37・急転直下の悪女様-3
私は、ソファーを立つと自分の引き出しから新品同様の台本をとりだした。台本はグループ全員に配られていた。
そして、新しい台本をシエロに手渡す。
あんな罵詈雑言を毎日見ていたら、おかしくなってしまう。
「当分のあいだはこちらを使って?」
「まさか、先生に見せるおつもりですか? それはやめてください!」
「どうして? あなただってこれがおかしいとわかっているでしょう?」
「でも! こんなことが明るみに出たら文化祭がメチャクチャになってしまうかもしれません。私のせいで、そんなことになったら嫌なんです」
シエロは懇願するような目で私を見上げた。
アクアマリンのような瞳が、真摯な光を放っている。
(たしかに、シエロのイジメが学園やメディオディア公爵に伝わったら、最低でも私たちのグループの発表はなくなるでしょうね。最悪は文化祭自体が中止になるかもしれないわ。そのうえ、アスールグループにいた生徒はイジメをする生徒だとレッテルを貼られてしまう……)
私は唇を噛んだ。
原作でもシエロはそうだった。みんなのために、自分ひとりで犠牲になり、限界まで我慢したのだ。
(そんなシエロだったから私は応援してたのよ。自己犠牲の果てに幸せを手に入れるシエロに自分を投影して、彼女が幸せになることで、自分もいつかと思っていた――)
しかし、現実は残酷だった。忍耐の果てに夢見たハッピーエンドは私には訪れず、最期まで身を切るつらさを理解されずに死んでしまった。
だから、私はきっと誰よりも、ひとりで犠牲になる孤独を知っている。
「それでも、私はあなただけが我慢すればいいなんて間違ってると思うわ」
シエロが嫌がるなら告発はできない。
(でも、これはシエロが選んだことじゃない! 選ばされているだけだから)
ギュッと拳を握り込んだ。
その手にシエロの手が乗った。
「……ありがとうございます。デステージョ様。私のことをこんなに考えてくださって……」
シエロの声が涙で震えている。
「でも、ずっと、私、楽しみにしてきたんです。だから、もう少し頑張らせてください」
固い意志が伝わってきて、私は思わずシエロを抱きしめた。
「あなたにこんなこと言わせて、ごめんなさい」
「いいえ! いいえ! デステージョ様が気づいてくれたから……私、大丈夫です」
シエロの腕が私の背中に回った。
「我慢できなくなったら言うのよ?」
「はい」
「絶対よ。ひとりで抱え込まないで」
「はい。デステージョ様」
「約束よ?」
「ええ、約束しましょう」
私たちは顔を見合わせた。
私はシエロの涙を拭い、小指を差し出した。
「ほら、約束するわよ!」
日本で書かれた漫画だけあって、こんなヨーロッパ風の異世界でも、指切りのげんまんは存在するのだ。
シエロがオズオズと小指を絡ませる。
桜貝のような小さな爪が愛らしい。
私は静かに願いを込めた。
(これ以上シエロが傷つきませんように――)
繋がりあう小指から、シエロに保護の魔法がかかる。薄いけれど、長い間効く魔法だ。
シエロはパチパチと目を瞬かせて、私を見た。
瞳から真珠のような涙が転がり落ちる。
「ありがとうございます。デステージョ様」
そうやって笑うシエロは、とても美しかった。




