100 港町ローヴァンと五十四人の子供たち
翌日。
〈緋桜の守人〉たちの《万紫千紅》の屋敷への引っ越しは無事に終わった。だが、スキルのレベルアップや新たなスキルの付与は、まだ誰にも行っていない。一日に一人ずつで三日かかるため、それまでは〈蒼華白蓮〉のシアとリオナ、そしてサポート役のエリュシアと共に、オーク狩りをしてもらうことにした。
シアとリオナは、これまでエリュシア以外との交流がほとんどなかった。今回をきっかけに、ほかの人とも少しずつ打ち解けてくれればと思う。
商人のうち、オルヴェナとフィーネは、昨日作った王都の店舗の準備に入る。
残る商人のソフィア、イリナ、宿屋の母娘マリサとサリナ、食堂の母娘アリシアとリサ、服飾職人の母娘エリシアとリリーナ、酒蔵の母娘カトリナとノエルの十名、そしてエルマとターリアは、本日からアストラニア王国各地へ買い付けに回ることになった。食材や酒の原料、布や糸の確保が目的だ。
すでに三つの街が指定されており、一日に一か所ずつ、昨日俺が作成した客車で移動する。運ぶのは、もちろんドラゴンになった俺だ。
俺たちは全員で街の外まで移動し、初日は王国南部、海に面した港町ローヴァンへ向かった。
◇
海に面した港町ローヴァンは、潮の香りと人の熱気が混じり合う、活気に満ちた街だ。
朝になれば港には水揚げされたばかりの魚介が並び、魚市場からは威勢のいい呼び声が石畳の通りへと響き渡る。その一方で、この街の顔は海だけにとどまらない。
港を少し離れると、風に揺れる綿畑が広がり、白く膨らんだ綿花が陽光を受けてきらめいている。さらに丘陵地帯には、淡い色合いのブドウ畑が連なり、白ワインやロゼ用に育てられた房が、丹念に手入れされていた。
海の恵みと大地の実り。その両方が、ローヴァンの暮らしを支えている。だからこそこの港町は、旅人にとっても商人にとっても、立ち寄らずにはいられない魅力を放っているのだった。
ローヴァンに到着した俺たちは、さっそく行動を開始する。
ターリアと、服飾職人の母娘であるエリシアとリリーナの三人は、綿や布、織物を見に行くらしく、夕方まで別行動だ。資金は共有空間に入っているので、気に入ったものがあれば遠慮なく買うよう伝えてある。
酒蔵の母娘、カトリナとノエルはワイン用のブドウを見に行くとのことで、サポートとして商人のソフィアが同行した。
残った俺とエルマ、商人のイリナ、宿屋の母娘マリサとサリナ、食堂の母娘アリシアとリサの七人が向かう先は、言うまでもなく魚市場だ。狙いは魚介類である。
「エルセリオン王国の王城でも、たまに海の魚は扱ったけど、あんまり使ったことがないんだよね」
エルマがそう言った。
エルセリオン王国の王都は海からかなり離れており、海の幸はほとんど流通していないらしい。アストラニア王国の王都も同様で、海産物を目にする機会は少ない。
本来ならマジックバッグで鮮度を保ったまま運べるはずだが、馬車で十日かかる距離では運送料がかさみ、結果として魚の値段が跳ね上がる。庶民が気軽に口にできる代物ではない、というわけだ。
魚市場で手当たり次第に魚を買い込んだあと、昼食を取ろうと屋台が立ち並ぶ一角を見回していると――
「え!? 寿司!」
まさかの寿司屋台が目に入った。
しかし、それを見たエルマは渋い顔をする。
「あたし、一度食べたことあるけど……ちょっと無理だったわ」
そんなはずはない、と半信半疑で俺は屋台に近づき、ネタの正体も分からない握り寿司を一つ口に運んだ。
「……たしかに、これは無理だ」
まず、この魚は寿司に向いていない。シャリは酢飯ではなく、ただの白米で、しかも温かい。ワサビは存在せず、極めつけは醤油ではなく魚醤――しかも匂いが強く残っているものだった。
正直、美味しいとは言いがたい。転生者の知識が、ここまで中途半端に伝わっている料理が存在することに、ある意味で感心してしまった。
俺は今日買った魚を研究し、いつか本物の寿司をみんなに振る舞おうと、ひそかに心に決めた。
昼食後、俺の用事はひとまず終わったが、ほかの面々は自分たちの仕事に直結する買い付けの真っ最中で、まだしばらく街を回るらしい。
そこで俺は、夕方まで一人で別行動を取ることにした。
「さて、何をしようか」
ふと、この街でもエルフが捕まっていたりしないだろうか、と思い出す。試しに〈魔力感知〉を使ってみると……エルフの反応はない。
だが、その代わりに、とある狭い倉庫の中に、ぎゅうぎゅう詰めにされた五十人を優に超えるヒューマンの反応を感知した。
なんだ、これ?
