43・半死半生の悪女様-3
「そして、私が目覚めたと学園長に伝えてください。体調が戻ったら復学できるよう手続きをお願いします」
デステージョ様が言うと、カサドール様は血相を変える。
「あんなに無礼で危険な学園に戻る必要などない! お前は強い魔力を持っているし、学ぶべきものもない。しかも、我がノクトゥルノ公爵家の公女だ。学園を卒業していないからといって、なんの差し障りもないだろう!」
「たしかにお兄様の言うとおりですわ」
「だったら……」
「でも、このまま私がやめたら、私を追い出したかった人たちの思うつぼだわ。それは癪ではなくて?」
デステージョ様はそう妖美に微笑んだ。
ボクは思わず見蕩れ息を呑む。
テレノは顔を赤らめため息をついた。
カサドール様はゴクリと息を呑んでうなづく。
「わかった。お前の言うとおりにしよう」
デステージョ様はそれを聞き、今度は幼げに小首をかしげた。
「ありがとう。お兄様。頼りにしているわ!」
その一言で、カサドール様はメキメキとやる気を出す。
「では、早速行ってくる!」
そう宣言し、鼻息荒く寝室から出ていった。
デステージョ様は肩をすくめて微笑んだ。
「さて、セリオンにお願いがあるの」
デステージョ様は拳を突き出し、ボクの前で開いた。その手のひらの上には、以前ボクが渡しておいた保護魔宝石があった。
黒ずみ汚れているが、もともとは透明な石だったはずだ。
「これは……」
「あのとき、呪いが入っている気がして先に呑み込んだのよ」
デステージョ様がいたずらっぽく笑う。
ボクは劇中でのデステージョ様の不自然な動きとセリフを思い出した。
「あの『退屈な人生』とアドリブで欠伸をしたとき、呑み込んでいたんですか!?」
「そうなの。きっとここに、その呪い入りの飲み物が吸収されているはずよ。これが、イービスが保全している証拠と一致すれば、証拠になるでしょう?」
ニヤリと微笑むデステージョ様に、ボクはフツフツと怒りがわいてきた。
「呪い入りだとわかって飲んだんですか?」
「ええ。だってセリオンの保護魔宝石があったから死ぬことはないでしょう?」
自信満々にドヤ顔を向けられ、ボクは怒りをそがれてしまう。
それだけボクの力を買ってくれたことはうれしい。命を預けられるほど信頼されているとは思っていなかったからだ。
浮き立つ気持ちを隠すように、窘める。
「死んだらどうするんですか!?」
「死ななかったじゃない?」
飄々と答えるデステージョ様に疑心が生まれる。
(もしかして、この人は呪いの内容までわかっていた――?)
デステージョ様ならありえる。なんでもお見通しだからだ。
「……もしかして、仮死状態になったのは自ら……?」
ボクが疑いの目を向けると、デステージョ様は目を逸らした。
「まさか! 本当に!?」
「……あの、いや、だって。ムカついたんだもの。ちょっと、相手をビビらせてやろうかなーって……」
モジモジと言い訳する。
「「デステージョ様!!」」
ボクとテレノが思わずハモる。
「どれだけ心配したと思ってるんだよ!」
テレノが怒り泣きつつも、デステージョ様に抱きついた。
素直に動けるテレノが羨ましいと思いつつ、ボクは小言しか出てこない。
「本当です。どれだけみんなが心配したと……! カサドール様も公爵ご夫妻も、クラスメイトの皆さんもみんな心配して……!! なんで、先に相談してくださらなかったんですか!!」
「セリオン、ごめんなさい! 許して?」
デステージョ様は慌てた様子でボクに謝るが、ひねくれ者のボクは拗ねた態度しかとれない。
無言でそっぽを向くばかりだ。
「ね? セリオン。本当にごめんなさい。ほら、こっちに来て、セリオン」
怒鳴るボクに、デステージョ様は両手を広げた。ハグをねだるジェスチャーだ。
「っ、ボクは……」
「いいから。私を抱きしめて。セリオン。生きてるって実感したいのよ」
デステージョ様の言葉に、ボクはオズオズと従った。
テレノに重なるようにして、ボクはデステージョ様を遠慮がちに触れた。
するとデステージョ様がギュッとボクを抱きしめ返してくれる。
そこで、心の中のなにかが決壊した。
「……デステージョ様……」
「うん」
「デステージョ様……もうボクをおいていかないでください」
「ごめんね、セリオン」
声が鼻声になる。頬に流れる涙はこんなにも熱いのだと知った。
泣くなんていつぶりだろう。
父を殺して奴隷落ちになって以来、ボクは泣いたことなどなかった。
ボクの背中をデステージョ様がポンポンとはたいた。
ひとしきり泣いたあと、ボクが手の甲で涙を拭うと、黒い手袋に涙がしみた。




