47・無事安穏の悪女様-1
学園裁判が閉廷し、学園には平和な空気が戻ってきた。
パハロスは当然のごとく懲戒免職され、フィロメラと取り巻きの令嬢は退学となった。
彼女たちは、アマネセル王国の法で罰せられ、辺境の修道院に送られることになった。また、私へ慰謝料を払われることになった。
(はー、慰謝料という名の不労所得、最高ね!)
私はこの結末にご満悦である。
私の髪を、冬の風が爽やかに撫でていく。
私は、セリオンとテレノを連れて学園の温室に向かっていた。テレノの両手は、彼の分と私の分のランチボックスで塞がっている。
学食では、食堂内で食べない生徒たちのために、ランチボックスを用意してくれているのだ。
私たちは今日、温室で昼食をとることにした。なぜなら、今まで一緒に食事をしていたシエロとイービスが、いい感じになっており、お邪魔のように感じたからである。
(そろそろ、学園の舞踏会のパートナーを決める時期だから、イービスがソワソワしてるのよね)
両片思いだということは誰の目にも明らかなふたりなのだ。
(シエロを誘いやすいように席を外してやったんだから、きっちり決めなさいよね! イービス!)
そう思いながら歩いていると、テレノが呼び止められた。
「あ、あの! テレノ様っ!」
同じ学年の女生徒である。
顔を真っ赤にしている様子から、舞踏会のパートナーのお誘いだろう。
「なに?」
テレノは気がついていないのか、いつもの人なつっこい笑顔で答える。
女生徒は言いにくそうにチラリと私を見た。
「テレノ、私たちは先に行ってるわよ。その子の用事がかかりそうなら、こっちには来なくてもいいわ」
私が言うと、テレノは子犬のような目を私に向けた。
「え? デステージョ様! オレはデステージョ様の護衛だし」
「今は一介の学生でしょ? それにセリオンもいるから心配しないで」
私が答えると、テレノはシュンとした顔になる。
セリオンはテレノが持っていた私の分の昼食をサッと取り上げた。
「デステージョ様の心配はしなくていいから」
「じゃ、テレノ、ごゆっくり~」
私たちはテレノをおいて温室へ向かった。
「テレノ、きっと舞踏会のお誘いよね。どうするのかしら?」
私はセリオンに尋ねる。
テレノの好きな子などは聞いたことがないが、男同士なら少しはなにか聞いているのではないかと思ったのだ。
「さぁ」
しかし、セリオンは素っ気ない。
セリオンもテレノも恋愛に興味がなさそうでさっぱりしているのだ。
(……っていうか、お兄様も浮いた話を聞かないけれど、大丈夫? みんなそれなりにモテているはずなのに)
私は少し不安になる。
カサドールは身分も高く、武術にすぐれ魔法の力も強い。過度なシスコンが目をつむれるほどに優良物件で、もちろん憧れる女生徒も多い。
テレノは人なつっこい性格で、男女ともに人気だ。先日の文化祭で、私のためにカサドールとともに共犯を捕らえたことで、いっそう評価が上がり、身分は低いが逆に婿養子ねらいの令嬢には人気が高い。
セリオンは保護魔宝石の一件で、注目の人物となり、アカデミーの教授や、高位貴族たちから手元に置きたいと熱望されている。もちろん女生徒にも、能力が高いのにおごらず、クールなところが格好いいと騒がれているのだ。
(にもかかわらず、だーれも浮いた話を聞かないのよねぇ……。なんでなのかしら?)
首をかしげながら温室に向かっていると、また女生徒たちの集団がやってきた。
「ごきげんよう、デステージョ様。……あの……」
私に挨拶をすると、女生徒たちはチラリとセリオンを見た。
(きっとこの子たちも舞踏会のお誘いに来たのよね。セリオンてテレノと違ってとっつきにくいから、みんなで誘い合ってきたんでしょう)
私はそれになぜかモヤッとする。
テレノよりもずいぶんと多い人数だ。セリオンはモテるのだろう。美しくて優秀なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
(なによ、この変な感じ……)
そう思いつつ、セリオンを見た。
「セリオンに用があるみたいよ?」
「ボクは用がありません」
ピシャリ、セリオンが答える。
女生徒たちは皆、泣きそうな表情でセリオンを見上げた。
「ちょっと、セリオン、話を聞いてあげなさいよ」
私はワタワタと慌てた。きっとこの女生徒たちは勇気を振り絞って声をかけたに違いないのだ。それなのに、話すら聞いてもらえないのは気の毒である。
セリオンは「ハァ」とあからさまなため息をついた。
「なんですか」
棒読みで女生徒たちに尋ねる。
(セリオン、こっわっ!)
私には見せない冷たい態度に背筋が凍る。
女生徒たちは青ざめつつチラリと私を窺い見た。
(私がいたら話しにくいわよね)
私はその視線の意味を悟り、セリオンの手から自分のランチボックスを奪った。
「私は先に行ってるわ」
そう告げて背を向ける。重いはずのないランチボックスが嫌に重い。比例するように胸まで重くなった。
「っ! デステージョ様! ひとりでは危ないです!」
「危なくないわよぉ」
ヘラヘラと笑って答える。なぜだが、テレノへ行ったように『こっちへ来なくていい』とは言えなかった。
(とはいえ、告白されるのでしょうから、それを横で見ていられるほど面の皮は厚くないわ)
足早に温室へ向かっていると、セリオンがあとを追ってきた。
「待ってください!」
「ちょっと、セリオン、彼女たちはどうしたのよ」
「別にどうもしません。ボクはデステージョ様が優先です」
「あのね、学園内で身分はないの。あなたは護衛じゃなくて学生なのよ?」
私が軽く睨むと、セリオンはムッとしたように答えた。
「わかっています。ボクは護衛じゃなくて学生です。わかってないのはデステージョ様でしょう」
セリオンがボソリとつぶやいて、私の頭に『?』がとんだ。
「どういう意味よ」
「そのままの意味です。自分で考えてください」
セリオンが私のランチボックスを取り上げると、なぜか胸まで軽くなる。その軽さにつられるかのように、口角が上がった。
「よくわからないけど、終わったならいいわ。行きましょう」
「はい」
私たちは温室へ入り、中にあるテーブルセットに腰掛けた。




