128 ライオンハート
その後、俺は屋敷へ戻り、瓶作成用の魔道具――その機械部分の設計書を書き上げ、ルビナ経由でドルガンに製作を依頼した。
ルビナが「酒用の瓶を作る魔道具らしいですよ」と伝えたところ、ドルガンは「明日までに作る」と、やけに張り切っていたそうだ。
かなり複雑な構造なのだが、本当に一日で仕上がるのだろうか……。
ようやく一息つけるかと思った矢先、セレナから〈念話〉が届いた。
『屋敷の隣の鉄格子の中に、荷馬車が四台あるわよ』
マジかよ。
このタイミングでトンネルのトラップに引っかかるとは……。
ただでさえ忙しいというのに、また用事が増えてしまった。
たまたま近くにいたリディアに声をかける。
「リディア、よかったら手伝ってくれないか。前にトンネルに仕掛けたトラップに、奴隷商たちが引っかかったみたいだ」
「承知しました。同行いたします」
リディアを連れ、屋敷の隣にある鉄格子のもとへ向かう。
この鉄格子は見た目こそただの檻だが、内部は第七階梯空間魔法〈空架障壁〉で囲われている。魔女並みの魔力がなければ、破壊は不可能だ。
鉄格子に近づいた瞬間、いつもと違う光景に気づいた。
「あれ? なんか一人、やたらデカいのがいるな」
奴隷商たちとは別に、護衛の冒険者だろうか。
身長は二メートル以上ありそうな体格の男が、大きな戦斧を担いで立っていた。
「……ブ、ブルーノ……」
リディアがそう呟いた直後、彼女の身体が小刻みに震え始めた。
「どうした、リディア? 知り合いか?」
震えが止まらないまま、リディアは必死に言葉を紡ぐ。
「あの男は……ブルーノ。私を十年間、凌辱し続けた男の一人です。そして……私の四肢を、セラフィードの門の前で切り落とした男です……」
俺たちに気づいたブルーノが、下卑た大声を上げた。
「はあ!? お前、リディアか!? 腕と足が生えてんじゃねぇか! しかも若すぎるだろ! 最初の晩、俺に組み敷かれて朝まで泣きわめいてた頃みてぇじゃねぇか! だが、その乳、その尻! 十年触り続けた俺が間違えるわけねぇ! お前、リディアだな!?」
リディアの震えは、止まらなかった。
十年にわたって植え付けられた恐怖だ。簡単に消えるはずがない。
どれほど心が抗おうとしても、身体に刻み込まれた恐怖が勝ってしまう。
「あ、アレスさま……こんな……情けない姿を……も、申し訳……ありません……」
震え、泣き出しそうになりながら、リディアは俺の背後に身を隠した。
俺は振り返り、彼女を優しく抱き寄せる。
「大丈夫だ、リディア。長い間植え付けられた恐怖に、身体が勝手に反応しているだけだ。情けないなんてことは、少しもない。ゆっくり深呼吸しろ。俺がついている。リディアが怖い目に遭うことは、絶対にない」
それでも、震えは止まらなかった。
十年という時間は、そう簡単に覆せるものではない。
「あ、アレスさま……私に……勇気をください……抗える……力を……」
恐怖に震えながらも、立ち向かおうとする意思は消えていない。
リディアは、本当に強い女性だ。
どうにかして、力になってやりたい。
「リディア、目を閉じて」
俺には、人に勇気を与えるスキルなどない。
それでも思いを込め、彼女を抱きしめ――キスをした。
「ひゅー! 見せつけてくれるじゃねぇか、兄ちゃん! 今、リディアはお前の女か? いい女だろ? 俺が十年躾けたからな! 夜のテクも最高だっただろ?」
俺はブルーノを無視し、リディアに問いかける。
「大丈夫か、リディア。なんなら俺が、あいつを――」
「アレスさま……驚きました。本当に“勇気”を、与えてくれたのですね。もう大丈夫です。私に、お任せください」
気づくとリディアに新たなスキルが生えていた。
〈獅子王の心〉。
恐怖に打ち勝ち、勇敢な心をもたらすスキル。
これは俺が与えたものではない。
十年間植え付けられた恐怖に、リディア自身が打ち勝った結果だ。
やはり、リディアは凄い女性だ。
リディアは一歩、前へ出た。俺は鉄格子の一部を開けた。
「ブルーノ。相手してやる。そこから出てこい」
「はっ、何を調子に乗ってやがる。まず裸になって足を開けって教えただろ? 『リディアをご自由にお使いくださいませ』だろうが!」
「どうでもいい。さっさと出てこい。そこ、開けてあるだろ? 怖いのか?」
「おいおい、リディア、何を調子に乗っているんだ。何度お前が抵抗しようが、朝まで叫ばせたのは俺だぞ? 三ヶ月後には抵抗するのをあきらめたのはお前だろうが。従順になった自分を忘れたのか?」
「なんだ、まだ出てこれないのか? お前がでかいのは背丈だけだもんな?」
「言わせておけば……まあいい。その男の前で、朝まで喘がせてやるよ。覚悟しろ!」
ブルーノは鉄格子を飛び出し、全速力でリディアに戦斧を叩きつけた。
だが、その一撃はリディアのタワーシールドに軽く受け止められる。
「ぬるいな、ブルーノ。この程度か?」
「ここからだ! 受けきれるなら受けてみろや!」
怒涛の斧の連撃。
だがすべて、リディアの盾に阻まれた。
「ブルーノ。お前相手なら武具はいらないようだ」
リディアは盾とランスをアイテムボックスへ収め、素手になった。
「負けたときの言い訳か? なら裸になって――」
「さっさとかかってこい、ブルーノ」
「くそが! 調子に乗んな!」
ブルーノが神速の飛び込みを見せ、今までにないスピードで斧を振りかぶる。が――
「腹ががら空きだぞ、ブルーノ」
リディアの拳が、ブルーノの腹に突き刺さっていた。
一撃で、ブルーノは気絶した。
さて、ブルーノと奴隷商四人は地下牢行きだ。
ブルーノは一人、別室にしたほうがいいだろう。
それにしても、またエルフが二十人。
今回はヒューマンが家族単位で、四人家族が十一家族、三人家族が五家族の計五十九人。
昨日助けた千人はテント生活なので、この人たちもとりあえずはテントに泊まってもらうしかないだろう。
セレナにテント配布を頼むと、呆れた声が返ってきた。
「あなた、アレスのままでよかったの?」
しまった。
ブルーノの件で、完全に忘れていた。
俺はすでに、助けたエルフたちにロックオンされていた……。
「とりあえず、奴隷商とブルーノを地下牢に入れて、エルフの人たちはリーファリアに送ってくる」
するとリディアが近づいてきた。
「アレスさま。その前に……ブルーノを女性化し、若返らせてください。そして、私を男性化していただけませんか?」
「……何をする気だ?」
「ヒカルと同じ報復をしようと思います」
ヒカルと同じ……レベル10複製か。
「わかった。気が済むまでやるといい」
俺はリディアとともに地下牢へ向かい、奥にブルーノを、その手前に奴隷商たちを収容した。
防音と視界遮断を施し、ブルーノを女性化・若返らせ、〈部分収納〉で拘束、全身脱毛してから
「――独自魔法――第一階梯回復魔法〈気付〉」
ブルーノを起こした。
すでにリディアは男性化している。
「終わったら〈念話〉してくれ」
「承知しました」
これで、リディアの心が晴れるとは思っていない。
だが、十年分の傷だ。何もしないという選択も、また残酷だろう。
今夜はリディアを相手にすると、リンファにはすでに伝えておいた。




