104 赤ワインの街と子供たちの教師
翌朝。
今朝も屋敷の外から声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。昨日からレオンと一緒に朝のランニングをしている子供たちだが、昨日は全員が最後まで走り切ったらしい。今日は全員に〈身体強化[1]〉が付いたため、少しは楽になっているだろう。
店舗で研修をしていた女の子たちにも〈身体強化[1]〉が付いていたことから、走ることで習得しやすいスキルなのかもしれない。
横を見ると、俺に抱き着いたまま気持ちよさそうに眠っていたナディアが、どうやら目を覚ましたようだ。だが、自分が俺に抱き着いていることに気づいた途端、さらに力を込めて抱きついてきて、「あと一回だけ」と言いながら襲いかかってくる。
結局、朝からナディアが満足するまで付き合うことになった。
***
今日は買い付けの旅の最終日だ。目的地は、王都の北に位置する街カステリオ。
エヴァルシアへ馬車で向かう際にも立ち寄ることになるこの街は、セリオス山脈とグラント山脈のちょうど中間に位置し、全体的に乾燥した気候をしている。
こうした土地で育ったほうが美味しくなる野菜もあるらしく、大麦や小麦は、この国で一番美味しいものが採れると言われている。
酒蔵のカトリナも、ここで採れたブドウを使って赤ワインを造っていたそうで、この街そのものがワインの名産地なのだという。
ちょうど今日の昼頃、エヴァルシアへ向かっているセレナたちも、この街に到着する予定だ。昼に合流する約束をしているため、昨日と同じメンバーで、俺たちはカステリオへ向かった。
◇
乾いた風が吹き抜ける台地に、その街はあった。
麻と穀物、そして赤ワインで知られる街――カステリオである。
降水量は少なく、空は一年を通して高く澄んでいる。昼は強い日差しが大地を照らし、夜になると一転して冷え込む。
昼夜の寒暖差が大きいこの土地は、決して住みやすいとは言えないが、その過酷さこそが、カステリオの特産を育んでいた。
街の周囲には、風に揺れる亜麻畑が広がり、刈り取られた茎は上質なリネンへと姿を変える。
畑では大麦や小麦がたくましく根を張り、限られた水分を逃がさぬよう工夫された農法で育てられていた。
点在する畑の間には、赤ワイン用のブドウ園が広がり、昼の陽光と夜の冷気をたっぷりと受けた実は、濃厚な味わいを宿す。
この街そのものが、ひとつのワイン産地だ。
石造りの蔵が立ち並ぶ一角からは、熟成中のワインの香りが漂い、各地の商人たちを引き寄せている。
水の乏しさは、街づくりにも色濃く表れていた。
井戸や水貯蔵施設は街の生命線として大切に管理され、建物には日差しと乾燥を防ぐ工夫が随所に施されている。
厚い壁、深い庇、風を通す路地――すべてが、この土地で生きるための知恵だった。
厳しい環境に適応したものだけが残り、磨かれていく。
カステリオとは、そんな土地柄が生んだ、質実剛健な街だった。
カステリオに到着すると、さっそくターリアたちの服飾組は、商人のソフィアを連れて、名産である亜麻の生地を見に行った。
酒蔵の母娘は、商人のイリナを連れて、ブドウとワインのほうへ向かう。
残った俺とエルマは、ここでも食材の調査と買い付け、そして種や苗の購入を担当した。
昼前、セレナたちがカステリオに到着したと連絡が入ったため、彼女たちが泊まっている宿で合流することにした。
「久しぶりだな、セレナ。六日ぶりか。旅も順調そうだな」
「久しぶりね、アレス。今のところ特に問題はないわ。毎晩貴族と会っているから、それが少し疲れるくらいかしら。そっちはどうなの?」
「ああ、こっちは子供が五十四人増えた。今は屋敷で一緒に暮らしている」
「はあ!? 五十四人ってどういうことよ!? ちゃんと説明しなさい!」
そういえば、子供が増えたことを、セレナにはまだ話していなかった。
俺は、港町ローヴァンで人身売買組織に捕まっていた子供たちを救助したこと、全員が孤児で帰る場所がなかったことを説明した。
「今では、そのうち十人の女の子を、商会長のオルヴェナが王都の店舗のオープニングスタッフにするため、研修中だ」
「なるほど。人手不足だったから助かっているわけね」
「今年、十三歳以上になる子供が二十二人いて、その子らは仕事に就くか、冒険者になることを希望している。問題は、今年十歳から十二歳になる三十二人で、全員が学校に行きたいと言っているんだが、勉強を教えられる人材がいなくてな」
「なるほど……先生ね。私なら教えられるけど、時間が取れないものね」
たしかに、魔術学院卒業生のセレナなら教えられるだろうが、領主の仕事との兼任は無理だ。
「そうねぇ……今いるメンバーで教えられそうなのは――あ! 〈緋桜の守人〉の三姉妹よ! あの三人は貴族の娘だから、学校は卒業しているはずよ」
ああ、そういやそうか。帰ったら聞いてみよう。
……いや、たしか貴族の娘は、他にもいたはずだ。そう思って周囲を見渡すと、ヒカルの陰に、水色の髪が隠れるように揺れた。
「ミリア。ミリアも貴族の娘だったよな?」
「あ、えっと……そうなんですけど……勉強はあまり得意じゃなくて……私には無理かも……」
無理に頼むつもりはないから、それでいい。
「あ、アレスさま。私も一応、学校は出ています。この国ではありませんが」
そういえば、リディアは将軍の娘だったな。ただ、今はセレナに同行している以上、連れ帰るわけにはいかない。
「まあ、まずは〈緋桜の守人〉に聞いてみるよ」
連絡事項を一通り済ませたところで、俺が口を開いた。
「じゃあ、俺たちは買い付けの続き――」
「アレスは、このあと付き合いなさい」
セレナが、俺の言葉を遮るように言った。……え?
