120 アンデッド迷宮(6) いつものやつ
ヴァンパイアロードは、女の姿へと変身した。俺にも〈魅了〉をかけるつもりなのだろう。
「悪いが、今後は女でも容赦しない」
俺は〈空間転移〉で距離を取った。まずは魔法だ。
ただし、今は生中継で撮影中だ。これから使う魔法は公開できないので簡易詠唱は無理だ。完全無詠唱でいく。
(〈感度調整〉72万5760倍。〈強制終了〉)
ヴァンパイアロードの身体が、大きくびくりと跳ねた。
次の瞬間、糸が切れたように力を失い、静かに崩れ落ちていく。レベル10相当の快楽だ。一撃で脳に致命的なダメージが入っただろう。
倒れ切る前に、俺は〈空間転移〉で一気に間合いへ入り、首を刈る。その死体は即座に亜空間へ収納した。
続いて、ヴァンパイアロードが身につけていた指輪を調べた。
「レオン、一応報告だ。ヴァンパイアロードは〈性別変更の指輪〉と〈絶対状態異常付与の指輪〉を装備していた。〈性別変更の指輪〉で男女どちらにも変身し、〈絶対状態異常付与の指輪〉で、どんな対策をしていても〈魅了〉を付与できるみたいだ」
『マジかよ……そりゃ全滅するわけだ……』
リディア、エリュシア、イレーヌを見ると、三人ともまだ瞳が赤く光っている。
「やっぱり〈魅了〉は解けないか……」
〈魅了〉
対象の異性を魅了し、従属状態にする。
異性との性交で対象が満足すれば解消される。放置した場合、魅了状態は三時間続く。
また“いつものやつ”だ。
何でこの世界の状態異常治療は、全部これなんだよ……。
「じゃあレオン、今日はここまでだ。このあとガルドたちと話し合いだろ? よろしく頼む」
『ああ、任せとけ。お疲れ――』
レオンがそう言いかけたところで、別の声が割り込んできた。ガルドだ。おそらく、レオンからマイクをひったくったのだろう。
『アレス! 最後までちゃんと見せろ! このあと〈魅了〉の治療もするんだろ? そこまでやって、初めてこのダンジョンアタックの――』
「ガルド……調子に乗るな。殺すぞ」
俺はカメラを睨みつけたままカメラの魔力を切り、そのまま亜空間へカメラを収納した。
◇
その頃――王都冒険者ギルド会議室。
「ガルド、お前馬鹿だろ? アレスを本気で怒らせやがって」
「何言ってんだ、レオン。冗談に決まってるだろ。アレスが真に受けただけじゃねぇか」
「自分の立場を考えろよ。お前が言うと、冗談で済まないんだぞ?」
そう言われて、ガルドは黙り込んだ。さすがに少しは反省したらしい。
「おう、ガルド。反省は後で一人でやれ。で、本題だが、セレナ様から話がある」
レオンはそう言って、セレナへ話を振った。
「ガルドさん、明日にはアレスたちがダンジョンを踏破すると思います。その際、このようにダンジョンの構成を変更したいのです」
セレナは一枚の紙を差し出す。
「ほう……これは……。かなり細かく考えてきたな。ふむ……。明日も今日みたいにダンジョンアタックを見せてくれるんだよな? 国の連中を何人か呼んでいいか?」
「私は構いませんが……何か問題が?」
「ああ。実はこれ以上“簡単なダンジョン”を増やすなって指令が来ててな。だからたぶん、この案の地下四十一階以降とラスボスは却下されるはずだ」
アストラニア王国は、大陸でもっともAランク冒険者が多い国だという。
それはひとえに、王都にある『王城の地下迷宮』が、大陸で一番簡単なダンジョンだからだ。
「簡単なダンジョンが増えすぎると、今度はSランク冒険者が増えちまう。実力に見合わないランクを乱発したくないんだ」
ガルドの説明によれば、Sランク冒険者になる条件は以下のいずれか。
① 十以上のダンジョンを踏破する。
② 指定ダンジョン三つを含む、計五つのダンジョンを踏破する。
③ 未踏破のダンジョン一つを含む、計三つのダンジョンを踏破する。
