23・一念発起の悪女様-6
「……ずるいです……」
ボソリ、セリオンが涙声でつぶやく。
「ずるい?」
私は意味がわからず小首をかしげる。
「……そんなふうに言われたら、許すしかないじゃないですか……」
「……ごめんなさい」
震える声でなじられて、私は謝るしかすべがない。
「落ちている木片を見つけたとき、心臓が潰れるかと思いました」
「私が悪かったわ」
「見つからなかったら……と思ったら世界は真っ暗になって……」
「ごめんなさい」
「デステージョ様が強いってわかってます。でも、迷惑かも知れないけれど、心配してしまうんです。ボクもテレノも、護衛の方々も」
「私が軽率だったわ」
セリオンは顔を上げた。しずくをたたえた瑠璃色の瞳は切なげに煌めいて、口元は自嘲気味に歪んでいる。
「デステージョ様はボクがいなくたって大丈夫だけど、ボクは――」
「馬鹿なこと言わないで!」
私はセリオンの言葉を遮った。そして彼をギュッと抱きしめる。
「私にもセリオンが必要よ!」
セリオンは両手を下ろしたまま、鼻をすすった。
「本当ですか」
「本当よ」
「心配しても迷惑じゃない?」
「迷惑なわけないじゃない。うれしいわ」
ユルユルとセリオンは顔をあげた。
「心配してくれてありがとう」
私が礼を言うと、セリオンは困ったようにはにかみうなずいた。
「よし! 仲直りだな!!」
テレノがセリオンの背中をパンと叩く。
セリオンは気まずそうに目の下をこすった。
それから私たちは、助けに来た護衛にシエロをおんぶしてもらい、村の教会に戻った。
神父様に村長を呼んできてもらい、捕らえた山賊たちを引き渡す。
すると少し目を離したすきに、回収した盗品をセリオンが村長に引き渡していた。
「っ! ちょ! セリオン! それは」
セリオンが悪い笑顔でニコリと笑う。
心配をかけた私に対する意趣返しなのだろう。喧嘩のおかげか、もともとの本性を見せられるようになったようだ。
(でも、その笑顔、いいじゃないの)
私は思わずセリオンに見蕩れた。
「ありがとうございます! デステージョ様!」
たたみ込むように滂沱の涙を流す村長に礼を言われ、私は諦めるしかない。
(せっかくの臨時収入だったのに……。心配かけすぎたからしかたないわね)
指をくわえて、盗品の山を眺める。
「その中には、彼女の品物もあると思いますので確認してくださいね」
私はしぶしぶそう伝える。
「もちろんでございます」
村長は快諾した。
「実は、一年ほど前から山に根城を作られて困っていたのです。私たちでなんとかしようとしても、敵うはずもなく……」
寂れた村は老人ばかりで、立ち向かうすべもなかったのだ。
「山道の崖下に馬車が捨てられている可能性があります」
セリオンが村長に告げた。
「馬車が?」
シエロは村長に訴えた。
「私、昨日の雨の中で襲われたんです。山賊に囲まれて、私と金目の物は根城に運ばれました。ほかの使用人もいたはずなんです! どうか、捜索をお願いします!」
シエロが両手を合わせて懇願すると、村長は困ったように眉を下げた。
「もちろんそうしたいのですが、人手が……」
「では、私の家の者を使いください」
私が申し出ると、シエロは両手を組み合わせ目を潤ませた。
「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいのか……」
「お礼なんていらないわ」
軽く返す。
(だって、お宝ゲットのチャンスだもの! きっと、あそこにはメディオディア公爵家以外の馬車も捨てられているはずよ。持ち主がわからないものなら、貰っても問題ないでしょ?)
そう考え、護衛たちに命じる。
「護衛の半分は、この村に残り崖下を調べなさい。なにかの手がかりになるような物もあるかもしれないから、残された物も回収すること」
護衛たちは深くうなずいた。
「半分は私たちとともに、彼女を知り合いの元へ送り届けましょう。そして、救援を頼んでくるわ。……それで、あなた、お名前は?」
出会い頭に名前を呼んだことを忘れたフリをして、名前を尋ねる。
シエロは疑問も持たずに素直に答えた。
「私は、シエロ・デ・メディオディアです」
「三大公爵家のひとつ、メディオディア公爵家の公女様!」
村長や護衛たちは驚きの声をあげる。
テレノは大はしゃぎだ。
「オレ、デステージョ様以外の公女様って初めて見た! こんな弱そうな感じなんだな!」
テレノの声にシエロは萎縮する。
「……す、すみません……」
「あ、ごめん! 馬鹿にしたわけじゃなくってさ、デステージョ様って強いじゃん。だから、公女様ってみんな強いかと思ってたんだ!」
「そんなわけないでしょう。デステージョ様が特別なんですよ」
テレノの言葉にセリオンがツッコミを入れる。
すると、シエロがクスリと笑った。まるで、春のこもれびのような笑顔に、周囲はホンワカする。
(さすがヒロインね。微笑みひとつで空気を変えるわ。本当に可愛らしい)
私はヒロインの力を目の当たりにして、ウットリである。
「ほんとうですね。デステージョ様はとてもお強い方ですわ。私、こんなに素敵な方を見たことがありません……!」
シエロから青空色の瞳を向けられ、私はたじろぐ。つり目のデステージョとは対照的な垂れ目の瞳は、ウルウルと涙ぐみ敬意が滲み出ている。
私はフンと顔を背けた。あまりの眩しさに目が潰れそうだ。
「っ! 当たり前じゃない。私を誰だと思っているの? デステージョ・デ・ノクトゥルノよ! あんな山賊に後れを取るわけないじゃない!」
偉そうに言い放つ。
すると、周囲は感嘆とともに拍手した。
「おおー!!」
「さすがデステージョ様だ!」
その反応に私は混乱する。
(???? 反応が違わない? 普通、生意気だとか、傲慢だとか、非難する場面じゃないの??)
気まずい気持ちで話を打ち切った。
「馬鹿なこと言ってないで準備をおしっ!」
「はい! デステージョ様!」
村人まで一緒になって答える。
私は思わず脱力した。




