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百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~  作者: 凪山キコ
第三章 エヴァルシア開発編

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119 アンデッド迷宮(5) 全滅する理由

 ――アンデッド迷宮 地下四十階 ボス部屋。


 扉をくぐった瞬間、空気が一変した。

 これまでの階層に漂っていた腐臭や瘴気とは異なり、ここに満ちているのは奇妙な静謐だ。まるで長い年月、人の立ち入りを拒み続けてきた城の最奥――そんな感覚を覚えさせる空間だった。


 視界の先に広がっていたのは、地下迷宮とは思えないほど広大な玉座の間。

 天井は高く、黒い石で組まれたアーチが幾重にも連なり、夜空を模したかのように淡い赤光の魔法灯が等間隔に浮かんでいる。その光は弱々しいが、決して消えることはなく、室内を不気味な陰影で満たしていた。


 床には深紅の絨毯が一直線に敷かれ、入口から部屋の奥へと続く道を形作っている。

 踏みしめても、音はほとんど立たない。柔らかすぎるほどだ。まるで血を吸った布が、今も生きているかのような錯覚を覚える。


 玉座の間の両脇には石柱が整然と並び、その間には砕けた棺や用途のわからない古い儀式具が無造作に置かれていた。

 いずれも埃はほとんど積もっていない。ここが今なお“主”を迎える場所であることを、無言で示しているかのようだった。


 部屋の最奥、数段高くなった壇上に――それはあった。


 黒曜石を思わせる漆黒の玉座。

 背もたれは高く、鋭角的な意匠が施され、翼を広げた蝙蝠の紋章が彫り込まれている。威圧感はあるが無駄な装飾はない。王として座すためだけに作られた、冷徹なまでに機能的な椅子だ。


