41・半死半生の悪女様-1
「セリオン、テレノ。会ってやってくれ」
ノクトゥルノ公爵様に言われ、ボクはデステージョ様の寝室に入った。
ここは、ノクトゥルノ公爵家のデステージョ様の寝室である。
デステージョ様が文化祭の劇の途中で倒れてから、二日間仮死状態のまま目覚めていない。
倒れたデステージョ様を寮においておくことはできないと、ノクトゥルノ公爵家へ戻ってきたのだ。ノクトゥルノ公爵は、国一番の医師を呼び寄せ診察させたが、デステージョ様の治療方法はわかっていない。
テレノはまっしぐらにデステージョ様のベッドに駆け寄った。
「デステージョ様!!」
テレノの大きな声にすら、デステージョ様は反応しない。
美しい寝顔を見て、テレノの瞳に涙がブワリと盛り上がった。
ボタボタと涙を流し、エグエグと嗚咽する。
「デステージョ様ぁ……! 早く、目、さま、しっ、て……。オレ、犯人、つかまえ、た、から……! ねぇ、褒めてよぉ……!」
テレノはデステージョ様のベッドの脇に膝をつき、泣き崩れた。
ボクはそれを見て自嘲する。
「ボクは、一番そばにいたのに、またなにもできなかった……。ボクは役立たずだ」
つぶやくボクのふくらはぎをテレノがガシリと掴む。
「そんな、こと、ない!! デステージョ様、お前がすぐ助けに行ったから、死ななかったって、お医者さん、言ってた! 頭を守って魔力を送り込んでくれたからだって!」
「でも」
テレノはボクの足を掴む手にギュッと力を込める。
「命を救ったのはセリオンだ! 役立たずって言うな!!」
涙を流しながらボクを見上げてくるテレノ。
「痛いよ……テレノ……」
「役立たずって言うな!!」
「テレノ」
「言うなよぉぉ!!」
テレノは泣きながら叫ぶ。
「オレたちが役立たずなら、デステージョ様がオレたちにしてくれたこと全部無駄みたいじゃないか!! そんなこと言うな!! そんなことない!!」
テレノの爪がギュウギュウとふくらはぎに食い込んでくる。
痛くて熱くて、それがテレノの苦しさのようにも思えた。
「……ごめん」
ボクはテレノに謝罪した。
「後悔するよりも、できることしなくちゃいけなかったね」
ボクは天蓋付きのベッドに眠るデステージョ様の手を取り、魔力を送り込んだ。
「目を覚ましてください。デステージョ様……」
しかし、相変わらず反応はない。
「ただ眠りについているだけだなんて信じられない……」
体に異常はないとの見立てだが、目覚めないのはどう考えてもおかしい。
穏やかに横たわるデステージョ様は、まるで眠り姫のようだ。
美しく、儚い。もともと美しい人ではあるのだが、日頃の言動を知っている者からすると、デステージョ様は儚さとは真逆のイメージだった。
彼女を悪く言う人々は、「完全無欠の悪女」と呼んだのだ。そして、デステージョ様本人も否定しなかった。
(危なっかしいところはありつつも、誰よりも強く賢い人だったから)
今まで何度も危険な目には遭った。しかし、それらを解決し自分の利にする人だった。ただやられるというのは考えにくい。
「デステージョ様……。これもすべてデステージョ様の思し召しだったのですか?」
ボクの問いかけに、眠るデステージョ様は答えない。
ボクはデステージョ様の手を撫でる。
「デステージョ様……。目を覚ましてくれないのですか……?」
「デステージョ様、早く目を覚ましてよ。変な噂が立ってるんだ。このままだと、犯人たちの思うつぼだよ」
テレノもデステージョ様の手を取る。
しかし、デステージョ様は目を覚まさない。
「デステージョ様……」
ボクはもう一度魔力を送り込む。
そのとき、寝室の扉が乱暴に開かれた。そこに立っていたのは、息を切らしたカサドール様だった。
「デステージョは目覚めたか!」
ボクらはフルフルと頭を振った。
すると、カサドール様はツカツカと歩いてきて、デステージョ様の顔をのぞき込んだ。
「……綺麗な顔だな……」
ボソリとつぶやく。
そして、カサドール様はボクを見た。
「このまま目覚めないのなら、魂召喚の儀式をおこなう。準備は整った」
ボクは驚き息を呑んだ。
「それは……あのときの……?」
「そうだ。あのときは失敗しかけたが、今回はセリオン、お前がいる。お前なら正確な魔法陣を描けるだろう?」
カサドール様はジッとボクを見つめた。
魂召喚の儀式とは、デステージョ様が幼いころ、カサドール様がボクを生け贄にしておこなった禁忌の魔法だ。
ボクはそのときデステージョ様に救われて、以降、ボクの命は彼女に捧げた。
「しかし……」
ボクは言いよどんだ。なぜなら、この儀式には生贄が必要だからだ。
そして、デステージョ様は生け贄を必要とする禁忌の魔法を忌み嫌っていた。
「生贄は毒入りの飲み物を用意した女を使う。責任を取ってもらわなければな」
カサドール様は悪役その者の顔で笑った。
「そんなこと、デステージョ様が望むでしょうか?」
ボクが尋ねると、カサドール様は笑った。
「デステージョの気持ちなど俺には関係ない! 俺がデステージョをよみがえらせたいだけだ」
カサドール様は言い切った。
「お前たちはどうだ?」
そう言って、ボクとテレノを見た。
「オレも! オレも、デステージョ様に怒られてもいいから、デステージョ様に帰ってきてほしいよ……」
テレノは迷わない。
しかし、ボクは逡巡する。
(でも、デステージョ様は自分のために誰かが犠牲となったと知って、苦しまないだろうか? あのとき、ボクを助けてくれたデステージョ様なら、そんなことを絶対に望まない)
カサドール様は怪訝そうにボクを見た。
「セリオンは反対なのか? デステージョがこのままでいいと思ってるのか!」
「違います! ただボクは……ボクは、デステージョ様が嫌がることはしたくないんです」
ボクが答えると、カサドール様はスラリと剣を抜いた。
そして、その切っ先をボクの喉元に突きつける。
「そうか。では、協力しないなら殺す」
地を這うようなカサドール様の声。
テレノが慌てて、カサドール様の腕を握った。
「さすがにそれはダメだ! 別にほかの魔導師にやらせればいいだろ!?」
カサドール様はテレノを蹴り倒す。
「ほかの魔導師には無理だ。実際、以前の儀式では失敗した。我が家で一番の魔導師はセリオンだ。セリオン抜きで成功するとは思えない」
そう言って、ボクを見た。デステージョ様と同じ、青色の瞳は凍てつく氷山のように輝いている。
ボクは思わず固唾を呑んだ。