「じゃあアレス、あたしは食材の買い付けに行くから。ついでに種と苗も買っておくから、そっちは任せといて」
そう言い残し、エルマはさっさと宿を出ていった。
……これ、すでに〈念話〉で打ち合わせ済みだったな?
「久しぶりなんだから、帰るまでの時間、私たちの相手をすること」
「いや、まだ外は明るいし……七人いっぺんにするの?」
こうして俺は、夕方まで、セレナ、ジーナ、ティア、イレーヌ、リディア、ヒカル、ミリアの七人を相手にすることになった。
◇
夕方になり、ようやくセレナたちから解放された俺は、いつものように、商人のイリナが見つけてきた空き家を新築同然に改修し、転移魔法陣を設置する。
その後、全員で転移し、王都の屋敷へ戻った。
屋敷に戻ると、ダンジョンで〈蒼華白蓮〉のシア、リオナと共にオーク狩りをしていた〈緋桜の守人〉が、すでに帰宅していた。
ちょうどいいので、さっそく本題を切り出す。
「三人は、子供たちに勉強を教えられるか? 学校の入学試験を受けたい子たちがいるんだ」
「ええ、問題ありませんよ。特にこの子は、貴族学園をトップの成績で卒業していますから」
そう言って、長女のアリエルが紹介したのは、三女のセリーナだった。
身長百八十九センチという大柄な体格だが、性格はかなり大人しい。
「わたしも二番だったし」
次女のナディアが、負けじとアピールする。どうやら、この三姉妹は、揃って成績優秀だったらしい。
「すぐに、というわけじゃない。落ち着いたら、子供たちに勉強を教えてやってもらえないか?」
「ええ、構いませんよ」
よし。これで先生は確保できた。
「明日から、〈緋桜の守人〉には、王都のダンジョンを攻略してもらう。その際、俺も同行する」
今夜で、三女セリーナのスキルレベルアップと新規スキル複製が終わる。これで準備は整う。
明日から、本格的にダンジョン攻略だ。
〈緋桜の守人〉との話が終わった頃、エリュシアが、獣人のシアと龍人のリオナを連れてやって来た。
この二人とは、救助したときに少し話しただけだ。しかも、そのときの俺は“アリス”だったため、今のアレスとは実質的に初対面になる。
「どうした、シア、リオナ。何かあったか?」
二人が少し落ち着かない様子だったので、こちらから声をかける。すると、シアが口を開いた。
「アレス。あの赤い女の人たち、急に強くなったぞ。なんでだ?」
年上だろうが初対面だろうが関係なく、いきなりタメ口か。珍しいタイプだが、これはこれで新鮮だ。
「ああ、俺のスキルで強くすることができるからな」
「じゃあ、あたしも強くしろ」
「すまない。それは無理だ」
「なんでだ?」
「理由は、あとでエリュシアに聞いてくれ。その代わり、君たちの腕輪に、強くなりやすいスキルを付与してあげるから」
シアとリオナの腕輪にも、子供たちと同じく、〈全スキル経験値アップS〉、〈無詠唱〉、〈強靭〉、〈魔力常時回復〉を付与しておいた。
後から、エリュシアが俺のスキルの仕組みを説明したところ、シアは「なんなの、あの男! 信じらんない! 信じらんない!」と、顔を真っ赤にして大騒ぎしていたらしい。
一方のリオナは、「へぇ。それくらいで強くなれるなら、アリかな」と、あっさり受け入れていたそうだ。
もっとも、この二人は、いずれ親が迎えに来ることが確定している。
――だから、絶対に手を出すつもりはない。




