48・無事安穏の悪女様-2
温室の中は温かく、降り注ぐ日差しがセリオンを照らしている。先ほどの冷たい表情が嘘のように、穏やかな顔をしていた。セリオンはランチボックスを開いて、甲斐甲斐しく昼食の準備をしてくれる。
(さっきの冷たいセリオンとは大違い。こういう姿を見ると、いい父親になれそうなのよね……)
そして想像する。セリオンと同じ濃紺色の髪の小さな子どもたちが、彼にまとわりついて困らせている様子を。
(子どもを魔法陣であやしてやるのかしら? 一緒になって教えるのかも。男の子でも女の子でもきっとかわいいわよね)
思わずニマニマと頬が緩んでしまう。
「なんですか?」
セリオンが照れたように微笑んで、私は幸せで胸がいっぱいになった。
「んー? セリオンて面倒見がよくて、よい父親になれそうよね」
私は思ったことをなにも考えずに口にすると、セリオンは面食らったような顔をした。
「ボクが父親ですか?」
「ええ」
セリオンは泣きそうな顔をした。
「無理ですよ。あんな父の血を引いてるんです。子どもなんて望んではいけない」
あえぐようにつぶやいて、凍った顔でむりやりいびつな笑顔を作った。
彼の父は、妻を殺し子も殺そうとしたのだ。
(たしかに、セリオンの気持ちもわかる。私も前世の母を思い出すと、自分に親になる適性なんてないとも思う)
視線を落とすセリオンの頭を私はヨシヨシと撫でた。
「セリオンはその痛みを知ってるわ。だから自分がされて嫌だったことは絶対にしないでしょ?」
私はそう信じたい。
セリオンはオズオズと顔を上げた。
「……そうなので……しょうか?」
「それにお母様の血も引いてるわ。それまで否定するの?」
セリオンは力なく頭を左右に振る。
「父親の半分だって、お祖父様とお祖母様のものよ。そのお祖父様の血だって、さらにうえの人たちの半分だし。ドンドンドンドン遡っていけば、自分の先祖なんて星の数ほどいるわよ。その中にはいい人も、悪い人もいる。ノクトゥルノ公爵家なんて処刑された悪人も多いわ。私はその人たちの血を引いている。けど! 悪い血だけが受け継がれるわけじゃないでしょ。私の悪行をその人たちのせいにするつもりなんてないわ! 私は私がやりたくて、やってるんだもの!」
セリオンはプッと噴き出した。
「デステージョ様らしいですね」
「なによ、馬鹿にするの?」
「いいえ」
笑いつつ、セリオンは割り切れないような顔をしている。
「それでも心配なら私が止めてあげるわ」
「デステージョ様が?」
「ええ、だって、セリオンに似た子なら絶対絶対可愛いもの! 私が守ってあげるわよ」
私がドヤ顔で答えると、セリオンは顔を真っ赤にした。
「……そう、です……か……。ボクの子をデステージョ様が?」
「そうよ。だから心配せず結婚なさい。家族ごとノクトゥルノ公爵家で面倒見るわよ」
私が答えると、セリオンは椅子の背もたれにもたれかかる。
「……あ、そういう感じですか……」
セリオンは座り直すと、呆れたように長いため息をついた。
「なによ。問題ある?」
「いいえ」
「文句ありそうだけど?」
「いいえ。さっさと食べましょう。冷めてしまいます」
セリオンが食事を促す。
「たしかにね。保温用のランチボックスも開発しようかしら? それで学園に卸すのよ。ガッポガッポじゃない?」
私がニヤリと笑うと、セリオンは肩をすくめた。
「デステージョ様は、どうしてそんなにもうけようとするのです? 公女様であればお金など不自由しないでしょうに……」
「でも、私結婚できないじゃない? 家はお兄様が継ぐでしょうし。だから老後の資金は貯めとかないとね」
「結婚できない? なぜ?」
「だって、身分的に釣り合うのはイービスぐらいでしょ? 彼はシエロ様と結婚するだろうし。格下の家門で『完全無欠の悪女デステージョ』なんて持て余すわよ。だから、どこかに領地でも買って自由気ままに生きるのよ! 国外でもいいわね」
私が未来展望をワクワクしながら答えると、セリオンは笑った。
「では、ボクはどこまでもついて行きますね」
「本当? セリオンが一緒なら安心だわ」
私が喜ぶと、セリオンは幸せそうに微笑んだ。
私たちが昼食を頬張っていると、テレノが温室に駆け込んできた。
「もう、温室の周りを男子生徒がウロウロしてたから、追い払ってきたらこんな時間になっちゃった。はぁ……、お腹空いた!」
テレノはドカッと椅子に座ると、乱暴にランチボックスを開いて食べ始めた。
「男子学生を追い払うって……。別にここは私たちのものではないでしょう?」
私は呆れる。
「だって、あいつらデステージョ様狙いだよ! 絶対、ダメ。オレより弱いなら、カサドール様より弱いし!」
「私狙いなわけないでしょう? 完全無欠の悪女デステージョよ?」
私が手を振ってカラカラと笑うと、セリオンとテレノは顔を見合わせた。
「デステージョ様がさぁ、そう思いたいんだったらそれでもいいけど」
「自己評価と他者評価がかけ離れているのも考えものです」
呆れたような目を向けられる。
私は意味がわからず小首をかしげた。
「まぁ、いいです」
「だな」
ふたりは勝手に納得したようだ。
「では、デステージョ様はどなたと舞踏会に行かれるのですか?」
セリオンが尋ねる。
「お兄様以外いないでしょ。お兄様以外を選んだら、死人が出るかも知れないし」
私が即答すると、ふたりは笑う。
「たしかにそうですね」
「それな!」
笑い声が響く温室で、私たちは昼食を食べ終えた。




