109 エヴァルシア商会王都アルトヴィア店
王都アルトヴィアの繁華街。その中心地の角地に、ひときわ異彩を放つ建物がそびえていた。
石造りの三階建て――外見だけを見れば、王都によくある商館と大差はない。だが、一階部分だけは明らかに異様だった。壁一面が透明な強化ガラスで囲まれ、内部の様子が通りから丸見えになっているのだ。武具や衣服が整然と並ぶその光景に、通行人たちは思わず足を止めてしまう。
建物正面に掲げられた《エヴァルシア商会》の看板は、すべてネオンサインで作られていた。昼間でも鮮やかに光を放ち、夜になれば繁華街の灯りを押しのけるほどの存在感を誇る。
その下には、この世界では前例のない大型の動画再生機が設置され、動く絵が流れ、軽快な音楽が通りに響いていた。
剣を振る冒険者、煌びやかな衣装をまとったモデル、魔物との戦闘風景――それらが次々と映し出されるたび、人々の視線と好奇心は容赦なく奪われていく。
今日は、待ちに待ったエヴァルシア商会王都アルトヴィア店のオープンの日だ。
まだ開店前の時間帯ではあるが、店舗の外からも見ることのできる大型動画再生機は、すでに稼働している。
『今大人気の鍛冶師ルビナが作る武具が購入できるのはここ、エヴァルシア商会王都アルトヴィア店だけ! ぜひ皆さま、お立ち寄りくださいね!』
《看板娘》の称号を持つ商人、フィーネが巨大モニター越しに店の宣伝をするたび、周囲にざわめきが広がった。
「なんだ、あれ!? 絵が動くぞ!?」
「いや、あの中に人が入ってるんじゃないか!?」
「どう見ても、普通の人の何倍もでかいだろ。あれは動く絵だ!」
「声もするし……よく聞いたら、綺麗な音楽まで流れてるわ!」
「すげぇ……こんなの見たことねぇぞ!」
やはり動画のインパクトは絶大らしい。
「え? あの街、どこだ?」
「え、空から見てるのか、これ?」
「王城があるぞ! 王都を空から見ているんだ!」
「うわぁ……空を飛ぶと、こんな景色になるのか!」
それは、透明化してドラゴンとなった俺が、リンファを背に乗せて撮影した映像――いわゆる“空撮”だ。
商会長のオルヴェナには、今回が初めての動画体験だったはずなのに、まさか空撮を指示されるとは思ってもみなかった。〈監督〉と〈演出〉のレベルを上げたせいで、要求が一気に高度化し、正直かなり大変だった。……完全に失敗だ。
すでに店の前には行列ができており、周囲の店舗の営業にも支障が出始めていたため、予定時刻より早めに開店することになったようだ。
「では、皆さま。大変お待たせいたしました。エヴァルシア商会王都アルトヴィア店、ただいま開店いたします!」
一気に沸き立つ客たち。
もっとも、この店舗はそこまで広いわけではないため、並んでいる全員が一度に入れるわけではない。初日は入場制限をかけながらの営業となった。
***
「オルヴェナ、かなり盛況じゃないか?」
「おかげさまで、飛ぶように売れておりますわ。さきほどまでルビナさんもお店を手伝ってくださっていたのですが、在庫がかなり減りまして……慌てて『ブラスアーム鍛冶工房』へ戻られました」
「武具って、そんなに飛ぶように売れるものか?」
「やはり映像の効果が大きいですわ。ヒカルさんとミリアさんが魔物を倒す場面がとにかく格好良くて、皆さん『ああなりたい』と感じるようです」
なるほど。
改めて周囲を見ると、客は女性ばかりだ。ルビナの武具は元々女性人気が高いし、服飾も大半が女性向け。店の雰囲気的にも、男は入りづらいのかもしれない。
いっそ完全に女性向け店舗にするのも手だな。このあたりは、オルヴェナに任せるとしよう。特に問題もなさそうだし、俺は屋敷へ戻ることにした。
◇
屋敷に戻ると、ちょうどメディアがリーファリアから帰ってきていた。
「おお、メディア。お疲れ。リーファリアでは収穫はあったか?」
