2・大胆不敵の悪女様-2
兄カサドールは、まだ十二歳でありながら、攻撃魔法を巧みに操ることができるのだ。
先日は、攻撃魔法の使い方を伝授するといい、庭に男子の奴隷を放って、デステージョに攻撃させたのだ。
しかし、その奴隷はただの子どもではなかった。攻撃魔法を防ごうとした瞬間、その奴隷がデステージョに向けて魔力を放ったのだ。その魔力はデステージョをしのぐもので、彼女は致命的な怪我を負った。
(カサドールは奴隷の魔力を知ってたのかしら? デステージョのことを殺すつもりだったのかもね)
私はため息をついた。
(前世では弟に嫌われていたけれど、今世では兄に殺されそうなほど嫌われているとは……。つくづく兄弟運がないわ)
ただ、デステージョは両親から溺愛されている。その点はラッキーだ。
すると部屋のドアがノックされ、メイドのひとりが入ってきた。
鏡の前で跪く私を見て、掃除道具を落とす。
「お嬢様! 目を覚まされたのですか?」
小さな震え声である。
私がコクリとうなずくと、メイドは一瞬言葉を失い、回れ右してドアを閉めた。
「大変です!! お嬢様が目を覚まされましたー!!」
ドアの向こうから、大きな叫び声が聞こえてくる。
「静かに! メイドが取り乱すものではありません」
叱責する年かさの女性の声はメイド長だろうか。
「……! でも……! お嬢様が目を覚まされたなら、地下室に」
その言葉を聞き、私はハッとした。
そして、そのまま部屋から出て地下室へと駆ける。
「お嬢様!? どこへ」
「地下室よ!」
「なりません!」
メイド長が呼び止めるが私は無視をする。
なにしろ緊急事態なのだ。
(今、地下室でおこなわれてるのは魂召喚の儀式よ! 作中では瀕死のデステージョの意識を戻すために、禁忌の黒魔術で魂を呼び戻したと描かれていたわ! なんとしても止めなくちゃ!)
それが原因でデステージョは悪女となったのだ。デステージョの魂はすでに消滅しており、体内に入った魂は悪魔の欠片だったからだ。
(それに、今は私の魂が入っているんだもの。そこに悪魔の欠片が入ったらどうなるの?)
せっかく手に入れた最高条件の体である。デステージョに返すのならいいけれど、悪魔に横取りされるなんてごめんだ。
(召喚儀式をやめさせないと!)
私は、地下室の扉を乱暴に押した。
バーンと音を立てて、両開きのドアが開く。
地下室の床には魔法陣が描かれていて、中央にはデステージョのドレスを身につけた子どもが椅子にくくりつけられ置かれていた。
濃紺色の長い前髪のあいだから、瑠璃色の瞳が覗いている。陰気な雰囲気である。年齢は私と同じくらいだろうか。
デステージョのドレスを着せられているのは、私の魂を召喚するためだからだろう。なぜか両手に黒い手袋を嵌めていた。
黒いフードを被った魔導師たちが数人、魔法陣を囲んでいる。
「やめてー!!」
私は叫びながら魔法陣の中に突入しようとした。しかし、魔法陣に踏み込むと結界が私の侵入を拒む。見えない壁のようなものにぶつかると、バチバチと音を立て、光がはぜる。電撃のような衝撃が体に走った。
するとなぜか、魔法陣の上に料理レシピのようなものが半透明に表示されている。社畜時代のよく見た幻覚を伴う疲れ目の再発かと思い、思わず瞼をこすったが消えない。とある文字がチカチカと瞬いているので凝視すると、一部の綴りが間違っている。
(ここが弱点のはず!!)
私は、魔力の使い方がわからないままに間違った文字に手のひらを向けた。
「危ない! デステージョ! やめなさい!」
低い声が叫ぶ。
「やめない!!」
私は声をあげ、フンと力を込める。
漫画で見たように、両手のひらから魔力を放出するイメージを再現した。
バリバリと音を立て結界が裂ける。
私はその隙間から中に入り、縛られている子どもの縄を解いた。
そして手を引き魔法陣の外に出る。
子どもは呆然として私にされるがままだ。
「……我が家の魔導師の結界を破っただと!?」
そうつぶやくと、フードを被った男が駆け寄ってきて私を抱きしめた。
「さすが、俺の妹だ!」
デステージョの兄、カサドール・デ・ノクトゥルノだ。
デステージョと同じ金髪碧眼の少年は、健康そうな肉体美を誇っている。
(本当に禁忌の黒魔術を使ってたのね……)
私は驚き呆れる。
「よかった……。目が覚めてよかった……」
カサドールはフードを取り噛みしめるようにつぶやいた。心から心配している様子がわかる。
(あれ? 兄とは不仲だったんじゃなかったっけ?)
私は作中とは違う展開に動揺した。
「……お、お兄様……?」
「フ、フン! まぁ、俺の妹ならこれくらいは当然だがなっ!」
カサドールはそう言いつつ、ギュッと私を抱きしめた。
(……あぁ……。あれね、ツンデレキャラだったのね……。それをデステージョは嫌われていると誤解していたと)
デステージョには兄のツンデレが見抜けなかったのだ。
(本気で不仲な弟を持っていた私からすれば、可愛いものよ)
私は兄のツンを微笑ましく思う。
「でも、私のために禁忌を犯してはいけませんわ。お兄様」
「お、お前のためなんかじゃない。俺の実験だ。お前には関係ない!」
否定する兄だが、私を抱きしめたままである。
(まったく、言動が一致しないわね)
私はカサドールの背中をポンポンと叩いた。
「お兄様は罪をひとりで被るおつもりなのね? でも、これは私の魂を呼び戻すための儀式でしょう?」
問いかけると、カサドールの体はこわばった。
反対に、魔導師たちがザワつく。
「まだ十歳なのに……魔法陣を読み解いたのか? やはり、ノクトゥルノ公爵家の血筋は違う……!」
感心されていて申し訳ないのだが、触れた魔法陣の構造がレシピ化されて見えただけだ。きっとレシピとして見えるのは、前世の仕事がメニュー開発だったからだろう。そのうえ、間違いには光瞬く便利機能付きである。
しかし、この世界では魔法文字は通常使っている文字とは違い、魔法陣は特殊な勉強をしたものでなければ読み解けないようだ。
「でも、この魔法陣、間違っているようですわ。これでは、私の魂ではなく別のモノが体に入るところでした……」
入るモノが『悪魔の欠片』であることは黙っている。悪用されたら面倒だからだ。
指摘すると、魔導師たちが魔法陣に群がる。