27・華麗奔放の悪女様-3
使用人たちがスイーツを運んでくる。その中にシレッとセリオンが混ざっていて、私は思わず呻いた。
「げっ!」
セリオンは、山賊を捕らえた一件以降、とても過保護になっているのだ。今日もテレノと一緒に護衛としてついてきたのだが、別室で待機していたはずだ。
(まさか、この部屋に入ってくるとはね……)
私は頭痛を感じて眉間をグリグリと押した。
するとすかさずセリオンがやってくる。
「いかがいたしましたか? 頭痛でしょうか?」
当たり前のように尋ねるが、頭痛の種はセリオンである。
「ええ、頭が痛いわよ」
「では、お薬を……」
「薬なんていらないわよ! なんでここにいるの!? 出て行きなさい!!」
私は荒ぶり出口を指さす。
「私はスイーツの説明をするためにやってまいりました」
そう答えると、当然のように私の前にスイーツを置いた。
運ばれてきたのは、透明のボウル型の器にアイスクリームを渦巻きに絞り出したものだ。いわゆるソフトクリームである。
わきには焼きたての猫型パイ生地を添えてある。また、一緒に小さなピッチャーも添えてある。これらには保冷の魔法陣は描かれていない。
配られたスイーツを見てみな目を輝かせる。
「わぁ! 素敵! アイスクリームかしら!」
「カフェで見るのとは盛り付けがちがうんだな」
全員に配り終わったところを見届けると、セリオンが私の隣で説明を始める。
「こちらは、今日の日のために開発した、マロンソフトクリームでございます」
秋とはいえ、マニャーナ公爵家の中は暖かく、アイスを食べるのにちょうどよいのだ。
皆がセリオンに注目する。
令嬢たちはキャッキャと声をあげた。
「あら、動物カフェの黒猫様よ」
セリオンは表情を変えたりはしないが、私には不機嫌になっていることがわかる。猫耳をつけることを不本意に思っているからだ。
セリオンは声が聞こえなかったふりをして、説明を続ける。
「まずはスプーンですくってお食べください」
セリオンに従い、皆、いそいそとマロンソフトクリームに手をつける。
「カフェのものより柔らかいわ」
「こちらの方がまろやかね」
「栗の苦みかしら? 少し大人な気分がします」
感嘆のため息がもれる。
カフェでは子どもたちが給仕をするので、スプーンですくって盛り付けるアイスクリームを提供している。しかし、一流の料理人と使用人がいる貴族の屋敷では、柔らかい食感のソフトクリームとして出すことができるのだ。
「また、このようにしても美味しいですわよ」
私はパイ生地でソフトクリームをすくって一緒に食べてみせた。甘く冷たいソフトクリームと焼きたてのパイ生地が口の中で絡まり合いハーモニーを奏でる。
皆、私に続いて同じようにして食べる。
「パリパリとシットリとした部分で食感が変わって面白いな」
「冷たい物と温かいものが一緒に食べられるのも面白いわ!」
盛り上がる令嬢や子息を横目に、フィロメラは鼻で笑う。
「たしかに、お屋敷の中は暖かくアイスクリームも食べたいでしょうけれど、下々の家は寒いわよ。冷たい物なんてもう流行らないわ。いくら保冷のタンブラーが優秀だといっても、あのカフェも冬が来たらおしまいね!」
皆が困った様子で私を見た。
(そう思われると思って開発を頑張ったわよ。ちょうど、シエロのお茶会とぶつかってよかったわ~。とくとごらんあれ!)
そう思い、小ぶりのピッチャーを手にしようとしたところ、セリオンにピッチャーを取り上げられた。
私が胡乱げな目線を向けると、セリオンは余裕の微笑みを見せる。
(ここは任せろというわけね)
たしかに私が口を挟めば喧嘩のようになってしまう。別にそれでもよいのだが、セリオンに任せてみることにして口を噤んだ。
「たしかに、フィロメラ様のおっしゃるとおりです」
セリオンはそう言うと、ユックリと周囲を見やる。そして、私のガラスボウルを左手に取り、右手に持ったピッチャーから中身を丁寧に回しかけた。
温かいミルクである。
ミルクにマロンのソフトクリームが溶け浮き上がる。
少し斜めにして、皆に中身を見せた。
「このまま溶けきる前に召し上がると、温かいところと冷たいところが同時に楽しむことが可能です」
そう言ってから、付属のスプーンでガラスボウルの中をかき混ぜ、ソフトクリームを溶かしてみせる。
「このようにすべてを溶かしていただくと、新感覚の飲み物となります。こちらは新メニューの、『マロンミルクシェイク』です」
セリオンが説明する。
(セリオンたら、ちゃんとカフェの企画書を読み込んできたわね)
私は感心するやら呆れるやらだ。特に打ち合わせなどしていなかったのだが、私がこのお茶会でしようとしていたプレゼンを完璧にこなしている。
シエロはセリオンのまねをして溶かしきったソフトクリームをコクリと飲む。
「! 美味しいです!!」
目をキラキラさせて私を見る。
イービスは小さくため息をついて、シエロに倣う。
そして瞳を大きく開いた。
「これは……こんなものは飲んだことがない……。コクがあってまったりとして」
イービスが感動したようにつぶやくと、皆、同じようにして口をつける。
「ミルクを追加したぶん、甘みが柔らかくなって飲みやすいわ」
「苦みも鼻に抜けてとても美味しい」
そして、口々に感想を言いながら笑い合う。
フィロメラは苦々しそうな顔をしながら、しぶしぶというようにガラスボウルに口をつけた。
そして、一瞬だけ頬を綻ばせつつも、キュッと唇を噛みしめる。
(認めたくないようだけど、美味しかったみたいね)
フィロメラは無言で飲み続けていたからだ。
「少し温かく飲めるとはいえ、フィロメラ様のおっしゃるとおり冬のあいだには飲みにくいかと思います。お気づきになるとはさすが、フィロメラ様」
セリオンがおだてると、フィロメラはまんざらでもない顔をした。
「ですので、冬になりましたら初めから温かい形で提供しようと思っています。商品名は『あきうらら』の予定です。また、保温用のタンブラーも開発中です」
セリオンがニッコリと微笑むと、フィロメラがフンと鼻を鳴らした。
それ以上噛みついてこないのは、セリオンがフィロメラを立てたからだろう。
(フィロメラが絡んでくれたおかげで、いい宣伝になったわー! ナイスアシスト! フィロメラ!)
ほくほくの私に、シエロがニコニコと微笑みかける。