そこでレオンが気づいた。
「あれ? ってことは、アレスとエリュシアはすでに二つ踏破しているから、今回踏破したらSランクか? すげぇな!」
ガルドは咳払いを一つして言った。
「とにかくだ。明日アレスたちがダンジョンコアルームに着いたら、ここから指示を出すんだろ? そのときは国の連中の意見も聞いてやってくれ」
「わかりました」
「けっ、面倒そうだな」
ダンジョン踏破後の構成は、明日その場で決めることになった。
◇
翌朝。
昨日、地下四十階のボス部屋の先にあるセーフルームで、イレーヌ、リディア、エリュシアの〈魅了〉を〈強制終了〉で治療した。
……が、当然それだけで終わるはずもなく。
結局、俺たちはセーフルームで野営することになった。
朝食後、俺はレオンに〈念話〉を飛ばした。
『おはようレオン。今日は何時からにする? 俺たちはもうダンジョン内だ。いつでもいける』
『おう、アレスか。今日重要なのはダンジョンコアだけだ。もう撮影とダンジョンアタックを始めてもらって構わん。途中から見ても問題ない』
確かにその通りだ。
『じゃあ、こっちのタイミングで始めるぞ』
『ああ。ギルドに着いたらまた連絡する』
〈念話〉が切れた。
まだ朝八時前だが、《万紫千紅》の屋敷にいるアリエルと、エヴァルシア商会会長オルヴェナへ連絡を入れ、俺たちは地下四十一階へ向かった。
――アンデッド迷宮 地下四十一階。
そこは、昨日までの城内とは違い、石造りの迷宮だった。
ただし、よくある迷宮とも少し趣が異なる。
「王墓……みたいだな」
回廊はひんやりとした静寂に包まれていた。
積み上げられた灰白色の石は丁寧に加工され、壁面には幾何学模様と、王家の紋章を思わせる浮き彫りが規則正しく刻まれている。ここが“王のため”に築かれた場所であることを、無言で物語っていた。
天井は高く、巨大な石梁が何本も渡されている。梁の間には魔力灯が埋め込まれ、淡い青白い光が、眠る王を起こさぬよう静かに照らしていた。
床の石板は磨き上げられているが、所々に深い亀裂が走り、そこから冷たい瘴気が滲み出している。
王墓の威厳と、ダンジョンの禍々しさが、歪に同居していた。
回廊の脇には石棺が整然と並び、王に仕えた者たちの名が古代文字で刻まれている。多くは風化し、もはや読めないが、それがかえって長い年月を感じさせた。
さらに奥へ進むと、空中に浮かぶ“鎧”が現れた。
リビングアーマー。
人型の重装鎧だが、脚部の下に足は存在しない。脚甲の先は宙で途切れ、淡い魔力の靄だけが揺らめいている。歩くのではなく、滑るように、静かに近づいてくるその姿は、生物というより呪具に近い。
鎧の表面は傷だらけで、隙間から微かな魔力光が漏れている。兜の奥は虚無。そこにあるのは、侵入者を排除するという意思だけだ。
浮いているにもかかわらず、その動きは安定している。段差や瓦礫を無視し、常に一定の高さを保ったまま接近してくる。魔力そのものが、鎧を支え、導いているのだろう。
剣と盾を構える所作には無駄がない。
足がないという異様さに反して、その戦闘技術は洗練されており、間合いも測りにくい。
試しに第五階梯光魔法〈光弾〉を撃ったが、ほとんど効果はなかった。
「さすがにこの階層からは、“全滅バッチ”じゃ無理か」
「じゃあ、アタシが行くよ」
エリュシアが突っ込む。だが――
「アレス! こいつ浮いてるから、爪で斬っても衝撃が後ろに流れる!」
物理攻撃の衝撃が、そのまま後ろに逃げてしまう。
「ああ。エリュシア、これを使え。これならいけるだろ」
「ああ、なるほど」
エリュシアはミスリル製のバトルハンマーを振り上げ、上から叩きつけた。
リビングアーマーは、押し潰されるように平たくなった。
「あ、これ楽しいかも」
その後、エリュシアは喜々として、リビングアーマーを潰して回った。




