129 癒えない傷と寄り添う夜
俺は、今さらだが“アリス”になり、エルフ二十人を連れてリーファリアへ向かった。
今回救助したエルフたちは、どうやら皆かなり若いらしい。全員がターリアと同じくらいか、それ以下――元の世界で言えば中学生から小学校高学年程度の見た目をしていた。
そして前回と同じく、全員がエヴァルシアに住みたいと言い出し、結局そのまま連れ帰ることになった。
「アレス、私は住民が増えるからいいんだけどね。エルフが増えると困るのは、あなたなのよ?」
セレナに呆れたように言われる。今回はブルーノの件で、完全に忘れていた……。
救助した人たちとの面談についてだが、俺はセレナに「農家希望の人から優先して面談してほしい」と頼んだ。
食料確保のためにも、農家は増やしておきたい。今日一日で多くの収穫はあったものの、「野菜だけは十日続けても一年分にはならない」と、すでにエルマから釘を刺されている。
野菜を作る農家を増やさなければならないし、米についても何とか手を打つ必要がある。
救助した人たちとセレナの面談は夕食後になるらしい。
俺はセレナと今後の方針について話し合っていたが、その最中、リディアから〈念話〉が入った。
『終わりました』
◇
地下牢へ向かう途中、ちょうど港町ローヴァンから戻ってきたイレーヌと鉢合わせた。
「あ、ちょうどよかった、アレス。人身売買組織のうち、国の南部を統括している連中が潜んでいる屋敷を特定したぞ。子供たちの居場所は、まだ掴めてないけどな」
「そうか。あとで詳しく聞こう」
「どうした、アレス。表情が暗いぞ」
俺は今日起きた出来事――奴隷商がトンネルのトラップに引っかかったこと、その中に十年もの間リディアを凌辱し、四肢を切断した男が護衛としていたこと、そしてつい先ほどまでリディアが報復していたことを伝えた。
「……そんなことがあったのか。アタシも一緒に行っていいか? このあと、リディアのところへ行くんだろ?」
「ああ。一緒に行こう」
俺とイレーヌは、リディアとブルーノがいる牢へ向かった。
牢に入ると、まずリディアとブルーノに〈洗浄〉をかける。
次にリディアを女性の姿へ戻し、大きな白い布をかけてやった。
「リディア……」
「アレスさま……五つのスキルをレベル10にしたら、ブルーノが壊れてしまいました……。私は……私は、まだ何も許していないのに……」
淡々と話していたリディアだったが、頬に一筋の涙が伝った。
俺は何も言わず、そっと彼女を抱きしめる。
「リディア。過去の心の整理は、そう簡単にはいかないだろう。だが、無理に急ぐ必要もないんだ。これからは未来がある。俺と一緒に、未来を作っていこう」
「……はい、アレスさま……」
俺はリディアにキスをし、一度強く抱きしめてから、そっと身体を離した。
「イレーヌ。リディアを部屋まで送ってやってくれ。俺はここを片付けてから戻る」
するとイレーヌが、ちらりとブルーノを見て言った。
「ブルーノはどうする? 殺すのか?」
「いや、今は生かしておく。この先どうするかは、あとで俺たち三人で決めよう」
イレーヌにリディアを任せ、俺はブルーノの状態を詳しく調べた。
「……ここまで脳がやられているのは、初めて見たな」
おそらく〈強制終了〉すら反応しなくなったため、リディアは“壊れた”と言ったのだろう。
かろうじて自発呼吸はしているが、だらしなく口を開け、常によだれを垂らしている。食事を自力で取れるようには見えず、このまま放置すれば、いずれ餓死するだろう。
俺はブルーノを男の姿に戻し、年齢も元に戻した。
裸のままだが、服を着せる意味もなさそうだったので、布をかけるだけに留めた。
◇
夕食後、セレナが救助したヒューマンの世帯代表二百十六人と、エルフ二十人を集め、屋敷内の大会議室で大まかな説明を行うとのことだった。
「それでね。その前にアレスに相談があるの」
「エルフの子たちのことか?」
「ええ。今、救助者はヒューマンがかなり多いでしょう? エルフの子たちが、どうしても浮いてしまっていて……かなり居心地が悪そうなのよ」
さらにセレナは続ける。
「今回のエルフの子は、成人はしているみたいだけど、ターリアよりも若いのよね。ヒューマンで言えば十二歳前後の見た目。実際、みんな百二十歳未満だったわ」
やはり、かなり若いようだ。
「それでね。全員孤児の子供たちと一緒に、教育しようと思っているの」
「俺は構わないが、ヒューマンの子供たちは、全員が入学試験を目指しているぞ。目的が違っていても大丈夫なのか?」
「ああ、それは問題ないわ。エルフは入学試験の年齢制限が百三十歳未満なの。だから、それまではいつでも受験できるのよ」
「エルフだけ、ずいぶん特別扱いだな」
「エルフは体の成長に時間がかかるの。百三十歳近くにならないと、ヒューマンの十三歳くらいの体格にならないのよ。授業には剣術や体術もあるでしょう? 体格差が大きいと危ないから、小さくても受験はできるけど、できれば百三十歳近くで受けてほしい、っていうのが学校側の本音みたい」
なるほどな。
「ヒューマンの学校に、エルフの生徒っているのか?」
「一人いればいいほうね。今はほとんどいないわ」
そうだろうな。わざわざこっちで学校に行かせるわけないし、通う子は親がこっちで仕事しているからとかだろう。
「じゃあ、〈緋桜の守人〉のアリエルには伝えておくよ。あ、でも明日には子供たち、エヴァルシアに来るんだっけ?」
「ええ。明日から孤児院を使うそうよ。だからエルフの子たちも、孤児院に住ませるわ。指輪か腕輪は、忘れずに渡しておいてね」
「ああ、今から渡してくるよ。会議室にいるんだろ?」
「ええ、お願いね」
俺は再びアリスになり、会議室へ向かった。
ひとまずエルフの子二十人に、結界通過機能に加え、〈全スキル経験値アップS〉〈無詠唱〉〈強靭〉〈魔力常時回復〉、そして〈賢者時間〉を付与した指輪を配っておいた。
◇
ヒューマンの救助者は千人以上いるため、指輪や腕輪の配布は後日に回すことにした。
まずは希望職業の聞き取りだけ行い、農業希望の世帯は明日の朝に集合してもらうよう、セレナに頼んだ。
その後、俺は自分の部屋へ戻った。
「イレーヌ、リディア。待たせたな。ようやく今日の用事が終わった」
「ほんと、アレスは大忙しね。人身売買組織の件は、後回しになりそうね」
「ああ。今は子供を助けても受け入れる余裕がない。十日ほどで落ち着かせる。それから動こう」
「了解」
リディアを見ると、少しは落ち着いたようだが、表情はまだ暗い。
「おいでリディア。残りの話は明日の朝にでもしよう。今夜は、何も考えないでいい。ただ身を委ねて」
「アレスさま……愛しています」
リディアが濃厚なキスをしてきたところで、
「じゃ、アタシは邪魔みたいだから……」
そう言って部屋を出ようとしたイレーヌを、俺は捕まえた。
「もちろんイレーヌも朝までだ」
「なんで!?」
結局、途中でダウンしたイレーヌをベッドの脇で眠らせたまま、俺はリディアと朝まで頑張ることになった。




