民の半数以上が奴隷だという。五十年前、この『アストラニア王国』にも侵攻したが、返り討ちにあった。それ以来交流はほとんどなく、国境を越えて来るのは奴隷商人くらいだ。輸出品の中心が奴隷なのだから。
リディア・アイスフォール ヒューマン 三十二歳
一般奴隷
所持スキル:
生活魔法[4]
回復魔法[3]
槍術[3]
盾術[5]
身体強化[3]
料理[3]
御者[3]
強靭
「この人……女性ですよね?」
「はい。長らく戦争捕虜として扱われていたようで、現在は下半身に深刻な火傷を負い、原形をとどめないほど損傷しておりますが、調査の結果、幾多の辱めを受けてきた痕跡も確認されました」
――ひどいって言葉だけでは足りない。どうしてこんなことができる?
俺も大概倫理観がおかしい自覚はある。しかし、これは……ここまでのことをやれることが信じられない。治してあげたい。いや、絶対治す。
「この人をください」
俺はただ、この人を治すことだけを考えていた。
◇
四肢欠損の奴隷をそのまま連れ歩くわけにはいかず、リディアを透明化して家まで運んだ。どうしても自分が運ぶと言い張ったイレーヌは、終始泣きそうな顔でリディアを運んでいた。
リディアをベッドに寝かせると、イレーヌが叫ぶ。
「こんなのひどすぎるわ! アレス! どうにかしなさいよ! アンタならやれるでしょ!」
さっきまでおとなしかったのに。
「やれるだけやって……いや、絶対なんとかする」
改めて見ると、どこから手を付けていいのか分からないほどの重傷だ。だが、この世界には魔法がある。やれるはずだ。
全体の怪我の具合を調べてからにしようと思っていたが、奴隷商館の主も「虫の息」と言っていた。もはやギリギリなのかもしれない。
ただ、何故、奴隷商館が回復措置を取っていないのかは気になったが……いや、治療してみよう。
まず、欠損と言えば
「――第六階梯回復魔法〈完治〉」
この魔法は欠損すら元に戻せるはず……だが――
「ちょっと! アレス! 全然変化しないじゃない! むしろ弱ってるじゃないの!」
もしかして、自分の栄養や組織を削って欠損を埋めようとしているのか? だとすれば今ある数少ない健康な部分を使ってしまい、かえって生命力を削ることになる。
「くっ、魔法キャンセル」
欠損部分は後だ。今ある部分を先に回復しないと、彼女の消耗が激しすぎる。
しかし、先に回復しておきたい部分でも治しておかないといけない細かな欠損が多々ある。〈治癒〉や〈高治癒〉じゃ、このレベルの怪我は治せない。
〈完治〉は体全体の欠損を一度に回復しようとするから、リディアには逆効果になってしまう。おそらく〈完治〉もここまでの欠損や怪我は想定していない魔法なのだろう。
ならば――作るしかない。ピンポイントで修復する魔法を。
しかし、素材はどうする。今、亜空間にあるゴブリンやオークを元素に還元したものが使えるだろうか。
「ええい! なんとかしろ、俺! ――独自魔法――第四階梯回復魔法〈部分修復〉!」
魔力を胸の部分に照射、亜空間の素材を肉体に合うように合成しながら、肉体の内部から修復していく。近くの細胞を参考にして、修復する肉体や神経、骨などを元素から作るようイメージしているので、おそらく何ステップもかかっているのだろう、じわじわとしか修復されないが、確実に治っていくのはわかる。意地で照射し続けた。
「おおー! アレス! 胸、元通りになってきたわ!」
本当に少しずつしか治らない。十分くらいで左胸が再生した。
「次、右胸!」
「次、腹!」
「次、下半身!」
内臓がかなり弱っていたのと、下半身の火傷がひどすぎたので、ここまでで一時間くらい。
あ、あれも使っておこう。
「――独自魔法――第二階梯回復魔法〈栄養補給〉」
イレーヌ用に作って結局使わなかったやつ。ここで役立つとは。
「少し容体は落ち着いたかな。よし頭の方を治療しよう」
「背中はやらないの?」
「ああ、顔を治療してからにしようかなと思って。うつ伏せになったときに顔の傷の部分が当たったら痛そうじゃないか」
「……ちゃんと考えているなら、別に構わないわよ」
イレーヌはリディアが心配なのか、ずっと治療を見ていた。
しかし改めて見ても、ここまでの怪我をさせる意味がわからない。何が満たされるんだ、これで。
「顔の部分は少し時間がかかりそうだ。顔の損傷部分が複雑すぎる」
視神経っていくつあるんだよってくらいある……やってやる! こうなりゃ意地だ!
