42・半死半生の悪女様-2
「お前の命は、あの魂召喚の儀式の日に消えてもおかしくはなかった。それが生き延びられたのはデステージョのおかげだ。デステージョが死ぬならば、お前も死ね」
そう言われ、ハッとする。
(たしかにそうだ。デステージョ様と一緒に死ねるなら、そちらの方がきっと幸せだ)
ボクとデステージョ様には、大きく隔たる身分の差がある。
あと数年の内に、デステージョ様は名のある貴族のもとに嫁がれるだろう。そのときボクは、一緒に連れていってもらえるかもわからない。
(……いや、それは建前だ。山賊に攫われたときに思い知ったじゃないか。ボクはデステージョ様に主従を超えた思いを抱いている)
デステージョ様は公女で、他国の王族とも結婚できる人だ。将来は最低でも、高位貴族の妻となる。
対するボクは奴隷のなかでも最下層の奴隷落ちだ。平民ですらない。本来ならお姿を見ることすら恐れ多い人なのだ。
この世で結ばれることはないだろう。
デステージョ様の幸せを願うなら、望んではいけないことだ。
だから考えない。考えてはいけない。そう思って押さえ込んできた。
(でも、デステージョ様がいない世界なら、生きていたってしかたがない)
ボクの世界に差し込んできた一筋の光。
並び歩むことは叶わなくても、その背を支えたかった。
それだけが生きる意味だった。
「殺してください」
ボクは答えた。
「は? なにを言っている。本気だぞ?」
カサドール様が眉を顰める。
「ボクも本気です」
「やめろよ、やめてください。ふたりともぉ……」
テレノが涙声で訴える。
「デステージョ様がいない世界に生きる意味はないから」
ボクが答えると、カサドール様がギリと奥歯を噛みしめた。
そして、剣を持ちなおす。
ボクはそれを見て、静かに瞼を閉じた。
すると、ボクの服が弱々しく引っ張られた。
「……馬鹿なこと……言ってるんじゃないわよ……」
かすれた声。耳に馴染んだ声。求めていた声。
ボクらはバッとベッドを振り返った。
そこには不機嫌そうに顔をしかめたデステージョ様が横たわっていた。
デステージョ様は、口元に手を当てゴホゴホと咳き込むと、一息つきボクを睨みつける。
「セリオン、二度とそんなこと言ったら許さないわよ」
ボクは奇跡を見て硬直する。頭が混乱し、どうしていいのかわからない。
「デステージョ!」
カサドール様は叫び剣を落とした。そして、ベッドに駆け寄りデステージョ様を抱きしめた。
テレノも同じくベッドに縋り付き、声をあげて泣く。
「デステージョさまぁぁぁ!!」
ボクはその様子を他人事のように見つめ呆然とする。
視界に映るデステージョ様が歪んで見える。
「……声は聞こえていたわよ、お兄様。……前にも言ったでしょ……あれは間違った魔法陣なんだから勝手に儀式をおこなっていたら一生恨むわ」
デステージョ様がかすれ声でカサドール様を窘める。
「だが、デステージョ。俺はそれでもお前を失いたくなかったんだ」
「言い訳はしないで。お兄様は私より自分の気持ちを大切にしただけじゃない」
ピシャリとはねのけ、抱きしめているカサドール様を押し、距離を取った。
「デステージョ……、俺のことを怒っているのか。もう嫌いになったのか?」
カサドール様は蒼白になりポロリと涙を零した。
デステージョ様はギョッとしたような顔を向ける。
「ちょっと怒ってるわ。でも嫌いにならないわよ。お兄様。ほら、泣かないの!」
「デステージョ……」
「いいから、私を起こしてよ。お兄様」
デステージョ様がねだるように言うと、カサドール様は壊れ物でも扱うように、ユックリと優しく彼女を起こした。
半身を起こしたデステージョ様は、ボクを見て微笑んだ。
「セリオン、儀式をよく断ってくれたわね。私のことを尊重してくれてありがとう……。でも、自分の命は大切にして」
ボクはなにも答えられず、ただただ、呆然とするだけだ。涙すら出てこない。
デステージョ様はユルユルと手を伸ばし、テレノの頭をクシャクシャと撫でる。
「デステージョ様……! オレ……オレ……」
「心配かけたわね」
デステージョ様の慈愛に満ちた声に、テレノは涙で濡れた顔を上げた。
「心配した。心配したんだ!」
「そうね。ごめんなさい。お兄様も、セリオンも、心配してくれてありがとう」
デステージョ様は照れたようにはにかむ。
「早速だけど、現状はどんな感じ?」
デステージョ様は好戦的な瞳をボクに向けた。
ボクはデステージョ様が寝ていたあいだに起きたことを説明する。
「デステージョ様が舞台で倒れた瞬間から、学園内は大混乱です。イービス様が、小道具のカップを回収し現場の保全をしてくれました」
ボクの言葉にテレノが乗っかる。
「オレはカサドール様と一緒に、毒物を入れた生徒を探して捕まえたよ!」
ボクは小さく肩をすくめた。
「しかし、やり方が少し性急で乱暴だったため、反感を買っています。身分の差のない学園内で横暴な所業だと」
ボクの言葉に、カサドール様はムッとする。
「しかたがないではないか! 逃がすわけにはいかないからな! それに、少しの悪名など恐れるにたらん」
「……あー、オレ、少しだけ、学園の物、壊した」
テレノは言いにくそうに付け加える。
デステージョ様はそれを聞き噴き出す。
「まぁ、そうなるでしょうね」
デステージョ様が怒っていない様子で、テレノはホッと安心したようだった。
「驚いたのはシエロ様です。シエロ様はその場でデステージョ様の解毒を試み、聖女の力を覚醒させました。そのおかげで、デステージョ様の体に毒は残ってないのですが……」
「逆にそのせいで、目覚めないお前のことを自作自演だという者が出てきている」
カサドール様が続けて説明する。
「舞台の上で毒を飲んだふりをして排斥したい相手に冤罪を押しつけているとな」
デステージョ様は苦笑いをする。
「まぁ! そんなことをしてなんの得になるわけ?」
その問いに、カサドール様が目を逸らした。
「得、というか……」
モゴモゴと言いよどむ。
しかたがないので、ボクが答える。
「……実は、カサドール様が毒を入れた者を、学園の許可なくノクトゥルノ公爵家へ拉致しており……。女生徒に冤罪をかけ拉致するための自作自演と噂されています。そこで、生徒会の権限で、デステージョ様が復帰する際には学園裁判が開かれることになりました」
「あぁぁ……。学園裁判なんて前例はないでしょう?」
デステージョ様が長く長くため息を吐き出した。
学園裁判とは、学園内の秩序を乱した者を退学にするか決める裁判である。規則として定められているが、実際に開かれたことはない。
「私が自治を乱そうとしていると、噂を流している人物がいるというわけね」
「すまない。デステージョ。しかし、犯人を逃がすわけにはいかないだろう?」
「拉致はやりすぎです。もといた場所に返してきてください」
デステージョ様はピシャリと命じた。
カサドール様は肩を落とした。




