112 エヴァルシア開発 初日(3)
「ああ、それとセレナ。助けた元奴隷の人たちだけど、まずエルフの女性二十人は、このままここに住みたいんだって。屋敷にいるから、何をさせるか相談してみて。あと、エルフの女性全員に〈賢者時間〉の魔法陣を刻んだ指輪か腕輪を渡さないと、私は“アレス”に戻れない……」
いまだに私は“アリス”のままだ。
「それから、ヒューマンの人たちのほうだけど、全員家族単位で連れてこられてた。十四家族の六十人で、全員同じ地元出身。ゼフィランテス帝国に滅ぼされた国の元国民らしいよ。エルマ、どこの国だったっけ?」
少し離れた場所にいたエルマが、大きな声で答える。
「カリスティア王国って言ってたよ! セラフィードっていう、ここからグラント山脈を越えた反対側にある街に住んでたって!」
そのとき、リディアが目を見開き、小さくつぶやいた。
「カリスティア……」
そういえば、リディアの祖国も戦争でゼフィランテス帝国に滅ぼされた国だった。
「リディア、もしかして……」
「はい……カリスティアは、私の祖国です……」
ゼフィランテス帝国は、敗戦国の国民をすべて奴隷にすることで有名だ。今回助けた人たちも、そういう経緯なのだろう。
「私は……国を守れなかった……。彼らに顔向けできません……」
「何を言ってるんだ。リディアのせいじゃないだろ」
「ですが……」
そこで、セレナが諭すように口を開いた。
「リディア、過去は過去よ。今からどうにかできるものではないわ。でもね、彼らにはこれから未来があるの。もしゼフィランテス帝国で不遇な扱いを受けてきたのなら、エヴァルシアで幸せに暮らせるようにしてあげればいいのよ」
「しかし、セレナ……。元国民は、まだゼフィランテス帝国にたくさんいるのだ!」
「だったら、全員助けましょう。あなたたちはエルフを救出したノウハウがあるでしょう? まあ、そのためにも、できるだけ早くエヴァルシアを発展させて、受け入れられる体制を整えないといけないけどね」
そう言って、にこっと笑うセレナに、リディアは涙ぐみながら「ありがとう」と答えるのが精一杯だった。
◇
仮屋敷の一階にある大部屋を食堂として、救助した八十人と一緒に夕食を取った。
夕食後、セレナが前に立ち、救助した人々に向けて説明を始めた。
「このまま皆さまをゼフィランテス帝国に返せば、確実に再び奴隷にされてしまいます。そのため、皆さんには、ここエヴァルシアの住民になっていただこうと思います。エヴァルシアの住民には、指輪か腕輪を一つずつ身につけてもらいます。これは住民である証明であると同時に、住民だけが入れる施設への認証にもなります。準備のできた方から、そちらの女性の前に並んでください」
セレナがそう言うと、私の前に列ができた。
私は、並んだ八十人全員に、子供たちに渡したものと同様、結界を通過できる機能に加え、〈全スキル経験値アップS〉、〈無詠唱〉、〈強靭〉、〈魔力常時回復〉を付与した指輪、もしくは腕輪を手渡していく。もちろん、エルフの女性たちには、それに加えて〈賢者時間〉も付与してある。
その後、セレナが各家族の代表者十四人と、エルフの女性二十人を別室へ連れて行き、面談を始めた。ようやく、私はアレスに戻ることができた。
「やっと戻れたよ……」
ソファにだらっと座り、ぼんやりと周囲を見回していると、そこに本来は王都にいるはずの商会長オルヴェナの姿があることに気づいた。
「え!? オルヴェナ、なんでこっちにいるの!?」
「アレスさん……そんな嫌そうな言い方、ひどいわ」
しくしくと自分で言いながら泣きまねをするオルヴェナ。本当に、この人はやりづらい。話を聞くと、セレナに呼ばれて来たらしい。新しい商会の従業員を増やせるかもしれない、と言われたそうだ。……なるほど、エルフの人たちを商会に回すつもりか。
しばらくすると、セレナから〈念話〉が届いた。
『ええと、アリス? アレス? まあ、どっちでもいいんだけど。面談している部屋に来てくれない? お願いしたいことがあるの』
