15・千客万来の悪女様-5
(コーヒーはそもそも中毒性があるしね。偏見さえなく飲んでもらえれば、流行ると思ってたのよ)
もともと飲んだことがある人が少なかったため、いまだに『冷たい夜風』が悪魔の飲み物とはバレておらず、競合店でもメニューをまねすることができないのだ。
たとえコーヒーだとバレたとしても、コーヒー豆はノクトゥルノ公爵家から購入するしかないので、安く手に入らない。他店では採算が合わないのだ。
(それに、コーヒー中毒が増えたところで、コーヒーだとばらせば、もうやめられないでしょ。荒稼ぎしてやるわよ!)
私はウハウハで悪女顔になる。
とはいえ、同じことをしていたら飽きられてしまうので、新たなメニューを投入することにした。
私は店員たちに伝える。
「今日から新メニュー『アイスクリーム』が登場よ! メニュー表を新しいものに差し替えて、手書きの看板も描きかえて!」
「はーい! ご主人様!」
「最初はワンスプーンのみ、試食として全お客様に提供して!」
「ええ!! あんなに高価な物を!?」
「いいんですか?」
驚く店員たちに私は余裕の微笑みを返す。
「いいのよ。私を誰だと思っているの?」
「「「我らがご主人様、デステージョ様です!!」」」
子どもたちが声をそろえた。
「では、キビキビ働くわよ! ケモノたち!」
「おー!!」
動物の耳をつけた子どもたちが、試食用のアイスクリームを配って歩く。
「まぁ、試食?」
「きゃ! 冷たい!? これはなに?」
「ソルベに似たものでアイスクリームというものです」
セリオンが説明する。
「ソルベってあの、貴族しか食べられないという噂の?」
「はい、ソルベは果物を凍らせて作るのですが、こちらにはさらに砂糖と乳製品などを加え、甘くクリーミーになっております」
店内はざわめいた。
「そんな高価な物を試食できるなんて」
「さすがだな」
「今日から一週間は半額でお試しいただけます。試食でお気に召した方はどうぞご注文ください」
セリオンは相変わらずそつのない接客である。
私は活気に満ちる店内を、鞭を振りながら見回っている。
最初のトラブル以降、子どもたちに言いがかりをつける客は皆無だが、たまにはこうやって顔を出し睨みをきかせるのである。
すると、ひと組の客が現れた。厳つい男性と、私と同じくらいの少年の二人連れである。親子を装っているが、空気感がギクシャクしている。
(なんだか不自然な組み合わせね。男の子の服装がまるで似合ってないわ)
目深に帽子を被った少年は、色白で町の子どものようには見えない。平民風の服を着ているが、新しく綺麗でサイズ感もぴったりだ。
このあたりの子どもたちは、新品の服は大きめのサイズを買って着ることが多いので、平民とはいえ富裕層の子どもだとわかる。
珍しいコンセプトカフェのはずなのに、キョロキョロしないところがおとなびている。
親のような顔をしている男も、さりげなくあたりを見回している。
(うーん。護衛とお金持ちのお坊ちゃん、って感じね。育ちが良さそうだわ)
歩き方もしなやかで音がしない。背筋もピンと伸び堂々としていた。
(うっかりすれば、貴族かも)
孤児院の運営するコンセプトカフェだ。貴族は来ることはめったにない。
保冷タンブラーに興味がある貴族たちは多いが、彼らはノクトゥルノ公爵家を通じて、問い合わせをしてくる。
そのため、私の母が貴族たちのためにお茶会を開き、アイスティーやアイスコーヒーを振る舞ってきた。
(お母様のお茶会の噂を聞いた人たちが、お忍びで来るようになったのかしらね?)
ノクトゥルノ公爵家のお茶会に呼ばれる者は限られている。噂を聞きつけ、試してみたいと思った貴族が身分を変えてカフェに訪れてもおかしくはなかった。
栗色の髪で猫耳の少女がふたりを席に案内し、説明をする。
そして、注文を受け困り顔で私の前にやってきた。
「あちらのお客様が、金髪の女の子を給仕に出せって……。私、……だめ? 栗色の髪、だめ?」
私はため息をついた。
「そんなことないわ。私は栗色の髪も大好きよ」
「本当?」
涙目に問う猫耳の少女に私は力強くうなづく。
「私が信じられないの? それともあんな客の言葉を信じる?」
私が言うと猫耳の少女はパァァァと顔を輝かせた。
「デステージョ様を信じる!」
私は健気な少女をヨシヨシと撫でる。彼女はゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いで、私の手に頭を押しつけた。
「あなたは別のお客様をお願いね。あの客は私が対応するわ」
「デステージョ様!」
セリオンが咎めるように私を見た。
「私だって金髪だわ。文句はないでしょう!」
バサリと髪を払ってみせる。
そうしてツカツカとテーブルへと向かった。
「金髪がお望みだとか」
私は鞭をテーブルに叩きつけた。
「うちはそういったサービスをしておりませんの。とっとと出てお行き!!」
私がピシリと言い放つと、少年はポケッと呆気にとられた。
驚きすぎたのか、グレーの瞳が潤んでいる。頬も桃のように色づいていた。
(グレーの瞳……? なんだか、いやな、予感……)
頭の中で警報音が鳴り響き、私は鞭を出口に向けた。
「お帰りはあちらですわ!!」
すると、一緒にいた男が立ち上がる。
「無礼者! このお方をどなたと心得る!!」
「やめないか!」
少年が男を制する。
セリオンとテレノが私の前に立ちはだかった。
「失礼なことをしたのは私たちのほうだ」
「しかし……」
言いよどむ男を少年が睨みつける。
男はスゴスゴと体を縮こまらせる。
「マナーを知らずご迷惑をおかけしました。あなたにお会いしたかったのです。デステージョ嬢」
少年が帽子を取って頭を下げた。
あらわになった銀の髪に、私は眩暈を感じた。
(物語のヒーロー、イービス・デ・マニャーナ!?)
思わず一歩さがる。