これだけの怪我をしていても、脳と脊髄は問題なかったのは奇跡だな――
結局、頭の部分だけで一時間かかった。
しかし、リディアがこんなに美人だったとは。
「ねぇ、なんで髪がこんなに短いのよ?」
現在、ベリーショートくらいまでしか、髪を復元していない。
「いや、まだ背中とか腕とか治療するだろ? 長いと邪魔なんだよ」
「後で絶対伸ばすんだからね! 絶対よ! わかった!?」
「どれくらいにすればいい?」
「とりあえず腰くらいまで伸ばすのよ!」
腰!? 長すぎないか?
「つべこべ言わないで、言われた通りにやるのよ!」
強いなイレーヌ。お前奴隷って忘れてるだろ。
「イレーヌ。今何時だ? もうお昼過ぎちゃってるよな? チャーハンでいいか?」
「なんでもいいわ。食べたら治療するんだからね!」
なんで奴隷に飯を作ってあげて、しかも命令されているんだろ、俺……思っていたのと違う。
◇
その後、五時間ちょっとかかってリディアの治療は完了した。さすがの俺も五時間ぶっ続けで魔力を照射し続けたので、自分の所有している魔力が減ったことを感じた。
リディアは痛みや苦しい症状が無くなったおかげか、治療が終わると熟睡してしまった。
「この人大きいな」
「ちょっと、どこ見てんのよ、エロガキ!」
「いや、そうじゃなくて、身長」
たしかに胸はEカップくらいある。それは置いておいて。
おそらくリディアは俺より八センチほど背が高く、百七十八センチくらいだろう。〈迷宮の薔薇〉のジーナさんより大きい。
ほんの少ししか残っていなかった髪の毛も、それが綺麗な銀髪であることが治療して初めてわかった。今は腰の長さまで綺麗に伸ばしてある。
「あ、そうだイレーヌ。リディアの下着とか服を買ってきてくれない? 今なら大体サイズもわかるでしょ」
「いいけど……アタシがいない間にリディアに変なことするんじゃないわよ!」
しないけどさ……しないけど、そもそもリディアって俺の奴隷なんだが。というかお前も奴隷だ。何故主人の俺がこんな扱いに。
髪の毛はイレーヌが切ってやるつもりらしい。それ用の鋏やら櫛やら手鏡やらも買ってくると言っていたので、買い物には少し時間がかかりそうだ。ただ、それなら俺の持ってる〈美容[8]〉渡してからのほうがよさそう……あ、今イレーヌ、なんのスキルも持っていないんだった! 一人で外に出して大丈夫だっただろうか。
一時間後に無事に帰ってきたイレーヌは、「リディアに服を着せるから、部屋の外に出て」と言う。いや、すでに治療中に散々見てるし、リディア俺の奴隷だし……というかお前も奴隷、というなんだか既視感のあるやり取りをして、部屋の外に出た。
しばらくして着替えが終わったというので、中に入ると、リディアはまだ眠っていた。
「着替え中も起きなかったのか?」
「随分疲れてるんじゃないの? 今まで痛くてまともに寝られなかったんでしょ」
たしかに、リディアを見るとゆっくりと胸が上下して、今も穏やかな寝息を立てている。
「イレーヌ、そういや部屋はどうする? 二階にも二部屋あるけど」
ここは一階のイレーヌと実験をしたダブルベッドだけが置いてある部屋。牢屋はすでにインゴットに戻していた。
「しばらくはアタシ、リディアと同じ部屋にするわ」
そうなると、シングルベッド二つにしたほうがいいか。ひとまず一つだけシングルベッドを出して、そっちにリディアを運ぶ。
「アレス! 変なとこ触るんじゃないわよ!」
お前はリディアの何なんだ……。
そして、ダブルベッドを回収し、かわりに二つ目のシングルベッドを置く。王城からたくさん貰ってきていてよかった。
「ああ、それと今晩イレーヌにスキルを渡さないといけないから、俺の部屋に来るように」
コテンパンにしてやる。まあ、〈脳状態復元〉で覚えていないだろうが。




