010 迷宮の薔薇とオーク狩り(2)
「次に倒したオークなんですが、ドロップに変わる前に収納してみてもいいですか?」
「へ? そんなことできるの?」
「ドロップさせないってことかしら? 一瞬で煙に変わるから、そんなタイミングがあるとは思えないけど?」
「……?」
〈迷宮の薔薇〉の三人からは「何を言っているの?」という顔を向けられたが、おそらくそのほうが効率はいい。
「まあ、どうしてもやってみたいなら試してみてもいいわよ」
「ありがとうございます」
セレナさんの許可をもらったので、次は収納してみよう。
「三時の方向に一匹。この先を二つ曲がったところ」
ジーナさんが敵を見つけ、さっそく狩りに向かう。
角を二つ曲がると、言われた通り一匹のオークがいた。ただし、まだ距離はある。
「次は私がやるわ」
セレナさんが呪文を紡ぐ。
「氷の女神グレイシアの権能を介して氷の精霊に命ず。氷の槍を顕現し、汝が出来うる限りの速さで敵の頭を狙い撃て――第二階梯氷魔法〈氷矢〉!」
空中に現れた氷の槍が凄まじい速度でオークの頭部に突き刺さり――
「収納! ……危なかった、見入ってた」
間一髪、死体を収納することに成功する。念のため〈修復(空間)〉をかけてから〈分解(空間)〉。さきほど見たオークの素材と同じものを取り出せば問題ない。OK、こっちはできた。
そして、やはり持っていたスキル――〈絶倫[1]〉。
ゴブリンが〈技巧(性)〉持ってたから、オークもそういうのを持っているだろうなとは思っていたが……〈絶倫〉かあ。「身体的・精神的な能力が群を抜いて優れていること」って意味だといいなあ……絶対違うなあ、〈身体強化〉あるもんなあ。
受け入れよう。きっとここはそういうゲームの世界なのだから。
気を取り直して
「やはり、ドロップに変わる前に収納できれば、俺のスキルでフルドロップにできます」
「へ?」
「いやいや、なんなのよあなたのスキル……」
「……すごいです」
これは〈バッチ処理〉を組んでいたほうが楽だなと思ったので、オーク回収・分解バッチを組んだ。実行っと。
……そして暇になる俺。ただ歩いて付いていくのも何なので、魔力空間を広げてフロアを把握してみると、この地下二十一階は冒険者の人口密度がかなり高いことがわかった。
「この階層は冒険者が多いですね」
「そうね。マジックバッグがなければ、どうしてもポータル近くで活動するしかないもの」
「さっさと次に行こうよ、セレナ」
俺たちはジーナさんに急かされ、次の階に向かった。
――地下二十四階。
「ここまで来ると、だいぶ冒険者が減りましたね」
「さすがにポータルから遠いから、ほとんど来ないのよ」
ここまで進む間に、オークのほかオークアーチャーやオークマジシャンも現れたが、アーチャーやマジシャンはジーナさんが瞬殺し、オークがこちらの後衛に突っ込んできても、ティアさんが撲殺。セレナさんはサポート程度の魔法しか撃たずとも余裕で殲滅している。やはりこのパーティは強い。
ただ、このフロアから冒険者の数が急に減ったぶん、残っているオークの数は多く――
「待って! 全方向からオーク! 前方左に二匹、右に三匹、後方から四匹!」
「一気に囲まれたわね。ジーナ、後方四匹お願い。ティア、前方五匹は私と」
『了解』
そういや「今日はオークによく会うなあ」とジーナさんが言っていた。……これ、もしかして俺の異常なエンカウント率のせい?
最初に現れたのは前方のオーク五匹だった。
ティアさんとセレナさんはこの場から動かず、セレナさんは魔法、ティアさんはセレナさんが打ち漏らしたオークを殴るつもりのようだ。一方ジーナさんは少し離れた後方で、一人オークを待ち構えていた。
「氷の女神グレイシアの権能を介して精霊に命ず。三本の氷の槍を顕現し、汝が出来うる限りの速さでそれぞれの敵を狙い撃て――第二階梯氷魔法〈氷矢〉!」
え? 今、三本って言った?
そう思ったときには、三本の氷の槍が三匹のオークの腹や足、肩に刺さっていた。腹に命中した一匹は倒れたが、他は軽傷。二匹は無傷のまま突っ込んでくる。
さらに後方ではジーナさんが最初に一匹倒したようで、今は一人でオーク三匹とやり合っている。
「これはさすがにまずいか?」
よく見れば、前方の軽傷のオークはマジシャンとアーチャー、こいつらはまだ攻撃してくる。さらに無傷のオーク二匹。
後方はオーク二匹に、この階から登場するプリーストが一匹。ジーナさんは、オークを傷つけてもプリーストが回復するし、プリーストを狙ってもオーク二匹が邪魔をするので、苦戦しているようだ。
さらに――
「後方から増援五匹! セレナ! そっちの方にも新しく六匹来てる!」
ジーナさんがオーク二匹のこん棒を捌きながら叫んでいた。
すでにこちらにはオーク二匹が近づいてきていて、そのうちの一匹をティアさんが止めているが、もう一匹がマジシャンとアーチャーと撃ち合っていたセレナさんに向かって突っ込んできた。
「氷の女神グレイシアの権能を介して――くっ、間に合わない!」
防御姿勢をとり、目を瞑るセレナさんに、オークがこん棒を振り上げる――しかし、そのオークはそこに立ったまま、首だけが落ちた。
「お手伝いしますね」
セレナさんの前に立ち塞がった俺は、オークの首を一閃していた。
「少し待っててください。前方を片付けてきますので、それまでに増援を迎え撃つ準備をお願いします」
「あ、アレス――」
セレナさんが何か言おうとしていたが、すでに動き始めていた俺は、ティアさんとやり合っていたオークの首を落とし
「ティアさん、一度ジーナさんのところに戻ってください。後はまかせて」
俺はそう言うとすぐに、離れたところから攻撃してくるアーチャーとマジシャンに向かっていた。
『アレス君、すごい! 強い! カッコいい! 好き!』
……最後の一言はなんだろう。念話だと思ったままの言葉が止められずに、そのまま出てきちゃうとか?
