26・華麗奔放の悪女様-2
貴族の子弟たちは可憐なシエロを見てどよめいた。
令嬢たちもシエロのかわいらしさに息を呑む。登場しただけで視線を釘づけにするのは、さすがヒロインといったところだろう。
エスコートをしているイービスは誇らしげな顔をしつつ、シエロの様子を窺っている。
その目は恋する少年そのものだ。
(……人が恋に落ちるところを初めて見たわ)
私は思わず感動する。
シエロは私を見つけると、パッと顔を輝かせた。そして、イービスのエスコートを振り切って私のもとへ駆けてくる。
「デステージョ様ぁ!!」
私は思わず苦笑いだ。
(こんなすきだらけだから、ほかの貴族令嬢から指導という名のイジメを受けることになるのよ……。まぁ、私がそんなことさせないけど)
私はシエロに向かって手を振った。
「久しぶりね、シエロ様」
「早くお会いしたかったです!」
シエロが元気いっぱいに答えると、令嬢たちはヒソヒソ囁き合った。
「まぁ、なんて下品なんでしょう」
「田舎者はこれだから」
そんな声にシエロが気づき、シュンとうつむいた。
私はシエロにおいていかれたイービスを見やる。
「イービス、なにをしていらっしゃるの? ちゃんと場を仕切りなさいな」
私の声にイービスは苦笑いだ。
「まぁ、デステージョ様も非常識な……。あんな物言いではイービス様のお怒りを受けるわよ」
フィロメラの取り巻きがあざ笑う。
しかしイービスの反応は違った。
「デステージョは相変わらずですね。シエロ嬢とは仲がよろしいのですか?」
イービスが怒るでもなく尋ねると、フィロメラの取り巻きは悔しそうに私を睨んだ。
シエロはイービスに喰い気味で答える。
「デステージョ様は私の命の恩人なんです!」
そう言って、私の腕に縋り付いた。
私は思わずギョッとする。
「命の恩人?」
「ええ! 領地から王都に来る際に助けていただいたんです!」
シエロの答えに、イービスが探るような笑顔で私を見る。
「どういうことですか?」
「おほほほほ。正確に言うと、私も一緒に攫われて、私を助けに来た護衛が彼女も保護しただけよ」
私は空笑いしながらそれに答える。
(イービスったら私に向ける目と、シエロに向ける目があからさまに違うじゃない)
すると、そこでフィロメラが声を張りあげた。
「ああ! 『メディオディア公爵令嬢は王都に来る途中で攫われ傷物にされた』と社交界で噂ですものね!」
会場がざわついて、シエロに注目が集まる。
シエロは困ったように顔を赤らめ反論もできない。なにしろ、王都での社交になれていないのだ。こんな悪意を向けられたことも初めてなのか、どうしたらいいのかすらわからない様子だ。
私は大きな声で高笑いをしてふんぞり返る。
周囲はギョッとして私に注目した。全員の視線が私に集まったところで、ピタリと笑いを止め、ガンとハイヒールで床を蹴った。
(悪女枠で一番強いのは、完全無欠の悪女様デステージョよ! 素人はお黙り!)
そして真顔になってみせる。
「ああ、おかしい! だったら、同じ場所に攫われた私も傷物ね」
フィロメラをチラリと流し見た。
すると周囲は凍り付いたように静まりかえった。ゴクリ、誰かが固唾を呑む音が響く。
フィロメラは引きつり笑いをして、助けを求めるように周囲を見回した。しかし、周囲は目を逸らす。
「くだらない話はここまでにして、食事を運ばせなさいよ。イービス」
私は扇で手のひらを叩くとイービスに命じる。
「まぁ! デステージョ様はなんて横暴なの! それはホストが決めることでは?」
フィロメラは攻撃対象を私に変えたらしい。
私はフッと鼻で笑う。
「あらいやだ。私の横暴を知らない方がまだいらっしゃるなんて! 片腹痛いわね!」
悪女として名を轟かせているのだ。いまさらその程度の悪口で傷ついたりはしない。
すると、周囲の令嬢はフィロメラを見て曖昧な笑顔を作り、遠巻きになる。
なにしろフィロメラより私は身分が上であり、流行の動物カフェの運営者である。どちらと仲良くしたいか、計算すれば自明の行動だ。
「!! っ! なによっ!」
フィロメラはフンとそっぽを向く。
イービスは苦笑して、使用人に目配せした。
使用人たちは軽い礼をして、準備をすべく部屋を出ていく。
「今日のメニューはデステージョに考案していただいたものです」
イービスが説明すると、室内はザワついた。
「デステージョ様が考案?」
「もしかして、噂のカフェの……?」
私は不敵に微笑んだ。
「皆様が想像するとおり、例のカフェの最新作ですわ。まだお店には出ていないメニューを今回特別に用意させましたの」
私が答えると、ワッと歓声が起こる。
「最新作ですって!」
「今度はなにが出るのかしら?」
盛り上がる令嬢たちに、フィロメラはしらけた目線を向けた。
長方形の大きなテーブルにイービスがシエロを案内する。
シエロは不安げに私の袖を掴んだ。
「あの、デステージョ様ぁ……」
思わずその幼気さにキュンとする。
(んんん!! がわいい!! それは不安よね。知り合いは私しかいないんだもの。その上、最初からあんな悪意を向けられたらたまらないでしょう)
「一緒に座りましょうか?」
思わず声をかけると、シエロはパァァァと顔を明るくして、コクコクとうなずいた。
そんなシエロの様子に、イービスを初めとする令息たちは目を奪われている。
(さすがヒロインパワー!)
私は感心しつつ、シエロに隣り合った。イービスと私でシエロを挟む形である。
「さあ、皆さん席へどうぞ」
イービスが声をかけると、令息たちはシエロの近くに席を取りたがり、令嬢たちはイービスの近くの席を狙う。
(さすが主人公とそのヒーローだけあるわね。モテモテね)
私はのんびりと席を見やる。
フィロメラは当然のごとくイービスの正面を陣取った。




