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百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~  作者: 凪山キコ
第三章 エヴァルシア開発編

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118 アンデッド迷宮(4) ヴァンパイア

 ――アンデッド迷宮 地下三十三階。


 闇の甲冑を纏った騎士が、石畳の上に静かに立っていた。金属同士が触れ合うはずの動きでさえ、音はほとんど生じない。漆黒の鎧は艶を失い、長い年月を経たかのような傷や歪みを刻み込みながらも、なお戦うための形を崩してはいなかった。


 兜の奥にあるはずの顔は見えない。覗き込めば、そこにあるのは虚ろな闇だけだ。眼孔の奥で紅い光が淡く灯り、こちらをじっと見据えている。それは敵意というより、命令を忠実に遂行するためだけに向けられた視線だった。


 右手には長剣を携え、刃には乾いた血の跡が幾重にも染み付いている。剣を振るう動きに迷いはなく、剣技は生前に叩き込まれたものが、そのまま残っているかのようだ。力任せではなく、確実に急所を狙う一撃一撃が、相手の体力と精神を同時に削り取っていく。


 致命傷を与えても倒れず、関節を砕かれても前に進む。鎧の内側には肉体らしきものはほとんど残っておらず、黒い瘴気が疑似的な筋肉となって、その動きを支えているのだ。


 ここから新しく出てきたダークナイトもドロップに変えず、死体回収だけで問題なかった。しかし、“全滅バッチ”では、なかなか死なない。


「このあたりから〈バッチ処理〉だけで倒すのは難しいようだ。各自、対応できるよう警戒してくれ」


「了解」

「承知しました」

「りょーかい」



 ――アンデッド迷宮 地下三十四階。


 ここから追加されたネクロマンサーは、放置すると非常に厄介だった。

 黒い法衣に包まれたその存在は、遠目には人間の魔術師と大差ない。痩せ細った体躯に、骨ばった指先。フードの奥から覗く顔は肌の色を失い、蝋のようにひび割れていた。生きているとも死んでいるとも断じがたい、不自然な静けさが全身にまとわりついている。


 足元には幾重にも刻まれた魔法陣が淡く光り、その中心に立つそれは、まるで舞台の指揮者のように両腕を広げていた。指先がわずかに動くだけで、床に散らばる骨や朽ちた死体が、軋む音を立てて起き上がる。腐臭とともに立ち昇るのは、死を操る魔力の濃密な気配だ。


 その瞳には感情がない。怒りも恐怖もなく、あるのは冷え切った計算だけ。どの死体を盾にし、どの亡骸を刃として使うかを瞬時に選別している。戦場に立ちながら、自らは一歩も前に出ず、常に他者の死を隔てにして存在する――それが、この魔物の戦い方だった。


 〈闇魔法〉、〈呪魔法〉、〈死霊魔法〉を扱い、〈闇魔法〉と〈呪魔法〉で俺たちにデバフをかけつつ、〈死霊魔法〉でゾンビやスケルトンを大量に召喚する。そこにダークナイトまで加わるため、放置すると相手が雑魚であっても危険度が跳ね上がる。見つけ次第、エリュシアとイレーヌが瞬殺する、という対応に決まった。



 ――アンデッド迷宮 地下三十五階。


 そして――

 闇に溶け込むように、それはそこにいた。

 姿を視界に捉えた瞬間、空気が一段冷え、呼吸がわずかに重くなる。生き物としての存在感ではない。周囲の生命を押しのけ、自分だけが世界の中心に立っているかのような、歪んだ圧力だ。


 人の形をしている。だが、決して人間ではないと、本能が告げてくる。

 肌は月光を思わせるほど白く、血の色を拒むかのように滑らかだ。長い影を落とす体躯は細身でありながら、微塵の隙も感じさせない均整を保っている。


 赤く輝く瞳には、怒りも興奮も宿っていない。ただ淡々と、目の前の存在の価値を量っている。敵か、餌か、それとも――玩具か。そこに情はなく、あるのは選別する意思だけだった。


