49・完全無欠の悪女様-1
そして、今日はオラシオン学園の学年度末舞踏会である。
オラシオン学園では、卒業後に社交界へ羽ばたく生徒たちのために、舞踏会の経験を積むべく学年の終業式に合わせ、舞踏会が開かれるのだ。
いつもは制服姿の生徒たちも、この日ばかりはドレスアップする。
私のエスコートはカサドールだ。セリオンとテレノは、エスコートをしてほしいという申し込みが来ていたようだが、すべて断ったらしい。
私は漆黒のドレスに深紅の刺繍のいかにも悪女というデザインのドレスを選んだ。デステージョの抜群のスタイルを生かすべく、胸の大きさも腰の細さも強調している。こういったデザインがデステージョにはよく似合うからだ。
(素材を生かさないとね)
カサドールは文句を言いたげだったが、「お兄様に釣り合いたかったの」といったら目尻を下げて黙った。
カサドールのスーツも漆黒で、タイは深紅だ。タイピンなどは私に贈ってくれたジュエリーとおそろいのアレキサンドライトである。
学園の大広間には生徒たちが集まっていた。
ぞくぞくとカップルになった生徒たちが入ってくる。
ワッと歓声が上がり、入り口に目をやるとイービスとシエロの登場である。
(さすが、物語の主人公カップルね)
キラキラしたエフェクトがかかり、大輪の白バラを背中に背負っているようだ。
シエロのドレスは、スカイブルーの生地に銀糸のレースが施されていた。銀糸はイービスを意識しているのだろう。
イービスは白いスーツで小物はシエロの瞳と同じスカイブルーにそろえている。
(あの宝石はブルーダイヤかしら? 高そうね)
私は物欲しそうにイービスを見た。
「デステージョ様、イービス様に見蕩れているのですか?」
セリオンに尋ねられ、思わず「はぁ?」と声が出た。
「違うわよ。あのタイピン見た? あれブルーダイヤでしょ? あんな大きいの見たことないわ。きっとすごく高いわよ」
私が答えると、セリオンは苦笑いした。
「また、下世話な」
「なんだ、デステージョ。ブルーダイヤがほしかったのか? あれよりも大きい物を俺が買ってやるぞ」
カサドールが言う。
「いえ、お兄様からいただいたアレキサンドライトのほうが素敵です」
私の胸元を飾るネックレスは、カサドールが用意した物だ。王国で一番大きなアレキサンドライトで作られていて、たぶん、ここにいる誰よりも高価なジュエリーである。光の加減で色が違って見えるこの宝石は、ダイヤモンドよりも希少なのだ。
私がニッコリ笑うと、カサドールは満足げに胸を反らした。
「それもそうだな!」
ただし、イービスのブルーダイヤは好きな人の瞳の色で、私のアレキサンドライトは兄からの贈り物なので、リア充的勝敗は決している。
(イービスもちゃんとシエロを誘えてよかったわね)
私は母の気分だ。
音楽が始まった。
「さ、行くぞ。デステージョ」
カサドールが手を差し出す。
私はその手を取ってダンスフロアへ出て行く。
すると、私たちに注目が集まった。
「カサドール様よ」
「お相手に誰を選ぶのかと思っていましたが、デステージョ様でしたのね」
「納得のおふたりですわ。カサドール様は妹君を溺愛されていますから……」
「文化祭で犯人を拘束するときのカサドール様、とても頼もしかったですものね」
「私もあんなふうに守られたいわ」
令嬢たちの声が聞こえる。
(まぁ、面倒くさい兄ではあるけれど、カサドールは格好いいものね)
イービスとは正反対の男らしい魅力があるカサドールだ。男性人気が高いのはカサドールのほうである。
「デステージョ様もやはりカサドール様だったな」
「カサドール様ならしかたがない。勝てる気がしないからな」
男子生徒の言葉に、カサドールはご満悦のようだ。
私たちは競技ダンスのように、フロアーを縦横無尽に踊る。カサドールも私もダンスは得意だ。兄妹だけあって何度も一緒に踊ってきたため、つい本気になってしまうのだ。甘い雰囲気もなく、無言でガツガツと踊る。
私たちがリフトを決めると、会場にどよめきが起こった。
ドヤ顔で、セリオンを見ると ヤレヤレとでも言いたげに首を横に振っている。
(なによ! 上手にできたでしょ!?)
私はムッとして、ターンを二回転決めフィニッシュする。
賞賛の歓声に包まれて、私たちは大満足である。
「……デステージョ様と踊るにはあれくらいの技術がなくてはダメなのか?」
ボソリと男子生徒の声が聞こえて、やりすぎだったと気がついた。
(ま、いいわ。知らない人と踊るのも面倒だし)
私がフロアーから捌けると、カサドールの回りには女生徒たちがワラワラと集まってきた。
「では、お兄様、お楽しみください」
そう言って、その場から離れる。
すかさずセリオンが飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう。セリオン」
「あんなふうに踊ったらお疲れでしょう?」
セリオンは呆れたように笑っている。
「カサドール様はダンスも上手だよね」
テレノは憧れるようにカサドールを見ていた。
「そうね。運動に関することはなにをやらせてもそつなくこなすわね」
「オレもあんなふうになりたいな」
「なれるわよ。テレノなら」
私は答える。原作では、文化祭の混乱でなくなっていた命だ。それが今日まで元気でいてくれる。きっとテレノにも新しい未来が待っているのだ。
フロアにイービスとシエロが現れた。ふたりは私たちとは違い、優雅にフロアを旋回する。
青空色のドレスが広がって、回りが甘い空気に包まれた。
初々しいカップルのダンスは、こちらまで温かい気持ちになる。
お互いしか見えないように見つめ合うふたり。世界はふたりのためにあるかのようだ。
音楽が終わり、ふたりは互いに礼をした。
すると、イービスがシエロの前に跪き、手を取り手の甲に口づける。
「っ! イービス様!?」
「シエロ嬢。今日だけのパートナーではなく、これからもパートナーでいてくれないか?」
そう言って、小箱を差し出し蓋を開ける。
なかにはブルーダイヤモンドの指輪が入っていた。
私はそれを見て目を見張った。
(あれって、漫画の最後にイービスがシエロに贈る指輪!!)
シエロはポロリと涙を零してうなづいた。
「ありがとうございます! イービス様!!」
ホールに、冷やかすような口笛と歓喜の叫びが広がった。
気を利かせた楽団が、祝福の曲を奏で始める。
イービスは指輪を取り、シエロの薬指に嵌めた。
拍手喝采の中、ふたりは再び踊り始めた。
イービスとシエロの恋愛が進展しないから気を揉んでいたのだが、漫画の最終ページとまったく同じシーンだ。
(これで、漫画のエンディングを迎えたということね)
私はホッとして、ふたりを祝福し拍手する。
ふとセリオンを見ると、眩しそうにシエロを見ていた。




