11・千客万来の悪女様-1
今日も私は孤児院に来ていた。
あれから、セリオンとテレノはノクトゥルノ公爵家で教育を受け、立派に育っていた。
セリオンは魔力のコントロールができるようになり、魔導師たちにも一目置かれている。年の割に理解も早く、魔法陣を描くのも上手いらしい。とくにオリジナルの魔法陣を作り出す才能は抜きん出ているらしい。
テレノはその身体能力を生かし、騎士として成長を遂げていた。まだ感情の起伏は激しいが、それでも以前よりは落ち着いているようだ。日々の鍛錬で発散できるようで、カッとすることも少なくなっていると聞く。
(順調ね。これからも悪女ライフを楽しみましょう!)
孤児院の門をくぐると子どもたちがワラワラと集まってきた。
「デステージョ様! こんにちは!」
「デステージョ様! このあいだ、ダメだって叱られたの直したよ。確認して」
「ねぇ、デステージョ様!」
私は子どもたちの姿にうんざりする。
(なんでこんなに懐かれてるのよ! 私、厳しく接してるでしょ!!)
悪女らしくと子どもたちには冷たい態度を取っているつもりなのだが、なぜか子どもたちが懐いてくるのだ。
「うるさいわね! 散りなさい! 私は『完全無欠の悪女様』なのよ! もっと恐れなさいよ!!」
私が吠えると子どもたちはニコニコと微笑んで「はーい」と部屋に戻っていく。
「なんなのよ。あの子たち大丈夫なの? 怖い相手がわからないだなんて、危機感ないんじゃなくて?」
私がぼやくと、孤児院長のレオが苦笑いする。
「子どもは心の目がいいからね」
「どういう意味かしら?」
私が睨むとレオは両手を挙げた。
「おお、完全無欠の悪女様は怖い怖い」
「今日は子どもたちを存分に怖がらせたほうがよさそうね。あの紙芝居を読んでやろうかしら……」
私はここに来るたびに、世間の恐ろしさをまとめた紙芝居を読んでやるのだ。人さらいの話や、人間関係のドロドロによる殺人など、社会の恐怖を煽るような内容だ。しかし、勧善懲悪を基本としており、悪いことをすると悲惨な目にあうようにしてある。
私が紙芝居を準備し出すと、子どもたちが集まりだしおとなしく座った。
(本当にここの子どもたちは少し怖い目に遭ったほうがいいわね)
私は思い、精一杯怖がらせようと迫力満点に紙芝居を読む。
小さな子どもたちはブルブルと震え半泣きになり、少し大きな子どもに縋り付く。
少し大きな子どもたちは、怖がりながらも興味津々に食いついてくる。
娯楽が少ないため、怖い紙芝居でも貴重なのかも知れない。
紙芝居が終わると、レオが手を叩きながらやってきた。
「いやー、今日も面白かった」
「馬鹿にしているの?」
「いやいや。デステージョ様の紙芝居のおかげで、悪さをする子どもが減ったんだよ。悪いことをしたヤツは罰が当たるだろ? だから、悪いことをしないようにって思うんだろうな」
「そんなもの?」
「親がいないから悪いことを悪いと知らないまま生きてきたヤツもいるんだよ。そういうヤツらが、紙芝居でいろいろ学んでさ、人間らしくなってきてるんだよ」
レオは子どもたちに目を向けて、しみじみと語った。
「……そうなの……。だったら、今度は悪い人が心を入れかえる話でも書こうかしら。レオをモデルにして」
笑うとレオは苦笑いした。
「ったく、デステージョ様は手厳しいな」
「ま。改心したレオには悪いけれど、ここの子どもを利用する準備が整ったのよ。教育をして店に出すわよ」
私の言葉にレオは眉間に皺を寄せた。
「なにをさせるつもりだ?」
「話は執務室で」
私とレオ、セリオンは執務室に向かった。
テレノは子どもたちの相手をしている。
執務室に着くと、セリオンが計画書をテーブルに広げた。
最近のセリオンはまるで私の執事のようだ。賢くて気が利くので、重宝しているのだ。
「これよ! 『動物カフェ』を開くの」
「動物カフェ?」
「子どもたちに、動物の服装をさせて給仕させるカフェよ。可愛らしくて珍しいでしょ」
私は以前から孤児院自ら稼ぐ方法を考えていたのだ。
今の孤児院の運営費は、私のお小遣いから捻出してある。しかし、孤児たち自ら稼がせれば、私の運営費は不要になる。
(私のお小遣いを減らさないために、子どもを働かせるなんて! さすがの悪女よね)
私は自分の非道さにウットリだ。これで悪評も轟くだろう。
「給料はどうするんだ」
当然のごとく尋ねるレオ。
「まさか! 私は完全無欠の悪女なのよ! 徹底的に搾取なさい!! 子どもたちの売り上げは全部孤児院の運営費に回すわ」
私はフフンとふんぞり返る。
レオは呆れたように肩をすくめた。
「それって、搾取か? 自分たちの生活費を稼いでるだけじゃ……」
つぶやくレオ。
「子どもが自分で生活費を稼がなきゃならない時点で搾取でしょ?」
「そうか? このへんじゃ、小さい内から親の店の手伝いなんて当たり前だぞ?」
「と・に・か・く! だから、レオ、選りすぐりの子を送ってちょうだい!」
命じると、レオとセリオンは肩をすくめ顔を見合わせた。
今日は、私たちが企画したカフェのオープン日である。
お店は、兄のカサドールが用意してくれた。彼曰く『お前程度には、これくらいの店で充分だろう』とのことだが、王都の目抜き通りの一角だった。相変わらずツンデレが激しい。
店のスタッフは孤児院にいる子どもたちだ。孤児院には十八歳までしかいられない。それまでに就職の宛てを探さねばならないため、少しでも世間を知っておいたほうがいい。
(それに、私は悪女として有名にならないと! 子どもの人権なんて無視よ、無視!)
原作のヒーロー、イービスと婚約しなくてすむように悪女として有名になるのだ。
私が企画したカフェは動物園をイメージしたコンセプトカフェだ。店員には、それぞれ好きな動物のコスプレを着用させるという破廉恥具合である。
店先には『動物カフェ』と掲げ、「動物たちが接客します。失敗しても許してね♡」と目立つところに注意書きを掲示した。
「きゃー! かわいい!」
ウサギ耳をつけた少女は大喜びである。
「オレ、格好いいだろ?」
そう言って背中の甲羅を見せたのは亀のコスプレをした少年だ。
セリオンは黒猫の耳、テレノは犬耳をつけて一緒に手伝っている。
私は手に小さな鞭を持ちピシリと振ってみせる。
間違って当たってしまったら痛いので、鞭の先は毛糸のポンポンにした。顔に仮面をつけ調教師のコスプレをしている。
「獣ども、働け! 働け!」
極悪調教師が搾取するかのごとく、子どもたちに睨みをきかせる。
「デステージョ様がお怒りだー!」
子どもたちはキャッキャとはしゃぐ。
「デステージョじゃないわよ! ご主人様とお呼びっ!」
私はさらに鞭を振ってみせた。
「わーい! ご主人さま!」
子どもたちは楽しんでいる様子で、緊張感が足りない。
(これで大丈夫なのかしら?)
私はため息をつきつつ、カフェの外を見てみる。