 唇の端から覗く牙は小さく、しかし鋭い。剣や爪のように誇示されることはない。それでも、一度触れられれば、肉体だけでなく生命そのものを削ぎ落とされることになる――そう理解させるには十分だった。


『アレス! それがヴァンパイアだ! 気を付けろ!』


 レオンの警告どおり、ヴァンパイアが現れた。しかし出てきたのは一匹だけだったため、エリュシアに瞬殺してもらい、死体を収納してスキルを調べてみると――


「なるほど、〈魅了〉持ちか。これで同士討ちさせるってとこか」


 だが、俺はどうにも納得がいかなかった。

 〈魅了〉なら、『エルセリオン地下迷宮』のサキュバスだって持っていた。それは〈魅了無効の指輪〉を装備するだけで対策できるし、サキュバス相手に全滅必至などという話も聞いたことがない。なぜ、ヴァンパイアが出るダンジョンは踏破不可能とされているのだろうか。


 とりあえず俺は、『エルセリオン地下迷宮』で集めておいた〈魅了無効の指輪〉を、エリュシア、リディア、イレーヌに装備させた。

 ヴァンパイアは〈眷属召喚〉でレッサーヴァンパイアやブラッドバットを呼び出したり、〈蝙蝠変化〉で自身が蝙蝠となり、物理攻撃を回避したりと、かなり面倒な魔物だ。ヴァンパイアも見つけ次第、最優先で倒すことになった。


「ん? 女のヴァンパイア?」


 ヴァンパイアは他の魔物と違い、男と女の個体が存在していた。能力に大きな違いはないが、〈魅了〉は元々異性にしか効果のないスキルだ。女のヴァンパイアは、男性冒険者を〈魅了〉するために存在しているのだろう。


「まあ、ヴァンパイアはアタシたちにまかせな」


 そう言って、イレーヌたちはヴァンパイアを次々と瞬殺していった。



 ――アンデッド迷宮 地下四十階 ボス部屋前。


 以降はすべての魔物を“全滅バッチ”に指定しておいたため、ブラッドバットやダークメイドは出現しなくなった。〈バッチ処理〉だけでは倒せなかった魔物も、多少弱った状態で俺たちの前に現れるだけだったので、特に問題もなく地下四十階のボス部屋前まで到達した。

 ここまでの宝箱で入手したのは、エレメンタルローブ三着と、あとはすべて宝石だった。


「レオン、今のところ特に問題なく来たぞ。ヴァンパイアも問題なかった。踏破不可能って、何が原因なんだ?」


『それは俺にもわからねぇよ。なにせ踏破しようとして、生きて帰ってきたやつが一人もいないんだからな』


「そうなると、このボス部屋が原因の可能性が高いか」


『そうなるな』


 俺たちはボス部屋前の安全地帯にテーブルセットを出し、紅茶を飲みながら簡単な打ち合わせをしていた。


「次のボス部屋には、かなりの強敵がいる可能性が高い。みんな、警戒してほしい」


「ふーん。でも地下四十階のボスでしょ? そんなことあるの?」


 イレーヌは懐疑的だった。正直、俺も同じ意見だ。今までのパターンでいけば、地下四十階のボスが持つスキルレベルは6。俺たちからすれば、まったく強敵とは言えない。


「一応、最初に撮影とボスの〈鑑定〉を済ませて、問題なさそうなら俺がそのまま“全滅バッチ”を起動させて取り巻きを削る。残った取り巻きをエリュシアとイレーヌで速攻で倒してくれ。俺とリディアはボスを相手する。取り巻きを殲滅したら、ボスの方を手伝ってくれ。それまでボスが生きていれば、だが」


 いつものパターンなら、ボスも瞬殺だ。


「じゃ、行くか」


 俺たちはボス部屋の扉を開け、ボス部屋へと足を踏み入れた。

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