34・青春謳歌の悪女様-2
「イービスったら、なんて顔してるの? 噓よ。一緒にまいりましょう?」
「ありがとう。デステージョ」
イービスははにかんだように笑う。それが、初々しくて私は思わずキュンとした。
(さすが作中ヒーローだけあって、可愛い表情も様になるわね)
私はイービスに顔を近づけ、シエロに聞こえないように囁く。
「私をだしに使うんじゃなくて、ちゃんとシエロに話しかけなさいよ」
「っ! あ、ああ」
イービスが顔を真っ赤にすると、シエロとセリオン、テレノの三人が驚いたように私たちを見た。
「? なに?」
私が問うと、シエロもセリオンも目を逸らす。
「いえ、なんでも……」
シエロはションボリと答え、セリオンは無言だ。
テレノは屈託なく尋ねる。
「やっぱり、イービス様もデステージョ様が好きなんですか?」
私は思わず噴き出した。
イービスはゴホゴホと咳き込む。
「馬鹿なこと言わないの! そんなわけないじゃない!」
私が笑い飛ばせば、イービスもうなづく。
「私たちはただの幼馴染みです。私には別に好きな人が――」
イービスはそう言って、チラリとシエロに視線を送った。
(そこで言葉を止めるんじゃないわよ! 意気地無し!)
私は思いつつ、テレノとセリオンの手を引っ張った。
「ほら、行くわよ!!」
「え? どういうこと?」
テレノはキョトンとしている。
「うるさいわね! 私たちは先に行くの!」
私は乱暴にふたりを引っ張って、先に林の中へ入っていく。
鬱蒼と茂る木々が日差しを遮り、一瞬で気温が下がるのがわかる。
「もしかして、イービス様はシエロ様がお好きなのですか?」
尋ねるのはセリオンだ。
木漏れ日の影のせいか、表情が暗く見える。
「そうよ。見てればわかるじゃない」
私はふたりを引っ張りながら答える。
「わからないよ。だって、デステージョ様のほうが格好いいのに! なんで?」
テレノが尋ねる。
「普通の男の人は、可愛い女の子が好きなのよ」
私は笑う。
「イービス様は見る目がないですね」
セリオンはそう言って小さく笑う。
そのささやかな微笑みが、なぜか少し切なくて私の胸の奥がキュンと音を立てた。
(キュン? なに、これ?)
なぜか耳まで熱くなって、頭の中は疑問符でいっぱいだ。思わず足を止め、ふたりの手を離した。手の熱さがふたりに伝わりそうだと思ったのだ。
「? どうされましたか? デステージョ様」
セリオンに顔をのぞき込まれる。
目と目が合って息が止まる。
私は思わずたじろいで目を逸らした。
「……そんなことないわよ。イービスは見る目があるわ。シエロは私と違って可愛いもの。私だって彼女を守りたくなるわ」
物語の中で約束された主人公。爽やかな青空に清々しく、可憐で儚げでありながら、どんな苦境にもめげずに前向きに生きていく。優しくて、自分のことは我慢してしまうのに、他人のためには戦える。そんなシエロは私の憧れだ。
(誰からも愛されるシエロ……。彼女にはみんなが手を差し伸べたくなる。私とは正反対)
家族からも搾取されていた前世を思い出し、乾いた笑いが漏れてしまう。
前世の私だって、同じように自分のことを我慢して、家族に尽くしてきた。それにもかかわらず、家族にすら愛されなかった私はなにが違ったのか。
私も、シエロのように可愛らしかったら愛されただろうか。誰かが守ってくれただろうか。
「……ボクはデステージョ様のほうが守りたくなりますけれど」
ボソリ、小さく小さくセリオンがつぶやいた。
私は驚き、思わずセリオンを見た。
セリオンは拗ねたようにそっぽを向いている。
「なにするかわからなくて心配です」
過保護なセリオンらしい言い分だ。
「そうだ! オレだってデステージョ様を守るよ!!」
テレノも賛同する。
私は思わず噴き出した。
(そうか。ここには私を守ろうとしてくれる人がいる――)
凝り固まっていた心の底が柔らかくほぐれていくようで、なんだかとてもくすぐったい。
「はいはい、ふたりともありがとう」
ふたりの言葉で、私の前世の傷が癒えていくのだ。
私はセリオンとテレノの背中をパンと叩いた。
「じゃあ、これからもよろしくね」
私が笑うと、ふたりは大きくうなづいた。
林を抜けると明るい日差しが降り注いでくる。
目の前にはオラシオン学園の校舎がそびえ立っていた。




