125 山脈のトンネルと森の集落
「さて、次は東の山脈にあるはずのトンネルの調査だが……リディア、大丈夫か?」
「ええ、全然問題ありません!」
いつもよりテンションが高い。頬も心なしか赤く、どうやら少し酔っているようだ。
「まあ、大丈夫ならいいけど。俺、ドラゴンになるから、俺の背中に乗ってもらっていい?」
「え!? 乗っていいの!? 乗ります、乗ります!」
やっぱり、いつもよりテンションが高いなぁ。
ドラゴンに変身した俺は、鼻歌交じりのリディアを背中に乗せて、そのまま空へと舞い上がった。
そして数分後、山脈の近くまで到達する。
『リディア、少し透明化する。下を見てみろ』
眼下には、馬車が通ったと思われる轍が、森を抜けて山脈まで一直線に伸びていた。これを辿れば、目的のトンネルに行き着くだろう。
だが、その前に――。
『アレスさま。森の中に、かなり大きな集落がありますね。それも二つ。どちらも人が住んでいるようです』
空からでなければ分からない場所に、二つの集落があった。しかも、互いにそれほど離れていない。
一つにまとめたほうがよかったのでは、という疑問も浮かぶ。
『いつから住んでいるんだろうな。ずっと昔から、という感じでもないが』
集落の中には、どこかの店で買った服をそのまま着続けているような者も見受けられた。布地はかなり傷んでいるが、この森の中だけで作れる服ではない。
どこか別の場所から、ここへ移り住んできたのだろう。
『とりあえず、先にトンネルへ行こう。早いうちにトラップを仕掛けておきたい』
『トラップ、ですか?』
『ああ。〈空間転移〉トラップだ。転移先は、すでにエヴァルシアの屋敷近くに作ってある』
『ああ、屋敷の隣にあった大きな鉄格子ですね? 昨日までなかったので、みんな驚いていましたよ』
実は早朝、思いついた勢いで屋敷の隣にトラップ用の転移先――大きな鉄格子を、さっと作っておいたのだ。
その後、馬車の轍を追うと、トンネルはあっさりと見つかった。
俺は着陸し、ドラゴンからアレスの姿へと戻る。
「馬車一台は余裕で通れる大きさだな。こんなの、よく掘ったな」
山脈を貫くトンネルを八年かかって掘ったのは根性だな。
「じゃあ、この出口にトラップを張る」
トンネルを通過した者が、そのまま屋敷横の鉄格子内へ転移するよう設定する。
「よし、これでいいだろう。リディア、気づいているか? この近くに、大きな魔力反応があることを」
「はい。でも、これは……明らかに、この山の地中ですよね?」
エヴァルシアに来たとき、最初に感じた二つの大きな魔力反応。
一つは、昨日踏破したダンジョン。
そしてもう一つが、この山の地中に存在している。
「生物の魔力反応じゃない。むしろダンジョンに近いな……。しかも、エヴァルシアのダンジョンより、はるかに大きい」
「アレスさま、掘ってみますか?」
「いや、今はやめておこう。まだやることが山積みだ。ある程度落ち着いてから調査しよう」
「承知しました」
「じゃあ、さっき見えた集落に、挨拶にでも行ってみるか」
俺とリディアは、空から確認した森の中の集落へ向かって走り出した。
***
「止まれ! 何者だ!?」
森に入って間もなく、三人のヒューマンに取り囲まれた。
三人とも女性だが、その格好はどう見ても山賊だ。近づく前から存在には気づいていたが、接触するには、こうして正面から会うしかない。
「俺たちは、この先にあるエヴァルシアの者だ。城壁で囲まれた場所、と言えば分かるか? ここに集落があるのを見つけたから、挨拶に来た」
鋭い視線で俺を見据える女性。
ダークブラウンの髪は肩口を越えて伸びているが、森での生活の中で、雑に刃を入れたのだろう。毛先は不揃いのまま放置されていた。
上半身は、胸元をかろうじて覆う、何の獣とも知れぬ皮の衣と、使い古された毛皮を無造作に肩へ掛けている。
その姿は野趣に満ち、文明から切り離された暮らしを、そのまま纏っているかのようだった。
赤茶色の瞳は、長い森での生活に磨かれ、周囲を射抜くような鋭さを宿している。
その眼光だけを見れば山賊と見紛うが、荒々しさの奥には、確かな美しさがあった。
