097 女王の姪と赤き三姉妹
翌日。
その日からルビナは鍛冶の仕事を始めることになっていたため、俺、ルビナ、ターリアの三人は早朝から出発し、アストラニア王国王都アルトヴィアへと戻った。エルセリオン王国王都エルドラスをかなり早い時間に発ったおかげで、アルトヴィアに到着したころには、まだ朝食前の時間帯だった。
そのまま屋敷で朝食を取り、ルビナはドルガンのいる『ブラスアーム鍛冶工房』へと出勤し、ターリアは服飾職人の母娘と服作りの研究を始めた。
食後、紅茶を飲みながら今日の予定を考えていたところで、リーファリアの女王――フィオレルから〈念話〉が入った。
『アレス、うちの姪がそなたを探しておる。知り合いじゃったとはのう』
『え? 女王様の姪、ですか?』
『そうじゃ。名はフィリシアという』
ローレリン魔道具店の店主、フィリシアさん!?
そういえば、フィリシアさんはリーファリアへ向かっていた……すっかり忘れていた。
それにしても、彼女が女王様の姪? ということは、貴族なのか?
『なぜそんな方がアストラニア王国に?』
『婚約者の男がかなりのわがままでな。フィリシアは怒って家出したのじゃ。ここに戻ってきたのは三十年ぶりじゃぞ。今は城に来ておる。アレスもすぐに来るのじゃ』
『承知いたしました……』
急いで準備を整え、俺は“アリス”の姿になって転移魔法陣でリーファリア王城へ向かった。女王とフィリシアさんは談話室にいるとのことだ。
王城のメイドに案内され、談話室へ足を踏み入れる。
そこには女王フィオレルとフィリシアさん、そしてフィリシアさんを護衛してきたBランク冒険者パーティ〈緋桜の守人〉の三人が立っていた。
この三人のことは、よく覚えている。ギルドの依頼で女性パーティのオークキング討伐を手伝った際、〈蒼薔薇の刃〉の次に共闘したのが、〈緋桜の守人〉だった。
全員が赤い髪の三姉妹で、しかも“治療”を三人同時に頼まれかけたため、強烈な印象として記憶に残っている。
俺の一番近くに立っているのが、アリエル・フレイムブラッド。
三姉妹で冒険者として名を連ねる中で、自然と先頭に立つ存在――長女にして、パーティのリーダーだ。
年は二十六。百七十二センチほどの長身はすらりと伸び、背筋の通った立ち姿に隙はない。肩口で揺れる赤い髪は炎を思わせる深い色合いで、知性を感じさせる端正な顔立ちと相まって、どこか近寄りがたい雰囲気すら漂わせていた。
胸元だけを守る革鎧に赤いショートパンツという大胆な装いだが、視線を集めるのは肌の露出ではない。無駄のない所作と引き締まった体躯が醸し出す、冒険者としての完成度そのものだった。
職業はシーフ。戦闘になれば迷いなく両手にショートソードを抜き、二振りの刃を手足の延長のように操って、鋭く、速く、的確に敵を切り裂く。
その隣に立つのが、ナディア・フレイムブラッド。
三姉妹の次女であり、姉とは異なるかたちで人の目を惹きつける存在だ。
年は二十四。百七十五センチという高身長に、しなやかな体躯。魔術師らしからぬ存在感を放っている。肩にかからない長さで切りそろえられた赤いボブヘアは軽やかで、その下から覗く整った顔立ちは、微笑ひとつで小悪魔めいた印象を与えた。
赤を基調とした魔術師の服は身体のラインに沿うように仕立てられており、動くたびにしなやかな曲線を強調する。とりわけ三姉妹で最も恵まれた胸元は否応なく目を引くが、本人は気にした様子もなく、自信に満ちた佇まいを崩さない。
戦闘では土魔法を操り、大地を隆起させ、土の槍で敵を穿つ。姉や妹の動きを支える、戦場の要だ。
そして、一番奥に控えるように立っているのが、セリーナ・フレイムブラッド。
三姉妹の末妹でありながら、その姿を前にして彼女を年少者扱いできる者はまずいない。
二十二歳にして身長は百八十九センチ。女性としてはひときわ恵まれた体格を誇る。肩にかかる赤い髪は、元の世界でウルフカットと呼ばれていた髪型に近く、無造作ながら不思議と荒々しさを感じさせない。
整った顔立ちは美人と呼ぶにふさわしいが、性格は控えめで、普段は姉たちの一歩後ろに静かに佇んでいることが多い。
赤を基調とした部分鎧に身を包み、武器は大剣。刃幅は広く、正面から構えれば盾代わりになるほどの代物だ。それを軽々と振り回す膂力は常人の域を超えており、戦闘が始まれば巨大な刃が唸りを上げて戦場を薙ぎ払う。
三姉妹はいずれも女性としては背が高く、とりわけ三女セリーナの大きな体躯と、バカでかいグレートソードの存在感は別格だ。
そのため、アストラニア王国王都アルトヴィアの冒険者ギルドで、彼女たちを知らぬ者はいない。
三人は名が示す通り本来、フレイムブラッド男爵家の令嬢だが、政略結婚に反発して家出し、冒険者になったという少々変わった経歴の持ち主でもある。
部屋に入って女王フィオレルと目が合うなり、彼女は即座に口を開いた。
「おお、“アリス”の姿で来たのか。はようフィリシアに発情抑制の指輪を渡して、“アレス”に戻らんか」
女王フィオレルは、俺が秘密にしていたことを、フィリシアさんと〈緋桜の守人〉の前であっさりと暴露した。
「女王様、一応その件は内密にって話してましたよね?」
「フィリシアは身内じゃ。問題なかろう?」
「〈緋桜の守人〉の三人は?」
「ついでじゃ」
ひどい。あまりにも横暴だ。
「いっそ〈緋桜の守人〉も《万紫千紅》に入れてしまえばよい。それで何も問題なかろう?」
……理屈としてはそうだけど、後始末を丸投げされるのは納得いかない。
俺は〈賢者時間〉の魔法陣を刻んだ指輪を、とにかく着けてほしいとフィリシアさんに頼み込み、装着してもらったあとで“アレス”に戻った。
「「「「アレス君!?」」」」
その場にいたフィリシアさんと〈緋桜の守人〉の三姉妹が声を揃えて驚く。
フィリシアさんが聞いてくる。
「ど、どうしてアレス君が女の子になってたの!?」
……ほら、こうなると天空人の説明もしないといけないんだよな。
俺は恨みがましい視線を女王に向けつつ、自分が天空人であること、天空人に近づくとエルフの女性が発情してしまうこと、ここへ来るときは魔法で女性に変わっていることを説明した。
すると〈緋桜の守人〉のリーダー、アリエルが口を開く。
「さっきの女の子って、《屍滅の聖女》のアリスでは……?」
「そうです。“アリス”としても冒険者登録しています。〈緋桜の守人〉の皆さんは俺の秘密を知ってしまったので、できれば――」
「「「《万紫千紅》に入るわ!」」」
……いや、黙っててほしいって言おうとしたんだけど。
なぜか三人とも前のめりで加入を宣言したため、俺は渋々、それを了承することにした。




