6・傍若無人の悪女様-2
私は、スラム近くの孤児院にやってきていた。アマネセル王国の王都クレスタのなかで、もっとも劣悪な環境の孤児院だ。
ここは、『聖女シエロ』でシエロとセリオンが十一歳から十三歳まで暮らした場所なのだ。物語の中では、シエロがここで発見された際、あまりの不遇な扱いに公爵家が怒り廃止される孤児院である。
ちなみに、シエロはまだ孤児院には収容されていない。
セリオンもノクトゥルノ公爵家にいるため、ここに収容されることはないだろう。
私はここを支配することにした。
万が一シエロが孤児になった場合に備えるのだ。いち早くシエロを確保、シエロの生家メディオディア公爵家に恩を売ろうという算段だ。
あわよくば、孤児院自体を悪の組織の養成機関にしてしまおうともくろんでいる。
(イービスとの婚約話が出る前に、悪女としての悪評を轟かせないとね)
私としては婚約できないように家族を説得するつもりだが、原作補正がかかったら困る。
いくらノクトゥルノ公爵家が婚約を推し進めようとしても、マニャーナ公爵家や世間が反対すれば成立しない。そのために、『デステージョと結婚したらヤバい』というイメージを確立するのが一番だ。
そんなわけで、「孤児院を支配し子どもを虐待する悪女デステージョ」になることに決めたのだ。
(それに、悪役といったら三人組だもの。頭脳はセリオン、お色気担当の私、あとは肉体派をそろえたいところよね)
ともくろみ、護衛を十人ほど引き連れて、執事とともにやってきた。
荒れ果てた孤児院を見て、執事も護衛も引いている。
しかし、私は驚かない。
(なぜなら、前世で私が住んでいた部屋のほうが酷かったから!!)
掃除もままならないほど働きづめの毎日。転がるペットボトルに、固形栄養食の空き袋。せんべいのように潰れたクッションは布団の代わりになっていた。
思い出しただけでもゾッとする。
私は表情ひとつ変えず、ツカツカと孤児院長室へと向かった。
バーンと扉を開くと、そこではソファーの上に寝転がり寛ぐ孤児院長がいた。
私は執事に向かって、顎をクイと上げてみせる。すると執事は金貨の入った布袋を手渡した。
私はそれを手に持つと、ソファーに寝転がっていた孤児院長の顔に落とした。
ガシャンと鈍い音がする。
「っ! なんだ! てめぇ!!」
孤児院長がばっと跳ね起きた。
そして、護衛に囲まれた美しい少女を見てウッとひるむ。
「ここにあらせられますのは、ノクトゥルノ公爵家がご息女、デステージョ様にございます」
護衛のひとりが仰々しく答え、私は満足げに腕を組みツンと顔を上げた。
孤児院長はそのオーラに押され、思わず「ははー」と床にひれ伏した。
(さすが完全無欠の悪女パワー……。ちょっと怖い……)
思いつつも表情には出さない。
「これから、この孤児院は私が支援するわ。とりあえず、その金貨をやるから、足りない物を整えなさい」
不遜な態度で命じると、孤児院長は慌てた。
なぜなら、この孤児院は闇の組織とつながって、人身売買が行われているのだ。貴族の支援など受け、その事実が明るみに出るのは困るはずだ。
「そんな! ええっと、そんなわけには、あの、もったいないお言葉なんですが、こんな汚いところの孤児にはもったいないというか、ここは掃きだめで……」
しどろもどろになる院長に、私はヒソと耳打ちする。
「人身売買をしてるでしょう? 知ってるわよ」
院長はヒッと息を呑んだ。
「咎めようと思っているわけではないわ。私に売ってほしいのよ」
私が意味深に伝えると、院長はゾッとする。
「……ど、どういうことですか……?」
「私の手足となって働く子がほしいの。そんな子を育ててくれたら、高く買うわ。教育に必要な経費は私が持つわ。できる?」
提案を聞き、院長はゴクリとつばを飲み込む。
「できないと言ったら……」
