011 Cランクとポーターの報酬
大量のオーク肉を手に入れた俺たちは、時間になったので地下二十階のワープポータルまで戻り、地上へ出た。あ、今日もポータル前に普段着の男の人たちがいる。「何しているのかよくわからない人たちだな」と思いながら、少し離れた木立のあたりを見ていて、ふと気づいた。
「あれ? あんなところに建物あったんですね。あれ、何ですか?」
普段は木々に隠れて気づかなかったが、よく見ると建物の一部が少しだけ見える。
すると、セレナさんが少し顔を赤くしながら教えてくれた。
「あ、あれは……男娼館よ」
……え? ダンジョンを出てすぐの場所に? ここって確か、王城の地下だったはずじゃ……?
「じゃあ、あのポータル近くでたまに待ってる人たちって……」
「……男娼よ」
何故、男娼の人がポータルで待ってるんだ? だったら娼婦もいてもよさそうなのに。
セレナさんが完全に真っ赤になってしまったので、それ以上は聞けなかった。
そこまで知りたいわけでもないし、いずれわかるだろうと思い、とりあえず俺たちは冒険者ギルドへ向かう。
この時間に帰る冒険者は多いようで、どこもがやがやと騒がしかったが、さっきの俺の質問のせいで、こっちはなんだか気まずい空気が流れていた。申し訳ない。
ようやくギルドに着くと、ジーナさんが珍しくローブを脱いでいないことに気づいた。思わず「今日は脱がないんですね」と言いかけたが、今朝のことを思い出して黙る。だが――。
「あら? 今日は脱がないのね。もう脱ぐ必要なくなったとか?」
「ち、違うから! 今日はそういう気分なだけ! なんでもないから!」
「ふーん?」
にやつくセレナさんと、顔を真っ赤にするジーナさん。相変わらず仲がいい。
今日は大物ドロップが多いので、先に買い取りカウンターへ。体格のいい男性職員が対応してくれた。
「ここに出してくれ」
「あの、数が多すぎて机に乗りきらないんですが」
「そうなのか? なら裏の倉庫の床に出してくれ」
裏の倉庫までついていき、言われた通りにすべて並べると――。
「な、なんだこの数! いったい何匹狩ったんだ!?」
たぶん八十匹くらいだろうか。それが八種類のドロップを全部落としていることになるので、全部で六百四十個ほどになるはず。
「ちょっとこれ、確認に時間かかるわ。受付のほうに並んどいてくれ。お前たちが受付に着くまでに引換証作っておく」
確かに今の時間帯は受付の列が長いので、受付にたどり着くまで三十分以上かかりそうだ。
「わかりました。お願いします」
「いったいいくらくらいになるのかな? あんな数持ってきたことないし!」
「そうよねえ。全く想像つかないわ。あれ、いくつあったのかしら」
「……楽しみです」
受付の列に並ぶと、俺たちが注目されていることに気づいた。
俺が「〈迷宮の薔薇〉に加入した」だとか「いや一時的にポーターしてるだけらしいぞ」だとか、「〈迷宮の薔薇〉、うまくやりやがって」だとかあちこちから聞こえる。
うまくやりやがっては俺じゃないのかと思ったが、もう注目されるのも慣れてきたので、聞き流そう。
もうすぐ受付にたどり着くところで、若い職員がセレナさんに引換証を手渡した。
「なっ……なによこの金額!」
ジーナさんもティアさんも覗き込み――。
「え? これ桁間違えてない? あってる?」
「……すごいです」
結局、受付嬢も確認に走る始末だった。
受け取ったのは、金貨袋一つと二十枚の金貨。合計三百二十万G。
「今日の報酬だけでマジックバッグが買える……」
「一日で目標額を大幅に超えてしまったわ」
「……すごいです」
元々一週間のポーター契約だったが、今日も含めて三日間でいいということになった。
「あ、あの……アレス君、明日も、よろしくお願いします」
顔を赤らめて言うティアさん。さすがに俺でも、ティアさんから純粋な好意を向けられていることはわかる。なんだか懐かしい、もどかしいような感じがする。でも……俺だけすでに汚れている気がする……スキルのせい、いやこの世界のせいで。
