130 農地拡張と問題児
朝、目が覚めると、リディアは俺に抱き着いたまま眠っていた。
イレーヌが少し離れたところで、大の字になって寝ているのを眺めていると、リディアが目を覚ました。
「アレスさま……」
そう呟いて、リディアはキスをしてきた。
「アレスさまのおかげで、気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
「いやいや、俺はこれくらいしかできないからな」
これは本音だ。むしろ、俺はいつもこれでしか問題を解決してこなかった気もする。
「起きたばかりで悪いが、今のうちに少し話しておきたいことがある。イレーヌも起こそう」
そう言って、俺はイレーヌにキスして起こした。すると――
「えへへ。アレス、大好き」
そう言って、イレーヌがキスを返してくる。
「イレーヌ。リディアが見てるぞ」
その一言で、イレーヌは飛び起きた。
「リディア! いまのなし! なしだからね!」
人前では決して見せない姿をさらしてしまったことに、イレーヌは本気で焦っていた。
「ブルーノの件なんだが、ゼフィランテス帝国のセラフィードの街に置いてこようと思っているんだ」
そう告げると、リディアが目を丸くした。
「セラフィードに行くのですか!?」
「ああ。ドラゴンになって飛んでいくつもりだ。トンネルを使う手もあるが、あそこは狭い。全力で飛び込めば、途中で違法奴隷商と正面衝突しかねない。グラント山脈越えは気温の問題で避けたいから、北東の領都ヴァルグラントの国境を越え、山脈を回り込む形でセラフィードへ向かう予定だ。俺が動けるのは明日になりそうなんだが、そのときは二人ともついてきてくれないか」
「わかったわ」
「承知しました」
ブルーノの件は、これでいいだろう。
「今日は二人はどうする?」
「そうね……人身売買組織の件を進めないなら、アタシは手が空いてるわ」
「私もです」
「それなら一つ頼みたいことがあるんだ。先日の森の集落の貴族たちを地下牢に入れているんだが、女性のほうにどうも被害者もいるみたいなんだ。牢に入れておくべきか、被害者として扱うべきか、面談して判断してくれないか? 渡してある〈真理眼〉のスキルなら、嘘も見抜けるだろうし、ロザリア、マルティナ、ブリジットの三人も連れていけば、より正確に判断できるはずだ」
「わかったわ」
「承知しました」
◇
俺は朝から、エヴァルシア南西の“農業区”に来ていた。
「え!? 百世帯もいるの!?」
救助した千人と、奴隷商に捕まっていた人たちの中で、農業を希望した世帯が百を超えていたのだ。
よく考えてみれば、この世界では、よほど都会に住んでいない限り、ほとんどが農家だ。二百十六世帯中百世帯なら、むしろ少ない方なのかもしれない。
――これは五日はかかるな。
事前に順番を決めてもらっていたので、南西の農業区にある“住宅展示場”で住む家を選んでもらい、農地が整うまでの間はテントから家へ移り住んでもいいと伝えた。
その後、順番に田畑を作り、家屋を設置していく。やはり、皆、中心部から離れた場所を選ぶ傾向があった。
今日は二十四世帯分の家屋と畑を用意し、種も渡しておいたので、明日には播いてくれるだろう。
また、家屋と畑が整った世帯には、例の指輪か腕輪を渡してある。
明日だけは午後からの作業にしてもらい、農家関係の仕事は、いったん終了とした。
その後、夕食までの間に、ドルガンに作ってもらったガラス瓶作成機を、南東の生産区にある俺の工房へ設置した。
各種魔法陣を施して稼働させる。
シアやリオナが集めている珪砂、石灰石、トロナ鉱石は、俺が指定した共有空間に直接送られるよう、二人に渡したマジックバッグに設定してある。
あの二人が素材を集めてくれれば、この魔道具が酒蔵で使う瓶を自動で作成してくれる仕組みだ。
完成した瓶は別の共有空間に収納されるため、酒蔵ではそこから取り出すだけでいい。
明日からは、この瓶に酒を詰め、早いうちにエヴァルシア商会で販売してもらう予定だ。
◇
屋敷に戻ると、セレナ、イレーヌ、リディアが待っていた。セレナが口を開く。
「今日、リディアたちに面談してもらった地下牢の二十人の女性たちだけど……アレスの言ったとおり、ほとんどが被害者だったわ。モルドレイとかいう貴族に仕えていたみたいだけど、森に来てからは当たり前のように身体を強要されていたそうよ。それもモルドレイだけじゃなく、男の使用人や騎士からもね。内訳は、メイド八人、料理人三人、文官五人、厩務員二人。ちょうどよかったから、屋敷で雇うことにしたわ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「“治療”が必要そうなの。アレス、お願いできる?」
