30・不撓不屈の悪女様-2
そうして入学式が始まった。
新入生の挨拶は男子代表としてイービスがおこない、女子はシエロがおこなった。これは入試の成績順だ。
私は挨拶など面倒だったので選ばれないように入試で手を抜いて正解だった。
入学式が終わり、クラスへと移動する。原作のとおり、私たちは皆同じクラスである。
(原作補正なのかしら?)
疑問に思いつつ、あまり不安は感じられない。
イービスとの婚約は回避し、セリオンもテレノもメディオディア公爵家の者ではない。仲が悪いと思っていたカサドールとも案外上手くやれている。
(前世はバイトに明け暮れて青春らしい青春ができなかったから、今度こそ楽しむわよ!)
私は気合いを入れた。顔良し、スタイル良し、身分よしでお金持ち。どう考えても学園生活は順風満帆のはずである。
(せっかくだから原作の世界も満喫したいわね)
そう思い、学園生活を楽しむことにした。
王立学園は全生徒寮生活となる。ここでは身分の違いは問われない。出自がなんであれ、建前上は平等・公平である。
とはいえ、それなりの教育を受けたものしか入学できないため、家柄はよい者が多い。平民でも裕福な家庭の者が多いのだ。
寮は男女別に分かれており、私はシエロと一緒に寮の説明を受けた。四階建の寮の一階部分は、食堂などの共用部分だ。二階から四階が住居部分で、二階は赤、三階は緑、四階は青と呼ばれ、階ごとにグループ分けされている。
寮内の生活はこのグループでおこなわれる決まりだ。グループ割りは他学年交流の場ともなっていて、先輩が後輩の面倒を見るのだ。
グループには監督生と呼ばれる先輩がいて、生徒たちの自治を取り仕切っている。
ちなみに私とシエロのグループは同じで、アスールである。
一応、全室個室のトイレ付き。お風呂は共同で、食事は大食堂で自由に取ることができる。
学園内には購買もあり、学用品や軽食など購入することも可能だ。学園内は広くいろいろな施設もある。
図書館はもちろん、小さなホールに、散歩ができる中庭には噴水や小川もあり、菜園もある。屋外の訓練場では、武術や魔術の訓練もしていて活気がある。近くには医師が駐在する医務室もある。
入学式から一週間たち、だんだんと生活に慣れてきた。
もともとチートな設定のデステージョだ。勉学に問題はない。オリジナルの魔法陣を作るのはいまだに苦手だが、逆にセリオンの能力がチートだったと学園に入学して知った。
普通は新たな魔法陣など大学教授クラスでなければ作り出せないのだという。それも、一生のうちにひとつかふたつ発明すれば優秀な部類らしい。
(それじゃ、ノクトゥルノ公爵家も魔導師もセリオンに恐れを抱いて当然よね……)
セリオンの能力を知ったアカデミーが飛び級を勧めてきたが、なぜか断ったようだ。
(学園の勉強なんてセリオンにはつまらないかもしれないのに……)
そう思うが、セリオンの意志は固かった。
(まぁ、シエロと一緒の学園生活を送りたいのかもしれないし)
原作とはかけ離れてしまい、シエロとセリオンの関係は浅い。しかし、やはり相性がいいのだろうか。シエロとセリオン、テレノは仲がいいように見える。
なにか共通の話題があるらしく盛り上がっているときがある。
私は三人の邪魔をしないようにと心がけているので、内容までは把握していない。
シエロとイービスの仲もよいようで、私も一安心だ。ただ、まだ一歩踏み出せないでいるのは、思春期ということもあるだろう。
モダモダとした恋愛は私の好物なので温かく見守っている。
(まぁ、学園生活を送る内に恋愛も進むでしょう。原作ではそうだったのだし……)
原作上では、孤児院で暮らしていたことがあるシエロは学園で少し浮いていた。また、
子どものころに行方不明になったことがある愛娘を案じたメディオディア公爵が、特例でシエロにセリオンとテレノを護衛につけたのがよくなかった。
デステージョをはじめ作中の悪女たちは、その特別扱いを理由にシエロをイジメるようになる。窮地に陥ったシエロを助けるのがイービスである。
イービスはデステージョに幻滅し、シエロへと気持ちが傾いていくのだ。
しかし、孤児院暮らしもせず、護衛もつけていないシエロではもうイジメの心配はないはずだ。
(そもそも私はイジメなんてしないけど。でもそうしたら、イービスとシエロの恋愛はどうなっちゃうのかしら?)