「頭をすげ替えれば問題ないわよね? 散々、いろいろ、してきたようだし? 明日にでも憲兵に捕まればいいじゃない」
「そんなこと、できるわけ」
「できないと思うならどうぞ?」
院長は顔を上げて私の背後を見る。険悪な顔をして警戒する護衛。余裕な面持ちの執事はなにを考えているか悟らせない。さすがノクトゥルノ家に勤めるだけはある。
「ノクトゥルノ公爵家の令嬢はまだ十歳だと聞いているが……」
院長はゴクリとつばを飲み込んだ。
「ええ。そのとおりよ」
「信じられない胆力だ」
院長はあえぐようにつぶやく。
「こいつは生まれながらの悪女だ……」
私がチラリと流し目を送ると、院長はピッと居住まいを正した。
「いえ、悪い意味で言ったんじゃありません。スラムの中で生きてきた俺ですら、これほどの悪女にはお目にかかったことはない。感心しているんです」
院長は膝を立て、デステージョに頭を下げた。
「仰せのままに。デステージョ様」
「あら、素直なのね。あなた、名を名乗りなさい」
「俺の名はレオ」
「では、最初の依頼よ。レオ。町を巡回し、孤児を見つけたら片っ端から連れてきなさい」
「ああ。ほかの奴らに攫われる前にってことだな?」
私は意味深な顔でうなづく。こうしておけば、シエロの発見も早くなるだろう。
「上玉がほしいからね。目を光らせておくのよ?」
「わかった」
「あと、この孤児院の中で、一番手がつけられない乱暴者をひとり引き取るわ」
慌てたのは執事である。
「お嬢様! 突然、なにをおっしゃるのです!?」
「私の遊び相手がほしいのよ。なにしても大丈夫な子。貴族の子だとそうはいかないでしょ?」
私の言葉に、執事は顔をしかめた。
「お嬢様、なにをなさるおつもりで……」
「うるさいわね」
私は軽くひと睨みして執事を黙らせる。
レオはほくそ笑みながら、孤児院長室から出ていった。
しばらくして連れてきたのはひとりの少年だった。
「こっちはテレノ、うちで一番の馬鹿力です」
そうやって紹介されたのは、大型犬のような少年だ。短い煉瓦色の髪は跳ねている。瞳も同じく煉瓦色だ。
紹介されている今の時点でも、キョロキョロと落ち着かない。首根っこを捕まえられているのは、どこかへ飛び出していきそうな危なっかしさがあるからだろう。
「お嬢様と同じ十歳くらいです。まぁ、正確な年はわかりませんが」
私はテレノを見て、瞑目した。
(あー……、この子、シエロのナイトじゃない……)
セリオンとニコイチでシエロを守るサブヒーローである。作中で三人は孤児院で出会い絆を深めていくのだ。
テレノは、孤児院の中でも問題児で嫌われ者だった。そんな彼に平等に接したのがシエロとセリオンである。その恩義を感じたテレノは、シエロが公女となったあとも、彼女を慕い続けた。そしてテレノは、彼女を守るべく彼女の剣となるのだ。そして、シエロを狙う悪の手から守り、命を失うことになる。物語の中のデステージョも散々邪魔されていた。
(物語としてはドラマチックな展開だけど、シエロに出会わなければ、死なずにすんだんだものね……)
私は少し不憫に思う。
「気に入ったわ。うちに連れて帰って」
レオは手もみして喜ぶ。厄介者を押しつけられたと思っているのだろう。
「あと、子どもたちには清潔な衣類を用意しなさい。たっぷりと食事をとらせること。すぐに、建築家を呼ぶから壊れたところを直しなさい。また浴場も作らせるわ。お金はいくらでも出すけれど、横領は許さないわ。会計士を入れるから資料を用意しておきなさい」
私が言うと、テレノは驚いたようにキョロキョロと周囲を見回す。
「また来るわよ。次来たときにできていなかったらレオはクビ。私の選定した者を院長に据えるから覚悟なさい」
私は言い捨てると、院長室をあとにした。
意味がわからないテレノは護衛たちに引っ立てられ、ノクトゥルノ公爵家へ連れていかれた。