114 エヴァルシア開発 三日目 本店とギルド
エヴァルシア開発三日目。
ジーナは王都にいるエルフたちのダンジョンアタックをサポートするため、朝から出かけていった。ティアは留守番である。
メディアの話では、本日中にセレナの屋敷が完成する予定らしい。まだ工事は終わっていないにもかかわらず、すでに荘厳とした雰囲気を放っており、そのあたりの高位貴族でも、ここまでの屋敷を所有している者はいないだろうと思えるほどだった。
どう見ても、騎士爵が住む屋敷の規模ではない。
セレナはメディアに向かって、
「あ、あのね、そんなに気合を入れなくていいのよ?」
と、困ったような笑顔で、かなり遠回しに「もっと簡素でいい」と伝えていた。だが、
「セレナ。何も心配しないでいいわよ。私が今作れる最高傑作にしてあげるから」
と返され、まったく意図は伝わっていなかった。
◇
今日の俺の最初の予定は、エヴァルシア商会の本店を、エヴァルシアの中心部に建てることだ。
朝食後、王都から商会長のオルヴェナに来てもらった。
「ここがエヴァルシアの中心になる。北東のエリアが商業区だ」
「アレスさん、中心の交差点はロータリー交差点なんですね」
「ああ。ロータリーの真ん中には、大きな噴水を作る予定だぞ」
この世界には信号が存在しない。そのため、大きな交差点では馬車同士の衝突事故がわりと頻繁に起こる。
ロータリー交差点にすることで、少しでも事故を減らす狙いがあった。
「それで、肝心の店舗なんだが……おすすめの物件があってな」
そう言いながら、俺は交差点に面した北東の区画に、亜空間から建物を出現させた。
その建物は、一目見ただけで「ただ者ではない」と分かる威圧感を放っていた。
石造りの三階建て。外壁に使われている白灰色の石はほのかに輝き、無駄な装飾はほとんどない。そのぶん、造りの堅牢さが際立っている。
正面玄関の扉は分厚い樫木製で、金属製の飾り鋲が規則正しく打ち込まれていた。派手さこそないが、商会としての信用と歴史を誇示するような、重厚な佇まいだ。
内部に足を踏み入れると、天井の高い広間が広がっていた。
等間隔に並ぶ石柱、磨き上げられた石板の床。かつてはここに各地の商人や貴族が集い、金貨と情報が飛び交っていたのだろう。
今は、広すぎる空間がかえって静寂を強調していた。
二階以上には事務室や応接室、そしてかつての重役たちが使っていた執務室が並んでいる。いずれも十分すぎる広さがあり、当時の余裕と自負が、そのまま間取りに刻み込まれているかのようだった。
建物の裏手に回ると、表通りの威圧感とは打って変わり、実務向きの空間が広がっていた。
石畳が敷き詰められた小さな広場には、荷馬車が二台ほど横並びで止められる余裕がある。昼夜を問わず、ここで荷の積み下ろしが行われていたのだろう。
広場に面して、倉庫へ通じる大きな搬入口がいくつも並んでいる。
厚い木板と鉄枠で補強された扉は、見た目に反して静かに開閉する。中へ入ると、高い天井と太い梁、区画ごとに整理された棚が整然と並び、湿気や害虫を防ぐための魔法処理が恒久的に施されているのが分かった。
「あ、アレスさん……これ、かなり大きくないですか?」
「ああ。この建物は、かつてエルセリオン王国一と呼ばれていた商会の本店だったものだ。店が売りに出ていたから、建物だけ亜空間に収納して、土地は売ってきた」
「これは……相当立派な店舗ですわ」
「でもな、三代目会長が相当な人使いの荒さだったらしくてさ。従業員が全員やめて、潰れたらしい」
「……」
「人使いが荒いと、従業員がやめて潰れるんだ」
「なぜ同じことを二度言ったのです?」
「大事なことだからだ」
店舗内を一通り見て回ったオルヴェナは、すっかり気に入った様子で、どんどん上機嫌になっていった。
「すばらしいですわ! ここを本店として、エヴァルシア商会が発展していく未来が、はっきりと見えます!」
かなり一人で盛り上がっていたが、