『わかった。すぐ行くよ』
俺は、セレナたちが面談している部屋に入った。途端に、エルフの女性たちの視線が突き刺さる。
「アレス。ヒューマンの人たちだけど、全員、以前は農業を営んでいたそうなの。できれば農業を続けたいそうだから、南西エリアに、彼らの希望に沿った土地を用意してあげて」
「ああ、任せてくれ」
「エルフの人たちは、これからオルヴェナも交えて、今後のことを相談するわ」
「わかった。じゃあ、ヒューマンの皆さんは、別室で話をしましょう」
俺は、ヒューマンの家族代表十四人を連れて、隣の部屋へ移動した。
「えーと……作りたい農作物の希望はありますか?」
「いや、特にない。与えられたものを、何でも育てるつもりだ」
これは頼もしい。
「今のところ、米、麦、大麦、大豆、各種野菜、ブドウの栽培を考えています。この中から選んでもらえれば、それに応じた土地、畑、家屋を準備します。ただし、秋まきの種や苗は数日待ってください。それまでに用意します」
麦や大麦、いくつかの野菜は秋まきらしい。早めに品種改良を進めないといけないな。
◇
農業を希望したヒューマンの人たちとは、翌朝からそれぞれの土地を整備していくことで話をまとめ、別れた。
そのまま仮屋敷のリビングに戻ると、オルヴェナが待ち構えていた。
「アレスさん、ご相談したいことがありまして」
……うっ。ご相談、という名の断れない依頼だな、これは。
「エルフの女性のうち四名をメイドに、残り十六名を商会所属にすることが、先ほど決まりました。ただ、商会所属になる彼女たちは、商人としてのスキルをまったく持っていません。そこで、スキルを与えてほしいのです」
それなら、店舗で働いている子供たちと同じように、必要なスキルを指輪か腕輪に付与すればいいだろう。そう考えながら聞いていると、オルヴェナはさらに続けた。
「それと、彼女たちには撮影もさせようと思っていまして。将来的には、編集も」
「うーん……〈撮影〉と〈編集〉は、指輪や腕輪に付与できないスキルなんだよな」
「ああ、アレスさん。最後まで聞いてください。彼女たちには、ダンジョン内の撮影もお願いしようと思っているんです」
……ん? ダンジョン?
ダンジョンで撮影するなら、撮影者自身が相当強くないと無理だって、前に説明したはず――。
「え? もしかして、全員をAランク冒険者にするとか言わないよね?」
「え? どうしてわかったんですか!? さすがアレスさんですね!」
にこにこするオルヴェナ。いや、待て。ということは――。
「え!? 全員にスキルを直接複製しろってこと!?」
「はい、その通りです」
にこにこのまま答えるオルヴェナ。簡単に言ってくれるな……。
十六人。すべて複製で済ませるなら、一人あたり一時間もかからないだろう。睡眠時間を確保するなら、毎晩四人ずつ、か……。
「さすがにアレスさんもお忙しいでしょうから、今すぐでなくても構いません。定期的に四人ずつくらいスキルを複製してもらって、最終的には王都のダンジョンクリアまでお願いしたいです」
オルヴェナも、同じく四人ずつで考えていたようだ。
俺は、エルフの十六人を、メインアタッカー、タンク、シーフ、魔法使いの四人組になるように分けておくよう頼んだ。そう分けてもらえれば、それに合わせてスキルを振る。
以前、貴族のエルフ奴隷救助で一緒に助けたヒューマンの人たちのときは、手厚いサポートがあったため、全員クロスボウ主体でも問題なかった。しかし今回は、すぐに支援できそうなのは、しばらくすることがないジーナとティアくらいだ。イレーヌとリディアも、今は手が空いているが、数日後には別の仕事が控えている。
今後、ダンジョンで自分たち自身が撮影まで行うのなら、彼女たちだけで完結できる戦力を持たせなければならないだろう。
「じゃあ、さっそく四人、選んできますね」
……え? 急がなくてもいいんじゃなかったのかよ。
結局その日の夜、オルヴェナが選んできた四人のエルフを、俺は一度に相手することになった。




