38・絶体絶命の悪女様-1
そうして、文化祭当日がやってきた。
私はイービスにこっそりとシエロの現状を伝え、フォローするようにお願いした。
フィロメラのシゴキには、「私こそ王都で一番の令嬢」だと割って入ることに成功した。
ヒロインの衣装を身につけるシエロを見て、私は思わずため息をつく。
「綺麗よ、シエロ様」
花嫁を送り出す母のような気持ちだ。
イービスはご機嫌な様子でシエロをニコニコと眺めている。
「本当に綺麗だよ。シエロ嬢」
「あ、ありがとうございます。イービス様……」
テレテレと照れあうふたりに、私は生暖かい目を向けた。
「今日は最後までよろしくね」
「はい!」
ふたりともやる気は充分だ。
しかし、肝心の悪役フィロメラがやってこない。
刻々と時間が迫るなか、フィロメラの取り巻きのひとりレアルという名の令嬢がやってきた。フィロメラの家門コラル家に勤める男爵家の令嬢である。
「今日、フィロメラ様は高熱を出されてお休みとのことです」
周囲にざわめきが起きる。
「劇はどうなるの?」
「フィロメラ様がいないと無理よ!」
「中止にする?」
混乱する控え室だ。
「フィロメラ様から、代役はデステージョ様にと伝言を預かってきました」
レアルが言い、皆が私を見た。
「はぁ? 私が? なんでよ!」
「シエロ様の練習に付き合っていたからセリフは覚えているはずだと……」
「セリフなんか覚えていないわよ!」
言い捨てた瞬間、イービスの声が響いた。
「『お前が彼女を襲ったのか!』」
「『今頃気がついても手遅れよ!』」
私は反射で、劇のセリフを演技付きで返す。
すると、周囲からは拍手が湧き起こった。
「さすがデステージョ様!」
天真爛漫なテレノの横で、セリオンは残念な子を見るような目で私を見ている。
「で、デステージョ……、き、君しか……適任はいないよう……だよ……」
イービスは息も絶え絶えで笑いながらそう言った。
「イービス! 嵌めたわね!!」
「デステージョ様……駄目ですか?」
シエロにウルウルした瞳を向けられ、私はウグと唇を噛んだ。
(この子のこれに私は弱いのよ……)
シエロがどれだけ自分を犠牲にして頑張ってきたか、私はよく知っている。だから、どうしても文化祭を成功させたいという気持ちもわかる。
(それに、私は『完全無欠の悪女』設定だから、セリフも演技も完璧に覚えちゃってるのよね……)
私は大きく息を吐き出した。
「……しかたがないわね。やるわよ。やればいいんでしょ?」
私が答えると、控え室は拍手喝采に包まれた。




