12・千客万来の悪女様-2
コンセプトカフェはこの国にない概念だ。そのうえ、アイスティーも珍しい。すでに外には行列ができている。
「さて、開店するわよ。準備はいい? キビキビ働かないと承知しないわよ!」
「「はい! ご主人様!!」」
子どもたちは声をそろえて姿勢を正した。
ドアを開けて最初の客を店に招き入れる。
「「「いらっしゃいませー」」」
子どもたちが元気よく挨拶をする。
「ほら、席に案内するのよ!」
私が鞭を振るいながら、犬耳のテレノに命じる。
テレノは尻尾をつけていないはずなのに、ブンブンと尻尾を振る幻影が見える。
「ご主人様の仰せのとおりだワン!」
そう言って、客である婦人たちをテーブル席に案内する。ちなみに、『ワン』と言えとは命じていない。
メニュー表と注意書きを広げ説明をする。
食事メニューはほぼない。子ども主体の店なので料理はしなくていいようにしたのだ。すでに焼き上がっているスイーツを主軸に、盛り付けと配膳のみとしている。
回転率を上げる目的もある。
「冷たい飲み物はこっち。温かいのはこっちだよ。今日はオープン記念で、骨型クッキーがおまけにつくよ」
テレノの説明は稚拙だが、子犬というコンセプトなのでとがめられることはない。
テレノの人なつっこい笑顔に、客のご婦人たちが相好を崩す。
「まぁ、かわいいわね」
テレノはエヘヘと笑う。そして、真剣な顔でメニュー表を見て棒読みで説明を加える。
「ええっと、『ご飯をもらえない動物たちが可哀想だと……思ったら、んと、【どうぶつたちのごはん】をご注文ください……だっけ? えっと、注文いただけると動物たちの食事になります』です!!」
テレノの説明に、客たちが笑う。
「まぁ、そうなの。ご飯がもらえないのは可哀想ね。この【おやつ】【いつもの】【ごほうび】と金額が違うけどなにが違うの?」
「うーんと、【おやつ】はちょっと、【いつもの】は普通の、【ごほうび】は豪華になるんだよです!」
「そうなのね、まずは【どうぶつたちのごはん】の【いつもの】を注文するわ」
「わーい! 【どうぶつたちのごはん・いつもの】入りました!」
テレノが声をあげる。
すると、ほかの店員たちが復唱する。
「【どうぶつたちのごはん】ありがとうございます!」
「ありがとうございます!!」
店の中がわっと盛り上がる。
テレノは注文した客に折り紙で折った骨を手渡した。
「これ、お礼! ありがと!」
「まぁ! かわいい!」
客たちはそんな些細なことを喜ぶ。
次々と客が入り、どんどん案内をする。
「この、『冷たい夜風』ってなに?」
メニューを見て客が聞く。
「えーっとね、まーっくろで苦くて、でも美味しくて、冷たい飲み物なんだって!」
テレノが説明になっていない説明を返す。
客は微笑ましいものでも見るように笑った。
「あら。説明を聞いてもよくわからないわねぇ」
「オレもよくわかんない! 子どもは飲んじゃダメなんだって。大人だけ特別なんだって!」
テレノは元気いっぱいに答える。
しかし、これはそう答えるよう指示しているものだ。『悪魔の飲み物』と呼ばれるコーヒーの名をあえてふせ、物語風の名前をつけ興味をそそらせるという戦略だ。だから、店員にははじめからメニューについて詳しく教えていない。
しかし、幼い子どもだからわからないのだと、客たちはそれ以上突っ込まない。
「じゃ、『冷たい夜風』頼んでみようかしら?」
「はーい! 『冷たい夜風』ひとつ入りましたー!」
「私は『爽やかな朝焼け』にするわ」
「『爽やかな朝焼け』はこちらです!」
ちなみに、『爽やかな朝焼け』はアイスレモンティーのことだ。
「パウンドケーキはこっち!」
活気あるカフェに私は大満足である。
ポンポン付きの鞭を振りながら店内を見て歩く。
「『冷たい夜風』って初めて飲んだけど、なんなのかしら。とっても香りが良くて、癖になる味ね」
「こんなに氷がふんだん使っていてこの価格なのはどうしてなの?」
「どうやら、ノクトゥルノ公爵家の令嬢がオーナーらしいわよ」
「まぁ、公爵令嬢が採算を無視してやっているからできることなのね」
「お嬢様のお戯れ、と言ったところかしら?」
「遊びでこの規模を?」
「公爵様はお嬢様を溺愛されているそうよ」
囁かれる噂話に私は耳をそばだてる。
(まずまずの評判ね。採算は無視していないけれど、ノクトゥルノ公爵家でなければできないのは事実ね)
セリオンが開発した魔法陣は秘中の秘だ。魔法陣自体に目くらましの魔法をかけて、アイデアを盗まれないようにしてある。ゆくゆくは特許を取りライセンス契約を結ぶ予定だ。
この魔法陣は、魔法を発動させるのに強い魔力が必要で、魔法陣があれば誰にでもできる、という類いのものではない。ノクトゥルノ公爵家には、腕利きの魔導師たちがいるから量産できるのだ。
「採算を無視しているというのはどうかな? 孤児院の子どもをただ働きさせているからできることだろ? ノクトゥルノ公爵家の令嬢……デステージョ様と言ったっけ? 十歳で悪女という噂だけある。エグいことを考えるな」
意地悪い発言はライバル店の店員だろう。
「なんて可哀想な子たちなの。だったら、【どうぶつたちのごはん】を注文してあげなくちゃ!」
狙いどおりの反応に私は大満足である。【どうぶつたちのごはん】は、スタッフへのチップである。
折り紙ひとつで、食事を提供せずに売り上げになる美味しいメニューなのである。
価格帯を三つに分けたのは、悩んだとき中間を選ぶ人が多いからだ。計算どおりの反応で、私は小さくガッツポーズをとる。
(そうそう、哀れな動物たちにタンマリ施してやってくださいね~)
実際、ここの売り上げは孤児院の運営費になるのだ。