倉庫へ近づくと、素行の悪そうな男が二人、見張るように立っている。どう見ても怪しい。
俺は透明化して接近し、まず外の二人には〈熟睡〉をかけて眠ってもらった。そしてそのまま、倉庫の中へ潜入する。
中には、鞭を持った男が二人。そして、五十人以上の子供たちが怯えた様子で集められていた。
(十歳から十五歳の子供か。男子十五人、女子三十九人、計五十四人。これは誘拐なのか?)
俺が状況を把握しきれずにそのまま観察していると、鞭を持った男の一人が口を開いた。
「もう少ししたら奴隷商が来る。それまでおとなしくしてろ。コイツみたいになりたくなけりゃな」
視線の先には、鞭でズタズタにされ、倒れている少年がいた。かなりの回数、打たれたのだろう。
もう一人の男が、呆れたように言う。
「お前、こんなにボロボロにしたら商品にならねぇだろ。奴隷商もさすがに買わねぇぞ」
「まぁ、そのときゃその辺に捨てりゃいいさ。お前らもおとなしくしてりゃ、運がよけりゃ貴族の奴隷になれるんだぜ? 孤児のお前らにゃ、夢みたいな話だろ。俺たちは助けてやってんだ。感謝しろよ」
男たちは、下品な笑い声を上げた。
――なるほど。悪役確定だな。
俺は二人にも〈熟睡〉をかけ、手早くロープで手足を縛ると、透明化を解いた。
「ああ、驚かせてごめん。君たち、この男たちにさらわれて、ここにいる……で合ってる?」
俺の問いに、一人の少女が代表して答える。
「はい。突然連れ去られて、ここに集められました。その男の子も、助けてもらえませんか?」
話を聞くと、倒れていた少年は、少女が男たちに襲われかけたところを庇い、そのせいで鞭打たれたのだという。
「〈完治2〉」
少し過剰かもしれないが、これをかけておけば問題ないだろう。
ほかの子供たちの様子も確認すると、意外なことに、ひどく汚れてはいない。どうやら誰かが〈洗浄〉を使えるようだ。
「うっ……」
鞭で打たれていた少年が目を覚ました。だが、俺の姿を見るなり飛びかかってくる。
「てめぇ! その子から離れろ!」
俺が軽くかわすと、
「その人は助けてくれたの! だから落ち着いて!」
少女が少年に抱きつき、必死に止めた。
「元気そうでよかった。特に問題もなさそうだな」
「あ、あれ? そういえば、俺、ケガしてたはずじゃ……?」
「この人が治してくれたのよ!」
ようやく少年も状況を理解したらしい。
少年の名はカイン。正義感の強さが顔に出ている。
少女の名はエマ。この状況でも笑顔を忘れず、周囲を励ます健気な子だ。どうやら、この二人が五十四人の子供たちをまとめていたようだった。
「ところで、この中に帰れる場所がある子はいるのかな?」
カインが首を振る。
「いや、全員孤児だ。いろんな理由で孤児院がなくなったやつばかりで、誰も帰るところはない」
「そうか……少し待っててくれ」
俺は外で見張りをしていた男二人と、中で鞭を振るっていた二人、合わせて四人を倉庫内で拘束し直すと、エルマに〈念話〉を飛ばした。
『エルマ、すまない。緊急事態だ。海沿いの倉庫まで来てくれ。子供を五十四人、保護した』
『はぁ!? そんな人数、どうすんのさ?』
『とりあえず屋敷に転移させる。一緒について行ってくれないか。まともなものを食べてなさそうなんだ』
『わかった。すぐ行くよ』
念のため、緊急用の転移魔法陣を屋敷に設置しておいて正解だった。
俺はリンファにも〈念話〉を送る。
『すまない、緊急事態だ。子供を五十四人保護した。屋敷に転移させるから、とりあえずリビングに集めておいてくれ。俺もすぐ戻って、部屋を用意する』
『五十四人ですか……承知しました。受け入れ準備をしておきます』
その後、エルマ、宿屋の母娘マリサとサリナ、食堂の母娘アリシアとリサの五人、そして保護した五十四人の子供たちを倉庫から屋敷へと転移させた。
最後に俺は、人身売買組織の男四人を拘束したまま連れ、同じく屋敷へと転移したのだった。