「ただ、しばらくは王都で買い付けた食料や雑貨を、そのままの価格で売ることになると思う。今は客も南西エリアの農家の人たちで、六十人ほどしかいないから、店員一人でも回せるかもしれないな」
現実を突きつけると、オルヴェナは一瞬だけ残念そうな顔をした。だが、
「いえ! 最初はそれで十分です! 必ず明るい未来がありますから!」
すぐに立ち直った。
できるだけ早く、エヴァルシアの住民たちが生活用品を買えるようにしてほしいと伝え、あとはオルヴェナに任せて、俺はいったん仮屋敷に戻った。
◇
本日の二つ目の予定。それは、エヴァルシアに冒険者ギルドを建てることだ。
「ああ、レオン。待たせたな。早速行こう」
すでに仮屋敷まで来ていたレオンと共に、エヴァルシア北東、商業区内にあるダンジョンの前まで向かった。
レオンは数日前に叙爵され、エヴァルシアの冒険者ギルド長に就任することが決まっている。
「なるほど……これがダンジョンか。アレス、もう潜ってみたのか?」
「いや、俺はまだだ。今はイレーヌとリディアに、序盤だけ偵察してもらっている」
そう言って、俺はモニターとマイクを取り出した。
このモニターは、エヴァルシア商会王都店に設置している動画を再生するものとは違う。城壁の門に設置している監視カメラの映像を映すモニターをベースに改造したものだ。
画面には、墓場のような場所を歩くリディアの後ろ姿が映っている。
俺はマイクに向かって話しかけた。
「イレーヌ、今何階だ?」
すると画面にイレーヌが映り込む。
『あ、アレス。今は二階だよ。まだゾンビしか出てきていないけど……一回外に出ていい? 〈聖魔法〉か〈光魔法〉を付与してもらわないと、ちょっと面倒なのよ』
「了解。一度戻ってきてくれ」
会話を終えると、レオンが興奮した表情で詰め寄ってきた。
「な、なんだ今の!? ダンジョンの中の映像か!? 中にいるやつと会話してたのか!?」
「ああ。結構便利だろ?」
「便利どころの話じゃない! これ、見たがるやつが相当いるぞ!」
そうなのか?
まあ、公開するのはその気になればすぐできるけど。
「ああ、それでな、レオン。冒険者ギルドなんだけど、いっそ、ダンジョンごとギルドの中に組み込むのはどうかと思って」
そう提案すると、レオンは渋い顔をした。
「たしかに便利ではあるが……それなら、ギルドの建物はまだ建てないほうがいいな」
「なぜ?」
「アレス、忘れたのか? このダンジョン、まだ発見報告をしていないんだぞ?」
そうだった。
俺たちはまだ、エヴァルシアにダンジョンが存在することを、国やギルドに報告していない。
――先日のこと。
「マジかよ! ダンジョンがあるのか!」
報告を聞いたレオンは、最初は心底嬉しそうだった。
ダンジョンを抱える冒険者ギルドは、まず潰れない。安定した収入源になるからだ。
だが、しばらくすると表情を引き締めた。
「国やギルドへの報告は、少し待て」
ダンジョン発見の報告をすると、国やギルドから選ばれたパーティが派遣され、調査の名目でそのまま踏破されるのが通例らしい。
この国にはSランクパーティが三つ存在するため、おそらくそのうちのどれかが指名され、ほぼ確実に踏破される。
そして、国やギルドに都合のいいように、ダンジョンの構成を変更されてしまう。
「できれば、エヴァルシアにとって都合のいいダンジョン構成にしたいだろ? だったら、先にアレスたちが踏破して、好きなように変えちまったほうがいい。だから、どんなに早くても、アレスたちがダンジョンアタックを始めてから報告するべきだ」
――
「じゃあレオン、ギルドを建てるのは後回しにするか?」
「そうだな。それよりアレス。明日からこのダンジョンに潜れ。で、こうしてほしいんだ――」
レオンは、できる限りエヴァルシアの利益になるよう考えてくれていた。
それが、素直に嬉しかった。
俺はレオンの指示に従い、いったん王都に戻って準備を整え、明日に備えた。




