10・変態百出の悪女様-2
しばらくして、レモンティー入りのピッチャーを持ってメイドが戻ってきた。人数分用意されたカップの底に、私とセリオンで作りだしたばかりの魔法陣を描く。
そうして、そのカップにレモンティーを注いだ。
「さあ、お飲みなさい」
使用人たちに命じる。
使用人たちは恐る恐るといった様子で、互いに目配せをする。
新しい魔法陣だ。どんな害があるかわからないと思ったのだろう。慎重になるのは当然だった。
しかし、テレノは天真爛漫にカップを煽った。
「っ! うっめー!! うひょー!! つめてー!!」
テレノは雄叫びをあげジャンプしてから、ハッとしたように口元を押さえた。
「えと、美味しいです」
そして言い直す。
その様子がおかしくて、周囲は笑いに包まれた。
私もカップに口をつける。そこにはキンキンに冷えたレモンティーが入っていた。目が覚めるほどに美味しい。
「セリオン、よくやったわ! これを大きな入れ物に使えれば、たくさんの物が一度に冷やせるわね。一部屋、専用の部屋を作りましょう!」
大喜びの私に、セリオンははにかみ笑いをする。
「これは保冷だけなので、もっと改良して、水を凍らせることができる魔導具も開発したいと思いますがいかがでしょうか」
「最高じゃない! 必要な物があればなんでも言いなさい。用意するわ」
使用人たちも、レモンティーを口にしてウットリしたようにため息をつく。
「こんなに美味しい物を初めて飲みました」
「お嬢様のメイドで良かったです……」
涙を流して喜ぶメイドもいる。
「なぁなぁ……、じゃない、えーと、デステージョ様、これって店で売れないのか?」
テレノが問う。
「あら、いい考えね」
私の答えにテレノはうれしそうに笑った。そして、私の前にかがんで頭を突き出す。
「はいはい、撫でればいいのね?」
「はい!」
子犬のようなテレノの頭を私はワシャワシャと撫でた。元気いっぱいの短髪は、芝生のように生き生きとしている。
ふと視線を感じて顔を上げると、セリオンが不満げな顔をしている。彼は、自分から甘えるようなことはしない。人に触れられそうになると避けるほどだ。
(だから、触られるのが嫌なのかと思っていたけれど……)
セリオンはテレノを睨む。
「テレノ、図々しいぞ」
私はその様子に苦笑いだ。
「ほら、セリオンも頭を出しなさない」
命令すると、セリオンは困ったようにうつむいた。
「……でも、ボクは――」
「命令がきけないの?」
私は言葉を遮る。どうせ、『汚れてる』とでも言いたいのだろう。
セリオンはしぶしぶというように頭を突き出した。柔らかな濃紺色の髪をヨシヨシと撫でる。サラサラとした髪はテレノと違って心許ない。
(テレノはどこでも生きていけそうだけど、セリオンはどこか儚げなところがあるのよね)
私は思いながら、彼の長い前髪をすき耳にかけた。
するとセリオンはボッと顔を赤らめて、瑠璃色の瞳を潤ませる。そして、慌てて身を引いた。
「っ! デステージョ様!」
「あら? 嫌だった? ごめんなさい。邪魔に見えたから」
謝罪すると、セリオンは唇を噛んでそっぽを向いた。
「店で売れるように考えます」
「任せたわ。私は店を手配しておくわね」
「オレも、オレも手伝う!」
テレノはハイハイと手を挙げた。
冷たいレモンティーですっかり元気を取り戻した様子にホッとする。
「頼むわよ、ふたりとも」
ふたりは大きくうなずいた。