速攻でアーチャーとマジシャンを倒す。手負いのオークなど敵じゃない。そして通路の先に六匹の増援。
「面倒だな。第五階梯土魔法〈石弾〉! 連打! 連打! 連打! 連打! 連打!」
『連打』は実際は無詠唱で〈石弾〉を撃っている。セレナさんみたいに一度に三個とかどうやって出すんだろう。しかもそれぞれ別のオークに当ててたし。あとでセレナさんに聞いてみよう。
前方から来ていた増援は、すべて〈石弾〉で頭を貫いたので、問題ない。
「前方クリアです! ジーナさんの援護をお願いします!」
振り返ると、ジーナさんはオークプリーストを含む六匹に囲まれていた。セレナさんが魔法で一匹を仕留めるが、その隙にジーナさんが吹き飛ばされ――
「くっ、間に合え!」
勢いよく吹き飛ばされたジーナさんをキャッチした俺は、すかさず第五階梯回復魔法〈高治癒〉をジーナさんにかけた。
「大丈夫ですか、ジーナさん」
「あ、ありがと……」
意図せずお姫様抱っこの形になってしまったからか、顔が赤くなったジーナさんをそっと降ろす。
「俺がタンクをやります。その間に倒してください」
俺一人でも、残りの六匹を倒すのは簡単だったが、あくまでこれは〈迷宮の薔薇〉によるオーク狩り。あんまり出しゃばるのもよくないと思ったのだ。それに俺が前に出れば……やっぱりだ。オークは俺しか狙ってこない。ひたすらオークの攻撃を避ける、受け流す。
「え!? アレス、避けタンクできるの!?」
「なんでもありね……おかげで楽になったわ」
『アレス君、かっこいい! 好き!』
ティアさんだけ、ずっとその調子でいくのかな……。
俺がタンクをするとオークがすべて俺に向かってくるので、ジーナさんはオークの横や後ろから攻撃するだけ。セレナさんも隙間から〈氷魔法〉で攻撃。一発ずつ撃つなら頭をピンポイントで狙えるようなので、確実に倒している。暇になったティアさんは、前衛まで出てきて、ジーナさんと同じようにオークの横や後ろから撲殺していた。あっという間に殲滅完了。
「あーびっくりした。こんな急に囲まれたの初めてだよ」
「こんな数が一度に集まってくるなんて、考えてなかったわ」
「……びっくりしました」
「ああ、その件なんですが……」
俺はまず第三階梯土魔法〈石壁〉で、前方と後方の通路に壁を作ってこの場を安全地帯にしてから、土下座した。
「すみません。たぶん俺のせいなんです。ダンジョンに入るとスライムやゴブリンが俺にばかり向かってくるんです。オークもそうなる可能性を見落としていました。申し訳ありません」
頭を地面にこすりつけるように謝った。
「……なるほど。話はわかったわ。謝る必要はないから、立って」
セレナさんの言葉に従い立ち上がると、ジーナさんがぽつりと呟いた。
「あー、だから今日はやけにオークが多かったのか」
「おそらく、アレスの持っている魔力がとても多いからだと思うわよ。それも他の人よりも極端に」
え? どういうこと?
セレナさんによると、魔物は魔力が多いところに向かう習性があるそうだ。ただ、周りより多少多いくらいであれば、特に影響はないらしい。周りより極端に多い場合はそこに集中するとのこと。ヒューマンよりエルフのほうが保有魔力は高いが、ヒューマンとエルフが並んでいても魔物がエルフに集中するなんてことはないらしい。
「アレスはエルフとも比べ物にならないくらいの魔力を持っているんじゃないかしら……ちょっと手を貸して」
手を繋ぐことで相手の魔力をある程度測ることができるらしい。
「あ、やっぱり魔力だけに集中して感じてみるとアレスの魔力……なにこれ! 凄まじい魔力よ!」
そういえば、今のところ魔法を使っても魔力が減ったと感じたことは一度もないな。〈バッチ処理〉を考えたら、新しいフロアに入った途端に魔法を連発しているはずなんだが、特に減ったなと思ったことはない。これってもしかして“天空人”であるせいか。
「こんなに魔力を持っている男性がいるなんて聞いたことがないわ。女性だったら『魔女化』していてもおかしくない魔力だと思うし……」
『魔女化』か。《悲しみの魔女》が治そうとしているみたいなこと言っていたな。
本でも読んだが、自分の魔力に身体が耐えられなくなって朽ちていく病気だったよな。たしか罹るのは女性だけだった。
「おかげで俺にばかり魔物が襲ってくる理由がわかりました。ありがとうございます。そうなると……この後も俺がタンクしますね。ご迷惑おかけしますし」
「そうね……私たちも助かるし、お願いするわ」
ひとまず方針が固まったところで、顔を赤くしたティアさんが話しかけてきた。
「あ、あの……さっきのはね、ち、違う、いや、違わないんだけど……あの……」
「そういうのは地上に戻ってからにしなさい」
セレナさんはそう言うと、バシンとティアさんのお尻を叩く。「ひゃあ!」と今日一番の声を出したティアさんの姿にMの性質が見えたのは、気のせいかもしれない。