マジか。まだ最初のエルフ二十人すら終わっていないのに、あと二十人も……いや、さっきの内訳だと十八人か。
「二人少なくないか?」
「ああ。一人はモルドレイの妻で、もう一人は娘よ」
「その妻と娘には、何か罪がありそうなのか?」
「妻のほうは、モルドレイと一緒に平民の女性を甚振っていたそうよ。だから奴隷メイドにするつもり。ただ娘のほうは……反抗期だったのかもしれないけど、自分の部屋からほとんど出ず、両親を毛嫌いしていたそうなの」
「ふーん。じゃあ、お咎めなしって感じか?」
「それが、そう簡単にもいかないのよ。平民側からすれば、貴族の子供というだけで許せない感情が勝るみたい。それにね……その子、すごくわがままなの。少し話しただけで疲れたわ」
セレナは気になって、娘とだけ面談したらしいが、まともな会話にならなかったそうだ。
「アレは、まだ表には出せないわ。トラブルメーカーにしかならないもの。でも、牢に入れたままというのも違う気がするの。屋敷の部屋を一つ用意するから、認証式の壁で囲ってくれない? しばらく部屋に閉じ込めておくわ」
「わかった。部屋を準備したら、その娘を移動させようか?」
「お願いするわ」
◇
さっそく認証式の壁で囲った部屋を用意し、イレーヌとリディアを伴って、女性だけを入れている地下牢へ向かう。
すでに、モルドレイの妻と娘以外は牢から出された後のようで、中には二人しか残っていなかった。
「ちょっと、そこのあなた! わたくしをいつまでこんなところに閉じ込めておく気!? わたくしはモルドレイ伯爵の妻ですのよ! 早くここから出しなさい!」
「あのですね。あなたがたが貴族だったカリスティア王国は、すでにゼフィランテス帝国によって滅んでいます。つまり、あなたはもう貴族でも何でもありません。それに、貴族を名乗るなら、なぜ民を捨てて自分だけ逃げてきたんですか? 最後まで戦う義務があったはずだ。逃げた者が貴族を騙るな」
「な!? 平民が舐めた口を――」
「うるさい。〈熟睡〉」
モルドレイの妻には、一時間ほど眠ってもらうことにした。
「さて、アナスタシア。部屋を移すから出てきてくれ」
「ほう、なかなかいい男じゃない! 何歳? 私は十七歳よ!」
「俺も十七だ」
「え!? ほんとに!? 運命の出会いじゃない!」
「「違う」」
イレーヌとリディアが即座に否定し、俺に近づこうとしたアナスタシアの両脇をつかむ。
まるで犯罪者を連行するかのように、そのまま連れていった。
「な、なにするのよ! 私はあの人に連れていってもらうの! はなしなさいよ! ……って、なんでこんなに力が強いのよ! ちょっと、待って――」
廊下にはアナスタシアの声だけが響き、その音は次第に遠ざかっていった。
――確かに、問題児の匂いしかしなかった。
◇
リビングに戻ると、商会長のオルヴェナが、エルフを四人従えて待っていた。
「アレスさん! “絵”に関するスキルが生えた子を連れてきました!」
ああ、そういえば、そんなお願いもしていたな。
「え? 四人とも生えたのか?」
「いえ。十六人全員です。〈絵画(人物)〉、〈絵画(風景)〉、〈作画(挿絵)〉、〈作画(書体)〉のいずれかを、全員が持っています」
へえ。“絵”のスキルにも、いろいろ種類があるんだな。同じものだと思っていた。
「それで今日は、この四人をお願いします。本日は〈作画(挿絵)〉と〈作画(書体)〉のスキル持ちで揃えました」
「あ、ダンジョン撮影できるようにもするんだよな?」
「もちろんです」
「スキルを渡すのは構わないが、しばらくダンジョンアタックは待ってくれ。今はそれどころじゃないんだ」
「存じております。時間ができたときで構いません。すでにエルフの子のうち四人がAランクに到達していますので、撮影自体は可能ですし、残りの踏破も急いではいません。その間、地下四十階までは自分たちで攻略させておきます」
それなら安心だ。
オルヴェナによれば、〈作画(挿絵)〉や〈作画(書体)〉のスキルがあれば、酒瓶のラベルデザインは問題なくできるらしい。
その晩は、エルフ四人相手に頑張った。
ついでに、四人には〈意匠〉スキルも追加しておいた。