かといって、二人の恋愛を進めるために私が犠牲になる義理もない。
(そこはふたりでよろしくやってもらうことにして。せっかく憧れの学園に入学したんだもの。私は私で学園生活を楽しませてもらうわよ!!)
……などと期待に胸を膨らませていた時期が私にもありました。しかし、そんな夢はドアをノックする音で簡単に破られた。
ドアを開けると、フィロメラが取り巻きを連れて立っていた。
「フィロメラ先輩……」
「デステージョさんにお話があってきましたの。中に入れてくださらない?」
そう告げられ、私はフィロメラたちを部屋に通した。今まで『デステージョ様』呼びだったフィロメラだが、学園では先輩後輩だということを『さん』付けにすることで明確にしているのだろう。彼女は私のふたつ上の学年で先輩であり、私のグループの監督生なのだ。
「今日の入学式、どう思われました?」
私は小首をかしげる。
「シエロさんが新入生代表だなんておかしいとは思いませんでしたか?」
探るような目で見られ、私は瞑目した。
(あー……これは、きっと、原作のシエロいじめにつながるやつだわ……)
否定してシエロをかばうのは簡単だが、私がそうすることで、違う生徒と結託しシエロをいじめる展開になるとやっかいだ。
(だったら、私が内容を知ってた方がいいわよね)
そう思い、意地悪く微笑んでみせる。否定も肯定もしない。
「でしょう! だから、これを渡してきてくれないかしら?」
渡されたのは一枚のメモ用紙である。
中には夕食時間の変更の旨が書かれていた。
寮の食事時間はグループごとに三回に分かれていて、週ごとに順番がローテーションで変わる。
私たちのアスールグループは今日から最終時間となっていた。
貰ったメモ用紙には、決められた時間から三十分ほどあとの時刻が書かれている。
(こうやって、シエロのいじめが始まったのね。それにしても、これを私に届けさせるなんてね)
これは原作でシエロに届けられるはずのメモ用紙である。間違った時間をシエロに教え、いじめるためのものだ。
(自分の手を汚さずに、私を利用しようとするなんて、いい度胸よ)
私はニッコリと微笑んだ。
「素敵なメモですね」
そう答えるとフィロメラは満足げにうなずいた。
「じゃ、頼んだわよ。デステージョさん」
そう言うとご機嫌で部屋から出て行く。
(さて、どうしたものかしら。こんなメモ無視して捨てることもできるけど、今度は違う生徒が巻き込まれるかもれないわよね。だったら、早めに悪の芽はつんでおかないと)
私は時間になるまで、寮の規則を読み込んで対処方法を考える。もちろん、シエロにはこのことは伝えない。遅れるのは私だけで充分だ。
そして、指定の時間になったところで、私は部屋を出た。
予想どおり、同じ階はシーンとしており、皆食堂に集まっているようすだ。
私は紙の匂いをクンと嗅いだ。珍しい香水の香りがする。
(前世の湿布を思い出す香りなのよね……。ミントとはちょっと違う、独特な)
特徴的な香りはフィロメラの香水だ。フィロメラの領地の特産品は香水で、彼女は高価な香料でオリジナルの香水を作らせ、それを自慢していたのだ。
私はフィロメラの部屋に行ってみる。個室ではあるがそもそも部屋に鍵はない。寮内では犯罪など起こらないという建前だからだ。
(とはいえ、私は悪女ですからね。建前などは知りませんことよ)
そうっと部屋のドアを開ける。
漂ってくるのは紙と同じ香水の香りだ。
ユックリと机に近づいてみると、手もとにあるメモ用紙と同じメモ帳が置いてある。
(これで、フィロメラが犯人だと特定できるわね)
メモ帳のありかを確認した私は、食堂へと向かう。




