099 王都の店舗と新たな客車
翌日。
やはり朝から発情した女王の相手をして、アストラニアへと戻った。
少し遅くなった朝食を済ませ、ぼんやりと考え事をしていると、メイド長姿のリンファが静かに近づいてきた。
「アレス様、何かお悩みですか?」
「ああ、ちょっとな。〈緋桜の守人〉の三人をどうしようか考えていたんだ」
新しく仲間になった〈緋桜の守人〉だが、やはりスキルのレベルアップと必要なスキルは渡しておきたい。
ただ、そうなると手段はどうしても、いつものやつになってしまうわけで。
「もしかして、スキルの件でしょうか?」
「ああ。できれば早めに渡しておきたくてね」
「それでしたら、何も問題はありません。すでに彼女たちはローテーションに組み込まれております」
「……え? マジで?」
すでに本人たちも同意しているという。
いつの間に、と思いながら話を聞くと、ローテーションの存在を知らされた三姉妹は、自分たちから参加を希望したらしい。
俺が彼女たちの相手をしたのは、オークキング討伐後の“治療”のときだ。かなり前のことだと思うが……。
まあ、本人たちが望んでいるなら問題はないか。
ちなみに《万紫千紅》のローテーション管理はリンファが担当しているそうで、俺の都合が悪い日や、相手を指名したい場合は〈念話〉で連絡すれば調整してくれるらしい。
それは正直、かなり助かる。
***
リビングのソファに腰を下ろし、紅茶を飲みながら今日の予定を考えていると、ふと視線の先でエヴァルシア商会の四人――オルヴェナ、フィーネ、ソフィア、イリナが、テーブルいっぱいに地図のようなものを広げて話し合っているのが目に入った。
聞こえてくる断片的な会話から察するに、どうやら新しく購入した店舗について相談しているらしい。
少し興味を引かれ、邪魔になるかとは思いつつも声をかけた。
「ああ、話の途中ですまない。新しい店舗の話をしているようだが、何か問題でもあるのか?」
商会長のオルヴェナが、少し困ったような表情で答える。
「ええ。立地は申し分ないのですが、建物があまりにも古くて……。改装するにも修理箇所が多すぎるんです。かといって建て直すとなると、時間もお金もかかりますし」
なるほど。
それなら、完全に俺の得意分野だ。
「ああ、それなら任せてくれ。新品同様にするどころか、どこにもない店舗にしてやる」
「本当ですか、アレスさん! では、今すぐ行きましょう!」
そう言うや否や、オルヴェナは俺の左腕にがっしりと抱きつき、逃がさないとばかりに引っ張り始めた。
……この人、商人として優秀だが、勢いが怖い。
「ここですわ! アレスさん!」
案内されたのは、王都の繁華街でも特に賑わっている一角だった。
その角地に立つ、年季の入った三階建ての建物が、今回購入した店舗らしい。
「確かに立地は最高だな……ただ、建物がだいぶくたびれている」
外壁には隙間があり、これでは天井からも雨漏りしているだろう。
「どうにかなりそうですか?」
心配そうな声色とは裏腹に、オルヴェナの目は「絶対に何とかしろ」と雄弁に語っていた。
やはり、この人怖い。
「ああ、問題ない。少し待っててくれ」
そう言って、俺は建物全体を〈空間魔法〉で包み込み、何度も使ってきた〈修復(空間)〉を発動する。
一気に、建物は新築同然へと生まれ変わった。
「す、すごいですわ! 一瞬で新築に……!」
喜びのあまり、オルヴェナが俺の肩をバンバン叩いてくる。
正直、地味に痛い。
「オルヴェナ、まだ終わってない。ちょっと待ってくれ」
そう言って、俺は一階の外壁を、柱を残してすべて取り払った。
「ちょっと! アレスさん、何をなさるんですか! 八百屋をやるわけじゃありませんのよ!? 壁を全部なくすなんて!」
今度は怒りを込めた肩バンバンが飛んできた。
「だから、まだ途中だって。落ち着け」
俺は以前に読んだ〈タクオの書〉と〈トミサクの書〉――元の世界の技術書から学んだ“強化ガラス”の組成を思い出し、集めていた元素を使って〈合成(空間)〉で生成する。
