50・完全無欠の悪女様-2
(ああ……。セリオンもシエロを好きだったかもしれないのに、私、喜んでしまったわ……)
胸が痛み、申し訳ない気分になる。
思わずションボリすると、セリオンが私を見て切なげに眉間に皺を寄せた。
「やっぱり、悲しいですか?」
セリオンに問われて私は小首をかしげた。
「なんで?」
「イービス様とは昔から……」
「ああ、そうじゃないわ」
私は鼻で笑って手を振った。
「ではなぜ、そんな顔をしていたのですか?」
問われて、少し口ごもる。
「……なんて言うか……。セリオンも……テレノも……、シエロと仲が良かったから……、傷ついたかな? って」
私が言いにくそうに言うと、セリオンは目を見開いた。
「ボクとテレノが、シエロ様を好きだと思っていらしたんですか?」
「……ええ」
セリオンとテレノはプッと噴き出した。
「そんなことありません」
「ないないないないー」
テレノが笑いながら否定する。
「だって、三人で盛り上がっていることよくあるでしょ」
私が唇を尖らせると、ふたりは顔を見合わせた。
「あれは……」
セリオンは言いよどみ、テレノが即答する。
「デステージョ様の話だよ」
「私の話?」
「うん! シエロ様もデステージョ様が大好きだから!」
テレノがニッと笑った。
「……ああ……そう……」
私は脱力した。
「じゃ、ふたりとも失恋とかではなくて」
「普通に喜んでるよ。な?」
テレノはセリオンに目配せすると、セリオンは無言でうなづいた。
「なーんだ。心配して損したわ」
私は脱力して思わず笑ってしまう。
(そっか、セリオンはシエロを好きじゃなかったのね)
そう思うと、なぜか清々しい気分になり、私はグイと飲み物を飲み干した。
私のグラスが空くのを待っていたかのように、男子学生たちが周囲に跪いた。
「デステージョ様! 私とダンスをお願いします!」
「いえ! 私はこの度侯爵家の跡継ぎと指名されました。私とダンスをお願いします!」
「ボクはアカデミーへの進学が決まっています!!」
差し出された数々の手に私は面食らう。
チラリとカサドールを見るが、彼はフロアでダンス中だ。
「……え、っと……? あの、悪女と呼ばれる私とダンスなんて家門に傷がつきましてよ?」
そう断ろうとするが、彼らは引かない。
「なにをおっしゃいます! 孤児たちを自立に導き」
「シエロ嬢を救い」
「学園の膿を出したお方を悪女と呼ぶ人などおりません!!」
力説され、私の背筋にダラダラと汗が落ちる。
(そんな馬鹿な! デステージョは『完全無欠の悪女』のはずなのに!!)
私は助けを求めるようにセリオンとテレノに目を向けた。
ふたりはニヤニヤしている。
「ちょっと、ふたりともなにを笑っているのよ!」
「いやー、悪女なんて言ってるのデステージョ様だけだからさ」
テレノが笑う。
私はバッとセリオンを見た。
セリオンは肩をすくめる。
「ということですよ。賢く美しい公女様、諦めて自己評価を改めてください。皆さん、デステージョ様をパートナーに迎えたいのですよ」
セリオンはサラリと答えた。
私は吠える。
「じょーだんじゃないわよ!!」
そして、ドレスの裾をたくし上げた。
「私はこれにて退散しますわ。皆様舞踏会をお楽しみください!」
そう言って脱兎のごとく逃げ出した。
魔法を使った私の俊足についてこられる者などいない。
私はホールを飛び出して、学園の屋根に逃げる。
濃紺色に広がる夜空には、砂金のような星々が散らばっていてまるでセリオンの瞳のようだ。
ホッとして落ち着く。
「はー……。とんでもない目に遭ったわね。でも、ここまで追いかけてこれない相手なんて、私のパートナーに相応しくないわ」
ハンと鼻で笑う。
「デステージョ様」
名を呼ばれ振り向くと、そこにはセリオンが飄々とした様子で立っていた。
「あ、セリオン」
セリオンにすれば、これくらい朝飯前なのだろう。
セリオンは月を背にして微笑んだ。
「やっぱりここまでこれるのはセリオンくらいのものね」
私が笑うと、セリオンは私の前に跪いた。
「ボクはどこだってついていきます」
切なげな声が夜風に流れる。
雲が月を遮る。
暗闇の中に、セリオンの瑠璃色の瞳だけが輝いている。
ドキドキと心臓が高鳴って、私は困惑した。
(なんなの!? 何度も言われてきた言葉なのに、今夜だけは特別な意味に聞こえちゃう……)
冷たい夜風が頬を撫で、顔が赤らでいることに気づかされた。
なにも答えられない私に、セリオンは悲しげに微笑んだ。
「ご迷惑でしょうか?」
私はとっさにブンブンと頭を振った。
セリオンがいない生活など考えられないからだ。
「迷惑なわけないわ! 嫌がってもそばにいてもらうわよ!」
フンと鼻を鳴らし、照れ隠しでそっぽを向くと、セリオンが立ち上がる。
幸せそうに微笑む姿が可憐で見蕩れる。
セリオンは手を伸ばし、夜風になぶられた私の髪を耳に掛けた。
冷たい指先が、私の熱い耳に触れた。
バクンと心臓が跳びはねる。
(……これって――)
思った瞬間、ズルリと足をすべらせた。
「ぎゃぁ!!」
「デステージョ様!」
屋根をすべり落ちそうになる私の腕をセリオンが取る。
「危ない!」
ふたりで転がるように屋根の上をトトトトとくだりおりる。止まりたいのに止まれない。
「いやぁぁぁ! セリオン手を放して! このままじゃ一緒に落ちちゃうわ!」
「放すわけないでしょう!」
私が言えば、セリオンは答える。
「なに言ってんの! 見捨てなさいよ!」
「そっちこそ、なに言ってるんですか!」
私たちは言い争いながらも止まれない。屋根が途切れてふたりで宙に飛び出した。
「! 落ちる!」
「デステージョ様!」
セリオンは叫ぶと、眼下に魔法陣を描き私を抱きしめる。力強くて美しい魔法陣が広がり、私たちはその上に落ちて、ボヨンと跳ねる。
ボヨン、ボヨンとふたりで抱き合ったまま跳ねて、思わず顔を見合わせた。
セリオンが私を見てなじる。
「なんで、魔法を使わないんですか」
「……とっさで忘れてたわ……」
私が答えるとセリオンはプッと噴き出した。
「もう本当に……。デステージョ様のそばは飽きないですね」
「まさか、一緒に転げ落ちるとは思わなかったわ……」
私は呆れつつも笑ってしまう。
雲が途切れ、満月が魔法陣で浮く私たちを照らし出す。
セリオンは晴れ晴れとした顔で微笑んだ。
「一蓮托生ですよ。デステージョ様」
地面には、私たちの影が闇にまみれて落ちている。
「後悔してもしらないから」
私が笑うと、セリオンはもっと悪い顔で微笑んだ。
了
本編完結いたしました。
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