「あ、アレス様! お久しぶりです。魔法建築のコツをかなり学んできましたので、ばっちりですよ!」
相変わらず頼もしい。
「ですが……私が留守にしている間に、随分と人が増えたのですね。しかも子供ばかりで……」
子供たちは、エルフを見る機会がほとんどなかったせいか、メディアをじっと見つめ続けている。その視線に、メディアは少し居心地が悪そうだった。
「じゃあ、最近のことを説明するよ。応接室で話そう」
応接室に移動し、〈緋桜の守人〉の三姉妹が仲間になったこと、各地での買い付けや子供たちの保護、そしてエヴァルシア商会の店舗がオープンしたことを一通り説明した。
「え!? お店ができたんですか!?」
「ああ。ちょうど今日オープンしたばかりだ」
「ちょっと見てきます!」
そう言って、メディアは勢いよく飛び出していった。相変わらずフットワークが軽い。
その後、俺は思いついた魔道具を形にするため、自室に籠った。
夕方になり、外出していた面々が戻ってくる。商人たちは初日で疲れているどころか、異様なほどテンションが高い。大成功だったのだろう。
なぜかメディアも一緒に帰ってきたが、こちらは見るからに疲れ切った顔をしていた。
「どうした、メディア?」
「あ、アレス様……それがですね。あの商会長、ひどいんですよ」
話を聞くと、店舗を見に行ったメディアは最初は動画やガラス張りの壁や流れる音楽に感動していたそうなのだが、オルヴェナに捕まると、《万紫千紅》の女性陣が愛用している化粧水や乳液、シャンプー、コンディショナー、石鹸をその場で作るよう依頼されたらしい。
しかもオルヴェナは即座に販売コーナーを設営し、作る、売る、作る、売るを閉店まで繰り返したという。
「今後も大量に作って、共有空間に入れておいてって言われたんですよ……ひどくないですか?」
うん、ひどい。
ただし、それをやられているのは今のところ俺とメディアだけだ。頼めば何とかなる相手には、容赦なく頼む――それがオルヴェナなのだろう。
そんな話をしていると、当の本人がやってきた。メディアは俺の背後に隠れ、恨めしそうにオルヴェナを睨む。
「あら、メディアさん。本日は無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした。でもおかげさまで、商会の滑り出しは最高ですわ! 本当にありがとうございます!」
そう言って、メディアの手を両手で包み込んで握手をするオルヴェナ。
元が素直なメディアは、さっきまでの怒りを忘れて照れたように笑った。……オルヴェナ、絶対分かっててやっているな。
「ああ、それとアレスさん。他の商会から、あの動画再生機――“モニター”でしたか? 問い合わせが殺到しています」
まあ、当然だろう。
「予想していたよ。ほら、これが撮影用カメラ兼簡易編集機。それと、モニターはうちで使っているのと同型だ」
撮影用カメラは、撮った映像をカードに保存できるほか、撮った動画の一部分を消せる機能がついている。撮影を中断しても、後から続きを録画できる。
テロップや後付けのナレーション、BGMは無理だが、工夫次第でそれなりの動画は作れるはずだ。
「値段は任せるよ」
カメラ十台、モニター二十台、カード百枚をオルヴェナに渡す。
「アレスさん、しばらく動画編集は無理そうですか?」
「ああ。明日からはエヴァルシアの開発に入る。絵コンテや素材、ナレーション、BGMを共有空間に入れてくれれば、時間があるときにやる。ただし急ぎは無理だぞ」
「承知しました」
***
その日の夜は、メディアが相手だった。
「あれ? その指輪、外して大丈夫なのか?」
「はい。セレナが旅立つ前に〈賢者時間〉だけの指輪に替えてくれました。ただ、調子に乗ったらもっとひどいことになると脅されましたが……」
やっぱりセレナは怖い。
そして、久しぶりに指輪を外して発情したメディアは、朝まで止まらなかった。