形状は単純なので、加工も〈合成(空間)〉だけで十分だ。
「この強化ガラスを壁として設置すれば……ほら。外から中が見える、どこにもない店舗の完成だ」
「……すごいですわ、アレスさん!」
一転して褒め称えられ、今度は頬へのキスが止まらない。
「おい、落ち着けオルヴェナ。ここ繁華街のど真ん中だぞ?」
「あら……私としたことが」
入口のドアも強化ガラス製にしておいた。
この時点で、エヴァルシア商会の王都店舗はすでに多くの視線を集めていた。これが話題にならないはずがない――間違いなく、注目の店になるだろう。
「ドア自体はここまで作っておいた。あとはルビナに頼んで、設置と鍵をお願いしてくれ」
強化ガラス部分は作れるが、細かな金具までは、さすがに俺の専門外だ。
「承知しましたわ! すぐにルビナさんを呼びます!」
……仕事中だろうに、俺のせいで呼び出される形になってしまったな。
ただ、オルヴェナの話によれば、ドルガンの『ブラスアーム鍛冶工房』はすでに直接販売をやめており、今後は製作に専念するため、販売は完全にエヴァルシア商会へ委託しているとのことだった。
ほどなくして、〈念話〉で呼び出されたらしいルビナが到着した。
「へえ、ガラスの壁にガラスのドア? 王都じゃ前例ないでしょ。これはやりがいがあるわね!」
ルビナは鼻息荒く腕まくりし、さっそく作業に取りかかった。
やる気十分で何よりだ。
「オルヴェナ、俺はもういいか? 他にも用事を思い出してな」
「ええ。準備が整いましたら、またお願いすることになると思いますわ。その時も、よろしくお願いしますね」
にこやかな笑顔だったが、俺には「便利な男を確保した」という視線にしか見えなかった。
今後は、できるだけ見つからないようにしたほうがよさそうだ。
◇
続いて俺は木工工房で箱馬車を一台購入し、必要な道具を揃えて《万紫千紅》の屋敷へ戻った。
箱馬車の内部を〈空間拡縮〉で拡張し、20LDK・トイレ・風呂付きにするのは、いつもの作業だ。
さらに〈合成(空間)〉でミスリルの長い棒を作り、曲げ、切断し、結合しながら、箱馬車全体を覆うフレームを形成していく。
最後に、持ち上げるための取っ手をミスリルで作って完成だ。
この箱馬車は通常の馬車としても使えるが、主目的はドラゴン形態の俺が運ぶための客車である。
背中に直接人を乗せるには人数制限もあり、落下の危険も高い。
エルマやターリアたちから「国内各地で食材や布を買い付けたい」と言われていたこともあり、安全な輸送手段が必要だと考えたのだ。
完成後は王都の外でドラゴン形態になり、実際に持ち上げて強度と使い勝手を確認した。
後になって〈重量軽減〉を使えばミスリルでなくても強度は十分だったと気づいたが、せっかくなのでそのままにしておく。
◇
その日の夕食後、商会の女性四人――オルヴェナ、フィーネ、ソフィア、イリナが、以前のダンジョン踏破で得たスキルを、全員が使えるようにしてほしいと言ってきた。
確かに、
〈値切りの極意〉 商品購入時、価格を一割から三割値引き可能。
〈売上話術〉 会話中、顧客の購買意欲を上昇。
〈契約眼〉 契約条項の不備や不利な点を見抜く。
〈駆け引き〉 対話中に相手の心理を読み、有利に交渉。
これらは全員が持っていたほうが、商人としての戦力は大きく向上するだろう。
「この手のレベルがないスキルなら、指輪などに付与して使えるようにできる。〈鑑定[8]〉みたいにレベルのあるスキルは、一部の能力だけ付与できるか、まったく付与できないかのどちらかだが、今回のスキルなら――」
「「「「直接、私たちにください!」」」」
……まあ、望むならそうするが。
その夜、四人それぞれに不足しているスキルを渡すことになったのだが、なぜか全員そろって俺の部屋にやってきた。
「ひとりずつ順番でよかったんだけどな……」
結局、四人まとめて相手をすることになった。
ついでに、宿屋の娘サリナから複製していた、
〈観察眼〉 人の様子や行動から隠れた情報を察知。
これも全員に追加で渡しておいた。