ついでに俺はCランク冒険者になった。ギルドカードは銅製のカードに変わった。
◇
残りの二日間、俺は〈迷宮の薔薇〉のポーターをやった。もちろんタンクも。
戦闘がかなり安定しているので、試しに地下二十五階から出てくるハイオークや、地下二十六階から出てくるオークナイトを倒しに行ったが、何の問題もなかった。ハイオークの皮や肉はオークよりも高く売れるし、オークナイトは〈剣術〉スキルを持っていた。そろそろロングソードに変えてみたいなと思っていたところなので、ちょうどよかった。今後はこっちのスキルを伸ばそう。
そして、この二日間の報酬は合計で千三百万Gになった。やり過ぎたかもしれない。
今回の報酬で〈迷宮の薔薇〉はマジックバッグを購入するそうだ。ただ天然ものにするか人工のものにするか迷っているという。
天然ものと呼ばれるマジックバッグはダンジョンの宝箱から入手できるもので、大体深層にあるらしい。今行っている『王城の地下迷宮』だと五十階のボス部屋の宝箱から稀に出ることがあるそうだ。その天然ものはスキルの〈アイテムボックス〉とほぼ同じで、時間停止機能付きで収納したものがリスト化されるという。一番容量が大きいもので十立方メートルくらい。
そして、人工のものというのは、魔道具屋で売っている、魔術師や魔法使いが革製のバッグに空間魔法を付与したもの。こちらは収納したものがリスト化はされないので、何を入れたのか覚えておく必要がある。それと魔石をセットしておく必要があり、魔石の魔力が空になったら交換する。普通は時間停止機能付きで容量は十立方メートルくらいだが、オーダー次第で時間停止機能を外したり容量を増やせる。ただし容量を増やすとそれだけ魔力を食うので、大きくても三十立方メートルくらいにするそうだ。
物をたくさん入れたいなら人工ものでオーダーし、便利に使いたいなら天然ものという感じだ。冒険者は普通天然ものを使い、物の管理をきちんとしている商人や貴族の使用人などは、人工ものを使う。
俺は、元々の契約通り一割を今回の報酬として貰った。もっとくれると言っていたが、俺にとっては一割でも十分だと思っている。なぜなら、これくらいの稼ぎなら、ソロで潜っても達成できるからだ。お金はあとでどうにでもなるので、今はそんなに報酬は必要ない。
別れ際――。
「アレス君……また会えますよね?」
涙目で言うティアさんに、「同じギルドを使ってますし、会えると思いますよ」とだけ答えた。彼女の純粋さにちょっと心が痛む。
その後、ギルドから「誰かとパーティを組むように」と強く勧められた。もはや俺も有望株の一人で、今後オーク以降を狩っていくのであれば、ずっとソロなのは心配なんだという。
方法はいくつかある。
募集掲示板を利用する、自分で声をかける、あるいは――奴隷を買う。
「奴隷……ですか?」
「そうです。奴隷商館で自分の奴隷を買ってパーティメンバーにする人も結構いますよ。あそこの首にチョーカー付けている人たちが奴隷になります」
よく見ると確かに、ちらほらとチョーカーを付けた人がいる。あれは奴隷の人だったのか。みんな清潔で身だしなみもきちんとしているし、装備だって他の冒険者と遜色ない。
「奴隷は粗末に扱うことを禁じられており、違反すれば罰則があります。それにパーティメンバーとして買ったのですから、大事にするのは当たり前です。冒険者が奴隷を買うにはギルドの紹介状が必要なので、素行不良の冒険者は奴隷を買うことはできないんです」
なるほど。
もし組むとしたら〈迷宮の薔薇〉かなと考えたこともあったが、あそこはなんとなく女性だけでやっていきたいって雰囲気を感じた。パーティ名に「薔薇」が付いているのもそのせいだろう。
さんざん物色する視線送ってきてるテーブル席の人たちとは組みたくないし、ナンパしている男の冒険者は睨んでくるし、男女混成パーティの男性がメンバーの女性を俺から隠すようにして睨んできたときは、「俺に何されると思ってんだよ……」と呆れたし。
「奴隷か。検討してみるかな」
一応、ギルドから紹介状を書いてもらい、その日は宿へ戻った。




