40・絶体絶命の悪女様-3
舞台は順調に進んでいく。
私がシエロを切るシーンも問題なく成功した。
その際に舞台から観客席を見ると、フィロメラの取り巻きのひとりが慌てて外に出て行くのが見えた。
テレノがあとは確認してくれるだろう。
私が悪女役の第一の見せ場を終え舞台袖に戻ると、セリオンは厳しい顔をして迎えてくれる。
「やはり、フィロメラ様のようですね」
私はそんなセリオンを見てホッと安心し、頬が緩む。心配してくれるのがうれしいのだ。
「見てた? あとはテレノがなんとかしてくれるでしょう」
セリオンは無言でうなづいた。
「さて、悪女の山場はあとひとつ! 無事に劇を成功させましょう!」
私は心配顔のセリオンの背中をポンと叩いた。
そして、悪女の最後のシーンがやってきた。
私は舞台の上で、陶器のカップを見た。なかには黒々した飲み物が入っている。
(すごい見た目。前世のコーラみたいね。この世界に来てから見たことはなかったけれど、存在していたの? 売れるんじゃない?)
思わず商魂たくましく考えてしまい、気を引き締める。
(は! そうじゃない! 今は舞台中よ。集中しなきゃ)
劇のなかで、ヒロインたちに追い詰められた悪女は、最後にこの毒を飲んで自殺する。ヒロインたちは自分たちの手を汚さず、大団円を迎えるというわけだ。
(最後の出番をサクッと終わらせましょ)
私が、陶器のカップに触れた瞬間、目前に警告画面が広がった。
【警告! 毒『感覚麻痺・幻覚』・呪い『錯乱』混入】
思わずビクリと体が硬直する。
(なにこれ……! 本当に毒が入っているの? ターゲットはシエロじゃなくて私だったってこと!? セリオンが小道具は見張っていたのに……。飲み物を運ぶ侍女役が、毒を混ぜたわけね)
魔法陣の構造はレシピ化できるが、呪いの構造はデステージョの力があっても無理のようだ。
(完全無欠の悪女だけあって、毒の耐性は強かったはず。あとは呪いの耐性だけど、そのあたりは不明なのよね)
私はなに食わぬ顔をして、カップを取った。そして、見せつけるように観客席に掲げてみせる。
(それにしても舞台上で私を錯乱させようとするなんて、いい度胸じゃない! 受けて立ってやるわ!! さあ、どちらが勝つか勝負よ! フィロメラ!!)
私はシナリオにはなかったセリフを付け足した。
「ああ、なんて退屈な人生!」
そう言って手首のブレスレットを引きちぎる。
そうして、保護魔宝石の一粒を隠し持ち、毒入りの飲み物に忍び込ませた。
「こんな世界、私から見限ってやるわ!!」
そうして、私はグイと毒入りの飲み物と保護魔宝石を一緒にあおった。
湿布のような独特の香りがして、口の中で炭酸が弾ける。
(コーラじゃないわ。ルートビアみたいな味ね。ってことは、この毒はサッサフラスかしら?)
私は感心しつつ、セリオンを流し見た。
グラリ、視界が歪む。グズグズと足の力が抜けていく。観客席のお兄様が立ち上がるのが見えた。
悲鳴が上がる。
講堂に混乱が起こる。
私が床に倒れこむ前にセリオンが飛び出してきて、私を抱きしめた。
「デステージョ様!? デステージョ様!! しっかりしてください!!」
今にも泣き出しそうな顔をして、セリオンがのぞき込んでくる。
(こんなに心配するなんて……)
ズキリと心臓が痛む。
「だ……い、じょう、ぶ……。しんぱい……」
心配しないで、と続けようとしたけれど舌が上手く回らない。
セリオンを安心させようとして、頬に手を伸ばしそうとするが、途中で力尽きる。ダラリと腕が落ちた。
(思ったより……早い……かも……)
心音がだんだんと弱くなり、体温が下がる。
「デステージョ様! しっかり!! 誰か! 医者を!! 毒を盛られたようです!!」
セリオンが蒼白な顔をして私を揺さぶる。
「この場所を保全しろ! 証拠を消されるな!」
イービスの怒鳴り声が響く。
ドタバタとした足音が舞台を駆けていくのが聞こえる。
「デステージョ様!! 今浄化します!!」
シエロが慌ててやってきて、私の前で手を組んだ。
オーロラのような光がシエロから放たれ、聖女として覚醒したのがわかる。
(シエロ……綺麗ね……。覚醒できて……よかった……)
私はそれらを遠い世界のことのように感じながら、瞼を下ろした。
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