彼女はしばらく俺を観察していたが、隣に立つリディアを見るなり、目を見開いた。
「え!? 団長?」
すると、残りの二人も駆け寄ってくる。
「え? うそ?」
「ほんとに!? リディア団長!?」
リディアを見ると、大粒の涙を流していた。
「ロゼリア、マルティナ、ブリジット……。逃げ切れたのね。それだけでも、私は殿を務めた意味があった……」
「「「リディア団長!」」」
山賊姿の三人は、リディアに抱きつき、声を上げて泣き始めた。
リディアは最初の戦場で、味方を逃がすために殿を務め、その結果、捕虜となった。
助けた味方の中に、彼女たちもいたのだろう。
先ほどまで俺を警戒していた女性――ロゼリアが、涙を流しながら口を開く。
「団長が捕虜になられたって聞きました……。アタシたちを逃がすために。あのとき、アタシたちがもっと強ければ……」
「いいのよ、ロゼリア。あなたたちが生きていてくれた。それだけで、私には十分よ」
感動の再会――その空気の中で、ふとロゼリアが首を傾げた。
「あれ? でも団長、若くないですか? 別れたときから、歳を取ってないような……」
「あ、ほんとだ! 私たちより若いじゃない!」
「え!? どういうこと!?」
一気に場が静まり返る。
……あれ? リディア、説明しないのか?
じゃあ、俺が。
「ああ、はじめまして。アレスといいます。リディアの仲間です。実は彼女、俺が魔法で若返らせていて――実際は三十――」
何!? 急に背中に寒気が! これ以上言ってはいけない! と本能が叫んでいる!
「えーと、見た目をね。十七歳くらいに、魔法で調整してます」
なるほどー、そんな魔法あるんだー、と三人はあっさり納得した。
……大丈夫だろうか。
「それで、聞いてもいいかな。ここって、どういう集まりなんだ? 何の集落なんだ?」
代表して一歩前に出たのは、マルティナだった。
赤茶色の髪を高い位置で一つに束ね、ポニーテールとして背中に流している。
身にまとっているのは、何の獣とも判然としない皮で作られた衣服。元は着物に似た構造だったのだろうが、丈は太ももまでしかなく、結果としてミニスカートのような形になっていた。
実用本位で改造されたその装いは、森で生き抜くための合理性を何よりも優先していた。
「ここにいるのは、七年前に避難してきた、元カリスティア王国の民です。トンネルが開通してすぐ、避難計画が実行されましたが、第六次までで止まったようです。それ以降、避難民は来ていません」
一度の避難で二百人ずつ。
第六次までで、千二百人がこの地に辿り着いたそうだ。
「じゃあ、今も千二百人が――」
「いえ。今は千人ほどです」
「病気とかで、ですか?」
「それもありますが……。一部は故郷に帰ることを望み、トンネルを戻っていきました。そして一部は、魔物との戦闘で命を落としました。ですが、一番の原因は――隣の集落の連中に殺されたことです」
そういえば、すぐ近くにもう一つ集落があった。
リディアが尋ねる。
「隣は、どういう集まりなの?」
「あいつらは、避難計画を無視して、後から勝手に逃げてきた貴族と、その使用人たちです」
貴族側の集落には〈剣術〉に長けた男が複数おり、こちらでは誰も太刀打ちできないらしい。
連中は我が物顔でこちらに現れ、食料や女性を「献上」しろと要求する。
結婚していようが、恋人がいようが関係ない。
止めようとした男は、有無を言わさず首を刎ねられる。
「……私たちは、抵抗できません。体も、何度汚されたか……」
この三人も、直接被害を受けているのだろう。
リディアが、静かに問いかける。
「向こうの集落は、何人くらいいるの?」
「五十人ほどです。全員が貴族というわけではありません。元は使用人だった者がほとんどです。でも、今は全員、私たちを奴隷扱いしています。身体を求めてくるのも、日常です」
戦争から逃れてきた民に、なぜここまでできるのか。
……いや、真っ先に民を見捨てた貴族だからこそ、なのか。
「アレスさま。彼女たちを、エヴァルシアへ連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「当然だ。全員、連れて行こう」




