29・不撓不屈の悪女様-1
(解せぬ……)
ヒロインと出会ってから四年。私は十五歳になった。アマネセル王立オラシオン学園の入学が許され、本日は入学式である。
私の左手首には、セリオンに押しつけられた保護魔宝石のブレスレットが光っている。入学にあたってセリオンがプレゼントしてくれたのだ。
(セリオンがいっていたけれど、これもセリオンの発明なのよね)
私は腕を上げてブレスレットを空にかざしてみた。
無色透明のクリスタルからは虹色のプリズムが生まれて綺麗だ。
(こうやって何度も見ちゃうわ。こんなに綺麗で可愛いのに、機能はえげつないのよね。私に対する攻撃を吸収し保存するんだから)
セリオン曰く、『デステージョ様なら、反撃のために攻撃内容を分析したいと思うので、吸収できるようにしました』だそうだ。
(セリオンは私のこと、よくわかっているわ。攻撃を防ぐだけでなく反撃に備えてくれるんだから)
満足げに微笑むと、セリオンから声がかかる。
「なにか異常がありましたか?」
「? いいえ? 綺麗だな、って思っただけ」
私が答えるとセリオンは困ったようにはにかんだ。
私の背後には、セリオンとテレノがオラシオン学園の制服姿で立っている。彼らも一般学生として、入学が許されたのだ。ふたりはノクトゥルノ公爵の後押しもあって受験が許可された。セリオンは余裕の合格だったが、テレノはギリギリ合格できたようだった。
(これも、原作補正なのかしら? ふたりともシエロと一緒に通学していたものね)
思いつつチラリと右を見る。そこにはシエロが微笑んでいた。春らしい青空色の髪が、青空になびいてさながら青春ラノベの表紙のようである。
左側にはイービス、前を兄のカサドールが歩いている。
原作が日本発のWEB漫画だったからか、学校のシステムは日本と同じだ。春に入学式がある。
「わぁ! デステージョ様よ!」
「私、先日、限定タンブラーをやっと手に入れたの」
「私は編みぐるみキーホルダーをつけてきたわ」
キャッキャと女学生がはしゃいでいる。その鞄には『動物カフェ』で売っている孤児が作ったブラインド商法で販売されている編みぐるみのキーホルダーが揺れていた。
(カフェ事業も安泰ね)
私は大満足だ。あれからカフェ事業を拡大し、フランチャイズ契約を始めた。各地の孤児院と提携し、『動物カフェ』を運営させているのだ。
「今日もカサドール様は凜々しいですわね」
「あら、イービス様も麗しいわ」
女学生の黄色い声。
「シエロ嬢は可愛いよなぁ」
「デステージョ嬢は美人だけど怖いんだよ……」
男子学生の声も聞こえる。
(三大公爵家が集まっているから、注目がすごいわね)
私はチラリと後ろに視線を送った。
セリオンとテレノが気がついて、ふたりでそろって小さく微笑む。
その瞬間に歓声が響いた。
「きゃー! デステージョ様の後ろを歩いている方はどなた? 素敵な笑顔ね」
「きっと、ノクトゥルノ公爵が後援されている方々よ。濃紺色の髪の方はセリオン様、煉瓦色の髪の方はテレノ様とおっしゃるらしいわ」
「才能豊かなのでしょうね」
姦しい歓声に、セリオンはあからさまに嫌そうな顔をする。
「オレ、才能豊かかなぁ?」
テレノは単純に驚いていた。
その対照的な姿がおかしくて、私は思わず噴き出した。
すると、その瞬間校庭が静まりかえる。
ゴクリと誰かが固唾を呑んだ音が聞こえた。
セリオンが私の顔を手で隠し、テレノが私の前に立った。
カサドールは周囲を睨みつけ、イービスは私を軽く冷やかす。
「デステージョ、このような場所で微笑んではいけません」
「はぁ? なによ。そんなに私の笑顔が怖いとおっしゃるの?」
思わずイービスを睨みつける。
すると、イービスはブルリと体を震わせて苦笑いした。
「いえ、そういう意味ではないのですけれど」
「どこでなんで笑おうが私の勝手だわ!」
フンと鼻を鳴らす。
するとカサドールがイービスに向かって挑発するような視線を投げる。
「まぁ、どこの誰がなにを思おうと、俺の妹デステージョは、兄よりも弱いヤツには興味がないようだと言っておこう」
そう言いつつ、ドヤ顔で周囲を見回した。
周囲の男子生徒たちは顔を青ざめさせ、視線を逸らす。
セリオンは無表情で、テレノはなぜか闘志を燃やしカサドールに願い出る。
「カサドール様! また、手合わせをお願いします!」
「いいぞ」
強い者が好きなカサドールは、武闘派のテレノを気に入っているようだ。
イービスはニヤニヤと笑う。
「カサドール様より強い……なかなか難しい条件だね」
「そうね、今のところお兄様より強い人を知らないわ」
私はニッコリと微笑んだ。
(たぶん、お兄様に張り合えるのはセリオンだけよ。でも、セリオンはそれを隠したがっているようだし、私が口にすることじゃないわね)
原作でカサドールを追い込んだのは、魔導師セリオンだったからだ。
「そうだろう!」
お兄様は得意満面である。
「デステージョ、か弱いお前のために俺がしかたなく席まで案内してやるからな」
「頼りにしていますわ、お兄様」
私はニッコリと微笑んだ。カサドールがそばにいると、ぶしつけな男が現れないので便利なのだ。
なぜか私がひとりでいると、罵ってくれと言わんばかりに挑発してくる男が現れるのだ。
(イービスもたまにそういうところがあるのよね。なに、この世界の男子ってそういう性格が普通なのかしら?)
テレノは単純におバカで、単純に注意されることが多いが無礼ではない。
セリオンは過保護すぎて無礼なところはあるが、怒られて喜ぶ趣味はなさそうだ。
べつに罵るのはやぶさかではないが、数が多いと面倒なので、カサドールの存在はありがたいのだ。




