39・絶体絶命の悪女様-2
「あー……。やんなっちゃうわ……目立つの好きじゃないのに……」
ぼやく私にセリオンが衣装を着せつけ、メイクを施す。
「テレノ、小道具の剣を持ってきて」
ヒロインを切りつけるための剣をテレノに運んでもらう。
剣を持ってきたテレノは険しい顔をしていた。
「デステージョ様、これ本物だよ」
「はぁ?」
私が驚くと、テレノは鞘からスラリと剣を抜いた。そして、自分のハンカチを空に投げると剣で切る。
ハンカチは見事に真っぷたつになった。
私たちは無言で顔を見合わせる。
(まさか、原作のデステージョと同じことをしようとしているの!?)
ずっと避けてきたにもかかわらず、原作と同じ設定になってしまっている。デステージョは悪女として舞台に上がり、小道具の剣は本物に変わっていた。
(これが原作補正ってわけね)
私は眉間に皺を寄せた。
「……さすがにこれは嫌がらせの域を超えているわ」
「皆の前でデステージョ様にシエロ様を傷つけさせ、イジメの罪をなすりつけるつもりでしょうね」
セリオンが冷静に分析する。
「っ! なんだよ! 許せない!! デステージョ様! 犯人をひっ捕まえてきてやる!!」
憤慨するのはテレノだ。
「ちょっと待って、テレノ。とりあえず、劇が終わるまでは秘密にしていてほしいの」
「なんでだよ!」
「このことをシエロが知ったらショックを受けるわ。それに、文化祭を楽しみにしてきたみんなに水を差したくないもの」
私の答えに、テレノは不満顔だ。
「泣き寝入りなんてデステージョ様らしくない」
「私が黙っていると思ったの? 終わったらすべてにけりをつけるつもりよ」
ウインクすると、テレノはパッと表情を明るくした。
「そうだよね! じゃ、オレがすることは……」
「まずは、小道具の剣を見つけ出し、誰が入れ替えたか突き止めろ」
セリオンが指示を出す。
いつもより固い雰囲気なのは、怒っているからだろう。
(あーあ……。セリオンを怒らせちゃったわよ。犯人さん、ご愁傷様……)
私は心の中で、両手を合わせた。
「セリオンはシエロの小道具を確認してくれない? なにか危険なものが仕込まれていたらいけないから」
「はい。わかりました。デステージョ様は?」
「私は予定どおり演技をするわ」
「では、ボクはサポートに回ります。劇中でなにかあったら、必ずボクに知らせてください」
「ええ。頼りにしてるわ」
セリオンは満足げにうなづいた。
テレノが小道具の剣を持ってくる。安全なことを確認して、私は自分の腰に剣をつけた。
(悔しいけど、今の流れは原作と一緒になってしまっているわね)
原作の場合は、デステージョが独断で小道具を本物に変え、シエロに襲いかかる。イービスとセリオン、テレノに押さえ込まれるなかで、デステージョは悪魔化しテレノを殺すのだ。
それまではデステージョを許そうとしていたシエロだが、さすがに許されるはずもなく、聖女として悪魔となったデステージョを拘束し、断罪するのだ。
(間違ってもテレノを殺したくはないわ)
私はテレノに命じる。
「テレノ、犯人が見つかっても舞台中は講堂の中に入らないでちょうだい」
「なんで?」
「あなたには講堂に入ってくる者を見張ってほしいの」
「わかった」
「よろしくね」
そして、テレノの背中をポンと叩き保護魔法をかけた。
「さあ、行くわよ!」
私は気合いを入れて、控え室から舞台袖へ向かった。
舞台袖ではすでにイービスとシエロがいる。
「緊張します……」
涙目になるシエロの手を取り、さりげなく保護魔法をかける。
「たくさん練習してきたから大丈夫よ」
「! はい!」
舞台開始の案内があり、講堂の幕が開いた。
シエロが舞台に飛び出していく。
すると、イービスが声を潜め尋ねてきた。
「今、シエロに保護魔法をかけなかったかい?」
「緊張していたから、ちょっとしたおまじないよ。イービスにもかけてあげましょうか?」
私が茶化すように言うと、イービスは眉を顰めた。
「シエロ嬢がらみでまたなにかあったんでしょう。私にも共有してくれないか」
イービスは意外に察しがいいのだ。
私は肩をすくめる。
シエロの安全を考えるとサポートしてくれる人は多ければ多いほうがいい。
「さっき、私の小道具の剣が本物にすり替えられていたの」
「!!」
「彼女が怖がるといけないから、秘密にしなさいよね。たぶん、誰かが舞台の上であの子を傷つけようとしているわ。気をつけてちょうだい」
私が頼むと、イービスは真剣な面持ちでうなづいた。
「ありがとう。デステージョ」
「? なんで、イービスに礼を言われなきゃならないのよ」
私は素っ気なく答える。
「私も変な手紙を貰っていたんだよ。シエロ嬢は私に相応しくないだとか、デステージョを捨てるなとか、なんとか……。身に覚えがなかったから気にもとめていなかったけれど。予兆だったのかもしれない」
イービスの話を聞いて、私は憤慨する。
「勘弁してよ……。勝手に私がふられたみたいにしないでほしいわ!」
「まったくだよね」
イービスは肩をすくめて苦笑いをした。
「君は最初から私に興味なんかなかったし、なんなら苦手にしていただろう?」
問われてギクリとする。
「ま、まぁ、そうね」
「否定しないところが、また強いよ」
イービスは笑った。
「守りたくならないでしょ?」
「そうだね。君にはほかにも騎士がいるし」
そう言って舞台袖から観客席を見張っているセリオンに視線を送った。
観客席の中央では、カサドールがふんぞり返って座っていた。カサドールはただ劇を見に来ただけで、こんなトラブルが起こっていることは知らない。
「彼らがいるから私の出番などないよ」
「たしかにね」
私も笑う。セリオンもテレノもよい護衛だ。お兄様も両親も、私を守ろうとしてくれている。少し過保護だとは思うけれど、愛されていることはわかる。
皆のことが大事だから、原作のとおりにはさせない。私の未来も、ノクトゥルノ公爵家も、完全無欠の名にかけて守ってみせる。
「さ、出番よ、行きなさい」
私はイービスの背中を叩いて送り出す。こっそりと保護魔法もかけた。
たぶん、シエロを狙っている者は、イービスのことが好きなのだろう。彼に危害を加えるとは考えにくいが、シエロを守って事故になる可能性もある。
(原作でのイービスは傷ひとつつかなかったけれど……。それでも、現状はだいぶ原作から離れているからなにが起こるかわからない。お願い。なにも起こらずに終わってちょうだい)
私は心の中で切実に祈った。