 その玉座の周囲だけ、空気がわずかに歪んで見えた。

 魔力が濃密に滞留し、触れれば肌を刺すような圧を放っている。


 そして――

 玉座には、まだ誰も座っていない。


 だが、いないはずなのに、確かに“見られている”感覚があった。

 この部屋そのものが、侵入者を値踏みしている。

 その結論が下されたとき、玉座に相応しい存在が、姿を現すのだろう。


 ここは、ヴァンパイア城の玉座の間。

 アンデッド迷宮、地下四十階――

 踏破不可能とされる理由が、ようやく姿を現そうとしていた。


 玉座へと近づいた、その瞬間。

 ふいに何処からか〈空間転移(テレポート)〉して来たかのように、魔物たちが現れた。


「ブラッドバット×40、ダークメイド×4、ダークナイト×4、ネクロマンサー×4、ヴァンパイア×4……で、ボスは――女のヴァンパイアロードか」


 ヴァンパイアロードを〈鑑定〉すると、保有スキルは通常のヴァンパイアと大差ない。

 〈吸血(牙)[6]〉、〈魅了[6]〉、〈眷属召喚〉、〈蝙蝠変化〉に追加で、〈眷属化(吸血)〉と〈血呪魔法[6]〉を持っていた。

 〈眷属化(吸血)〉は吸血と同時でなければ発動しない。噛みつかれなければ問題ない。

 〈血呪魔法〉は血で障壁を張ったり、相手を拘束したりと多少面倒だが、致命的な脅威となる魔法は見当たらなかった。


「特に問題なさそうだな。じゃ、始めるぞ」


 俺はヴァンパイアロードも対象に含めた“全滅バッチ”を起動した。

 何発もの〈光弾(ライトショット)〉が弾幕のように次々と降り注ぐ。

 百発以上撃ち込んだところで〈バッチ処理〉を止めると、ブラッドバット×40、ダークメイド×4はすでに消滅していた。

 ダークナイト×4、ネクロマンサー×4、ヴァンパイア×4も満身創痍で立っている。

 ただし、女のヴァンパイアロードだけは第三階梯血呪魔法〈血障壁(ブラッドバリア)〉で防御していたようだ。


「さすがにボスは甘くないか。イレーヌ、エリュシア、生き残りの取り巻きを頼む」


「任せとけ!」

「りょーかい」


「じゃあ、リディアはボスを。俺は後ろからサポートする」


「承知しました」


 〈血障壁(ブラッドバリア)〉を張ったままの女のヴァンパイアロードに、リディアは盾ごと体当たりを叩き込んだ。

 ヴァンパイアロードは部屋の奥の壁まで吹き飛ばされる。

 追撃のためにリディアが距離を詰めた、そのとき――ヴァンパイアロードの姿が歪み、男へと変わった。


「な!? どうやって〈性別変更(ジェンダーシフト)〉を!? 〈性魔法〉なんて持っていなかったぞ!?」


 よく見ると、男になったヴァンパイアロードの指には二つの指輪。あれが何か関係ありそうだ。

 そして、男になってリディアに〈魅了〉を使う気か。

 残念だったな。それは対策済み――のはずだった。


 ヴァンパイアロードの目前まで迫っていたリディアが、突然動きを止めた。

 その直後、取り巻きを殲滅し終えたエリュシアが、ドラゴンの爪で襲いかかろうとする。


「な!? リディアさん、何するんだ!?」


 リディアはミスリルのタワーシールドで、ヴァンパイアロードを襲っていたエリュシアの攻撃を受け流した。

 その眼は、赤く光っている。


 どういうことだ!? 一体、何が起きた!?


 続けて、イレーヌもミスリルのショートソード二刀流でヴァンパイアロードに斬りかかる。

 だが、その刃もリディアの盾に阻まれた。


 そのとき、カメラ越しにレオンの声が響く。


『アレス! あれは〈魅了〉だ! リディアはヴァンパイアロードに〈魅了〉をかけられている!』


「バカな! リディアは〈魅了無効の指輪〉をつけているんだぞ!」


『理由はわからん! だが、あれは〈魅了〉で間違いないとガルドも言っている!』


 くそっ……指輪が効かないなんて、反則だろ。


 そして――

 振り向いたエリュシアとイレーヌの眼も、同じように赤く光っていた。


「なるほど……これじゃ全滅するわけだ。ボス部屋だから、ボスを倒すかこちらが全滅するまで終わらないしな」


『そんなことを言っている場合か、アレス! 〈魅了〉には治療手段があるが、〈眷属化〉は今のところ治療法が無い! 絶対に三人が噛みつかれないようにしろ!』


 男の冒険者には女のヴァンパイアロードが〈魅了〉をかけ、女の冒険者には男のヴァンパイアロードが〈魅了〉をかける。

 その後、全員を〈眷属化〉して全滅させていたのか。


 三人を噛みつかせるな、か。

 リディア、エリュシア、イレーヌの三人に本気で襲われたら、それどころじゃない。

 〈空間転移(テレポート)〉しても瞬時に対応されるだろう。


 厳しい――そう考えたとき、三人の動きに違和感があることに気づいた。

 三人は三人で、必死に〈魅了〉に抗おうとしている。

 よく見れば、血の涙まで流していた。


「すまない……俺が情けないばかりに、こんなことになって」


 その魔物が人に近ければ近いほど、俺はその魔物を瞬殺する手段を持っていた。なのに、俺はそれを使えなかった――


 俺は、人を殺したことがない。


 元の世界では当たり前だが、この世界に来てからも、一人も殺していない。


 その影響だろう。

 俺は、人の姿に近い魔物を殺すことを躊躇していた。

 ゴブリンは問題なかったが、インキュバスやサキュバスのように人に近い存在だと、どうしてもためらってしまう。


 最初のインキュバスは、リンファとエルマが〈催淫〉にかかった非常時だったこともあり、勢いで殺せた。

 それ以降、インキュバスは倒せるようになった。

 だが、実はサキュバスは一匹も倒していない。


 『例え魔物でも、女は殺さない』


 そんなことを貫けば格好いい、などという馬鹿な考えすら持っていた。

 仲間をここまで追い詰めて、ようやく気づいた。

 俺は、本当に馬鹿だ。


「つらいだろう。せめて、抗わなくてすむようにしよう。〈部分収納(パーシャルストレージ)〉」


 俺は三人を拘束した。

 三人が〈魅了〉に必死で抗ってくれていたおかげで、〈部分収納(パーシャルストレージ)〉を容易にかけることができた。


 気づいたら、ヴァンパイアロードは新たに三体の男のヴァンパイアを召喚していたが、俺は〈空間転移(テレポート)〉とミスリルのロングソードで、三体を瞬殺する。


「あとは、お前だけだ」


 その言葉に応えるように――

 ヴァンパイアロードは、再び女の姿へと変身した。

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